第42話 帰宅

「誠至?」

「ッ!! 千秋……っ」


 家へ帰ると、アパートの前でウロウロしている誠至がいた。

 何でここにいるんだろう、と思って声をかけると一目散に俺のいる場所まで走ってくる。

 どことなく焦っている様子だ。顔は真っ青で、眉間に皺が寄っている。


「そんな顔してどうした?」

「どうしたって……お前なあ! それはこっちのセリフだ! 今までどこにいた!? 今日バイトだっただろ!?」

「あ……」


 忘れてた。確かに今日はバイトだった。

 いろんなことがあったせいですっかり頭から抜けていた。

 オーナーに連絡……、まあ今更焦っても仕方ないか。後で部屋でゆっくりやろう。


 と、部屋に早く入れてほしいが、誠至の剣幕を見るにそう簡単にはいかなさそうだ。


「いくら待っても来ねえし、電話しても出ねえし……」

「電話?」


 そういえば全然スマホ見てなかったな。でもバイブは鳴る設定にしてるし、電話来たら気付くと思うんだけど……

 鞄の底に沈んでいたスマホを見てみると……あれ? 電源切れてる? いつの間に? 俺電源切った記憶ないんだけど?


 とりあえず電源を入れてみると……

《着信履歴:23件》

 うわ意外とかかってきてたんだな。まあバイトサボったんだし当然か。

 さらに操作して内訳を見ると、誠至が17件、琳門が5件、オーナーが1件だった。

 いや誠至かけ過ぎじゃない? ちゃんと働きなさいよあんた。


「おい千秋!! 聞いてんのか!?」

「聞いてる」

「なら答えろよ! 連絡もなしに何してたんだ!?」


 まずい、これは相当怒ってるな。

 なにって……レズっ子に監禁されて先輩に助けられ、その後散々先輩がいかに変態ストーカーか聞かされてたんだけど……

 んー、これを言ったところで俺にとって良い未来になる予想が全くつかない。


「別に? 今日バイトだってこと忘れてて、普通に遊んでた」

「嘘つけ! じゃあなんで佐伯から『今日千秋休む』って連絡が入るんだよ!!」

「んな!?」


 先輩だって!? いつの間に連絡してたんだ!?

 ……まあ考えてみれば今日のことは全部先輩の計画の内だったみたいだし事前に連絡するくらい屁でもないか。


 てか誠至さん? あなたさっき『連絡もなしに』って言ったよね?


「千秋、この俺に嘘ついたな……さてはやましいことがあるんだろ!」


 ……やっぱり!! 嵌めやがったな!! 誠至のくせに!!


「佐伯から連絡来るなんて怪しすぎる……一体何やってたんだよ?」


 さて……どうしたものか。

 誠至の目を見るに、100%疑ってかかっている。この様子の誠至を誤魔化すのは至難の業だぞ……。


「えーっとね、とある事件にあってね、先輩に助けてもらって……」

「は? 事件?」

「そう。俺のこと好きらしい女の子にちょっと……」

「なんだよ」

「す、睡眠薬飲まされて? へ、部屋に閉じ込められて?」

「……ッてそれ監禁じゃねーか!!」


 うん、やっぱり誠至相手に嘘はつけない。

 荒ぶる誠至を落ち着かせようとテヘ☆とお得意の可愛い笑みを浮かべ―――


「千秋」


 ……逆効果だったようだ。やめよう。


「はあ……それで? そのイカれ女から佐伯が救い出したと?」

「ああうん……まあそれも全部先輩の計画通り……」


 おっとこれは言わない方が良さそうだな。危ない危ない。


「いや馬鹿なの? そんな怪しさ満点のセリフ聞き逃すかよ?」

「な……っ聞こえてただと!?」

「ほんと今そういう小芝居いいから」


 ギロリ、と睨まれすぐに姿勢を正す。

 誠至怖い。


「な、なんか如何に俺のことが好きか教えたかった先輩が自分の家に招くための口実だったらしくて……」

「じゃあなんだ? 結局全部佐伯の仕業か?」

「まあ……ほらさ? あの先輩だよ? 変態ストーカーだよ? もう何されても驚かないよね」

「いやさすがにそんなやべぇヤツだとは思ってなかったわ。え、普通にキモくね?」


 それな。ほんとそれ。

 先輩を一言で表すと『キモい』。それに尽きる。


「お前まさか……佐伯にも手出されたんじゃないだろうな?」

「ふへっ!?」

「……ッ」

「そそそそんなわけないじゃん何言ってんのあはははは」

「せめてもう少し隠せよ」


 誠至のふっっっか〜い溜息が落とされる。

 いや不意打ち弱いこと知ってんじゃん。そんな呆れるくらいなら最初から驚かさないでくれるかな!?


「はあ……んで何されたんだ」

「キ、キス?」

「……舌は?」

「い、入れられてないよ!!」


 いや何言わされてんだ私。

 私の返答を聞いて「……そうか」と苦い顔は崩さないもののどこか安心したように息を吐く誠至。

 さすがの私だってそこまでは許さないよ!! 全くもう……私のことなんだと思ってるんだ。


「じゃあ……これで上書きな」

「んむっ!?」


 突如感じた唇への刺激。生暖かいモノがすっぽりと私の唇を覆っている。

 いやいやいや!! 何やってくれてんの!?

 すぐに突き飛ばそうとしたが、いつのまにかがっちり両腕を掴まれていて身動きできない。


 全くもって不本意だが数秒の間されるがままになっていると、誠至は最後私の唇をぬるりと舐めて離れていった。


「ったく……またこんな簡単に許して……お前の危機感は塵程度か?」

「いやお前が言うな!?」


 もう今までに何度も何度も言ってきたけどさあ!! 襲ってる本人が言うセリフじゃないから!?

 何が危機感だよ私がそれ持っても結局油断させて隙をついてくるのは誠至でしょ!!


「はあーあ、この様子じゃ篁にキス奪われんのも時間の問題か……」

「ッ!!」


 り、琳門だって!?

 と、またもや不意打ちで言われた言葉に肩がビクつく。

 ……そしてそれを見過ごす誠至ではない。


「おいなんだそのギクリとした顔は。まさか済みか? もう篁ともチュー済みか??」

「な、ななななんで」


 なんでバレた!? 私の顔どうなってんの!?

 いや誠至の洞察力が半端ないだけか……?

 なんて考えるだけ無駄か。この状況が変わるわけでもない。

 思わず無気力な溜息が零れる。


 ああもうなんだこの地獄!

 なんで私は彼氏でもない男にこんなことで責められなきゃいけないんだ。


「お前はほんっとに、昔から貞操観念が低くて困る」

「……」

「目を離すとすぐに違う男とイチャつきやがって……」

「……」

「俺がどんな気持ちで―――」

「あのさあ、」


 その時、私の中の何かがプツリと切れた。

 瞬間、ドロリとしたものが体内に込み上げる。

 ああ―――この感情は久しぶりだ。


「私が誰かとイチャついたところで、誠至に何の関係があるの?」


 誠至が、目を見開いた。

 それもそうだろう。おそらく今、私は誠至が見たことのない顔をしている。

 今までの……バカで、アホで、チョロい千秋はどこにもいない。

 感情がどんどんなくなっていく。視界に映る景色から色が消えていく。


 ああ、せっかく男になったのに、なんでまたこんな感情にならなきゃいけないのかな。

 ほんと、つくづく――――




 恋愛って、くだらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男装ヒロインの失敗 藍原美音 @mion_aihara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ