最終話 隣

 学校のチャイムが鳴る。


「じゃあ、次までに小テストの準備しとけよ。範囲は――」


 聞いているのか、聞いてないのか。

 放課後の合図であるチャイムに、教室中がざわついている。


「本日の授業はここまで」

「起立!」


 日直が立ち上がり、教室にその声を響かせた。

 一斉に、クラス中の生徒が立ち上がる。


「礼!」

「「有難う御座いました!」」

「着席!」


 全員が座った姿を見届け、教師が教室から出る。

 また一斉にクラス中が騒がしくなり、


「あ、如月!」


 思い出したように、俺の名前が呼ばれた。


「次の授業までに課題仕上げろよ!」

「あ、はい!」


 反射的に答えた。

 

 教師が出て行った後、俺は渡された課題を見た。

 ――遅れた分を取り戻す為、授業で出された分とは別に毎日課題をこなしている。


「……」


 この量なら、家でやれば問題ない。

 前までは、毎日補習と課題だけで精一杯だったが。

 今は、補習を受ける回数は減り、課題を自分なりに捌けるようになってきた。


 それだけでも大した進歩だろう。


「勇人いる?」


 すると、聞き慣れた声が聞こえた。

 顔を上げれば、梓が教室の扉の前に立っていた。


「梓」


 思わず駆け寄れば、梓は俺に聞いてきた。


「今日帰れる?」

「ああ、帰れる」

「分かった。待ってる」


 そう言って、待っていてくれる。

 それは別にいいのだが、梓は何かと目立つ。


 俺に集中する視線が痛い。


 課題はこなせるようになっても、この視線だけは一向に慣れないままだった。



* * *



 意識を取り戻した後、俺と梓は検査入院を余儀なくされた。

 

 前例がないからだ。

 

 何の異常もなく、再発の可能性もなく。

 睡眠過剰症候群に侵された患者二人、どちらも意識を取り戻した例なんて。

 

 本当に異常はないか、何故生還できたかなど、念入りに検査する必要があった。


 そんな中、俺は聖女様――睡眠過剰症候群の大元から聞き出した情報を話した。

 この情報がどれだけ役に立つか分からない。


 それでも睡眠過剰症候群の治療に何か力になればいい。

 少なくとも俺はそう思っている。


 検査入院から二週間後、月一の検査を条件に、俺と梓は無事退院した。


『退院、おめでとう』


 鬼頭先生は俺と梓に花束を渡しながら、そう言ってくれた。


 ――あれから三か月が経過した。


 俺と梓は日常に戻っていた。



* * *



「勇人?」


 気付けば、梓が顔を覗き込んでいた。

 思わずぎょっとした。


「な、なんだよ」

「急に黙り込むから、考えごとかと思って」


 言いながら、梓は俺の様子を窺っている。


「いや、考えごとだけどさ」

「何?」

「声ぐらいかけろよ」

「かけたでしょ、『勇人』って」

「いや、そうだけどさ」


 数歩後ずさる。


「顔が近い……」

「そう? 普通でしょ、付き合ってるんだから」


 ――そうなのだ。

 付き合って三か月が経ったのに。

 未だに梓が隣にいるのに慣れない俺がいた。


「梓、楽しんでるだろ」

「ばれた?」

「おい……」

「だって、勇人が隣にいるのが新鮮で」


 笑う横顔を見ていると、何も言えなくなってしまう。

 これではどちらが彼氏か分からない。


 ひそかに悩んでいる俺に気付いているのかいないのか。


「そういえば、勇人」


 隣で楽し気な声がした。


「今日、課題は?」

「家でできるぐらいだな」

「なら、寄り道しない?」

「寄り道?」

「そう、寄り道」

「どこに?」

「どこでも」


 言いながら、梓とまた目が合った。


「勇人は? どうしたい?」

「俺か? 俺は――」


 考えて、隣を見た。


「?」


 慣れない距離に彼女がいる。それだけで充分だと思った。


「じゃあ、」


 答えを待つ隣を見ながら、俺は何気なく口を開いた。【了】

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最弱の勇者は、最強の魔女に世界を壊される。 ぺんぎん @penguins_going_home

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