第41話 罠②
ゴクリと唾を飲み込みノートを開く。
よもやこのノートをもう一度読むことになるとは……。
チラリと先輩を見ると、ご馳走を前にしたわんこのように目を輝かせブンブンと尻尾を振っていた。
クソ、この変態ストーカーわんこが……!
何も馬鹿正直に全部に目を通す必要はないので、適当にページめくって読んだふりしよう。そう思いペラペラとページをめくる。
暫くの間紙が擦れる音だけが部屋に響く。そして時間の経過と共に吐き気が強まっていった。
あー気持ち悪い。
途中何度か、というかほぼ全てだけど目を瞑りたくなるようなことが書かれている。
例えば俺が風邪気味だった時。
『千秋が体調悪そうだった。心配だ』
これだけならまだいい。まあ普通だ。しかしこの後すぐに
『くしゃみ7回咳13回ボーッとするの20回トイレ5回……いつもより回数が多い。心配だ』
と、記されており鳥肌が立った。
回数数えてる時点で気持ち悪いがまあそこは置いといてなんだトイレの回数って。
まさかトイレまでついてきてんの? え? 俺わざと人が少ないトイレ選んでるんだけど……。もしかしてトイレの中までついてきて―――
……いややめよう。深く考えても恐怖心が増すだけだ。
さらにパラパラとページをめくる。……あっ、この日付みんなで温泉へ行った日だ。
『ついに千秋は頼れる相手が俺しかいなくなった。何故ならあのメンバーの中で俺だけまだ千秋に手を出していないからだ。
今まで何故か千秋から煙たがられていたけどこれで千秋は俺にべったりの筈だ。あの性欲の塊のような倭人を利用して俺に頼りやすい状況を作ろう。
千秋が傷付けられるほど俺の価値が上がるはず……と思ってたのに、誠至に邪魔された。おかしいな、千秋はずっと友達だと思っていた相手に手出されて信用できなくなったはずなのに……。
もしかして顔さえ良ければ全部許されるのだろうか? じゃあ俺のこの日記読んでも大丈夫? むしろもっと積極的にいった方がいい?』
いやダメだろ。そんな頓珍漢な思考回路の果てに今これ読まされてんの? ふざけ〜〜。
つーか温泉の時そんなこと考えてたのかよ。そういえば倭人に襲われそうになった時何故か先輩傍観してたな……。
うーわ、ほんと先輩趣味悪い。
自分で言うのもなんだけど好きな女が襲われそうになってるところよく平然と見てられたな……。
あの意味わからない笑顔の裏はこんなんだったのかよ。犬被りも甚だしい。
てか先輩は馬鹿なの? 頼られたいとか言っといてこんなの見せられたら信用度ガタ落ちなんですけど。最初からそこまで高くなかったものが木っ端微塵に砕け散りましたけど。
こんな馬鹿付き合ってられませんわ〜。
よしもうすぐページが終わる。早くこの苦行を終わらせよう。
次に目に留まったのは温泉から帰ってきて2週間くらい経った頃。
『あれからずっとどのタイミングで千秋にこの日記を読ませるか考えていた。大学で見せてもいいけどムードがな……。やっぱり俺の家に来てもらうのが理想だ。でも俺が誘って素直に来てくれるとは思えない。何かいい口実はないか……』
ん……?
『来た。ついにチャンスが来た。前々から怪しいと思っていた、千秋を好きな女がとうとう行動に出た。手紙で脅迫したり千秋の私物を盗んだり……目に余る行為だ。千秋は全然気にしてないけど、絶対今後エスカレートする。その時俺が颯爽と助けに入るのはどうだろうか? よしもう少し様子を見よう』
えっと……?
『千秋に俺が物盗んだんじゃないかって糾弾された。ストーカー野郎は俺くらいしかいないって。……嬉しいな。ようやく俺も千秋の特別になれた。まあ残念ながら犯人は俺じゃないけど……俺は気付かれないようにいただくからな。前に貰った千秋のサラシは宝物だ』
おい。なんかツッコミどころが半端ないんですけど。
今すぐにでも先輩を問い詰めたい衝動を堪えてページをめくる。
気付いたら引き込まれるように文字を目で追っていた。
『ついにあの女が動くらしい。大学の近くに部屋を借りたかと思ったら、千秋を誘拐する計画を練っているようだ。身の程知らずなやつめ。可愛い千秋を独り占めしようだなんて……まあ気持ちはわかるけどな。そうだ、どさくさに紛れて救出した千秋を俺の家に連れていこう。これなら合法だろ?』
いや完全違法だろうが!!
なんなんだこの男は!? ストーカーの域超えてるだろ!?
げんなりした気持ちで次のページをめくると、ようやく最後の日付に辿り着いた。
あれ、ていうかこの日付今日じゃね……? 俺が寝ている間に書いたのだろうか。
『作戦成功。俺の部屋で千秋がすやすや眠ってる。可愛い。起きたらついにこのノートを見せることができる。どんな反応するかな。ドン引きした顔も可愛いんだろうな。ていうか今読んでるってことか。可愛い千秋のことだから見入ってるんだろうな……じゃあここで1つ千秋にいいことを教えてあげよう。ちょっと顔上げてみ?』
ん?
何故かノートに指示されたので素直な俺はそのまま顔を上げ――――
チュッ。
「……ッ!!?」
「あは、やっぱ予想通り。千秋は単純でほんと可愛いな」
ガタガタ! とベッドから転げ落ちる俺をにこやかな笑みで見下ろす先輩。
って……はあああああ!!?
今お前何した!!?
「じゃーん。ここまでが作戦でした〜」
そう呑気な顔で俺に手を差し出す先輩。
それを容赦なくバシッと叩き落とす。
この……この……変態ストーカー野郎がっ!!
「何が作戦だ馬鹿野郎!! なに勝手に人の唇奪ってんだボケ!! 不意打ちってレベルじゃないだろうが!! この変態!! 駄犬!! ストーカーは大人しくストーキングだけに収まっとけよ!!」
はあ、はあ、と荒い息を吐きながらキッ!! と先輩を睨む。
よっしゃやっと言いたいこと全部言えたぞ。
これで少しは大人しく……、
―――カシャカシャカシャカシャ!
「あーちょっとボケちゃった。千秋、もっかいこっち睨んでもらってもいい?」
全然こたえてない。
何故だ……。
何故こんなにもこの駄犬は扱いづらいんだ……。
「先輩……いい加減にしてくださいよ……」
もう怒る気力も失せ投げやりに口を開く。
「え〜だって折角初めて千秋が俺に真正面から怒ってくれたのに……そんな記念すべき日を写真に納めずにはいられなくて……」
ごめんな? って謝られるけど違う。そういうことじゃない。
もうダメだこの駄犬は。全てが手遅れだ。
なんか尻尾振って満足してるしこれ以上何を言っても喜ばせる気しかしない。
その後、会話するのも馬鹿らしくなってだんまりを貫く俺に、先輩は稀に見せるあたふたした様子で必死にご機嫌取りをしていた。
人形のように動かない俺の口元にサーモンアボカド丼を掬っては放り込み掬っては放り込み……
無意識にもぐもぐと顎を動かす俺の顔をうっとりとした目で眺め……
デザートのわらび餅まで綺麗に食べ終わった俺を、先輩は満面の笑みで送り出した。
「あは、やっぱ千秋ってチョローい」
まだ口に残るわらび餅の味を堪能していた俺は、先輩が背後でそんなことを考えていたなんて知る由もなく……
何はともあれ無事に帰れてよかったなぁ、と真っ暗な夜空を仰いだ。
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