第40話 幼馴染じゃないけれど

 僕たちは最後に、絵馬のところにやってきた。

 数々の人の誓いや願いが、一箇所に飾られている。その前に立つと、不思議と明るい気持ちになってくる。

 まったく、なんでこう色々重なってしまったのだろう。

 こんな厄はさっさと払おう。僕は書いたことのない絵馬に挑戦することを決めた。

 台に移動するまでに飾られた絵馬を眺めていると、異彩を放った欲張りな願いを見つけた。

『全部叶いますように』

 名前はない、けれど書き手が誰だか僕には判った。こんなの、願いじゃなくて新年の抱負じゃないか。やっぱり彼らがここを訪れていたのも、何かを前向きに変えていきたいという決意の現れだろう。

 それを見て、僕はまだ折れてやらないと誓った。

 お守り以外にも何か買っていたのか、遅れてきた沙妓乃ちゃんに、僕は空白の絵馬を差し出した。

「沙妓乃ちゃん、これ、あげる」

「え……?」

 沙妓乃ちゃんは未使用のそれに戸惑いながらも、受け取るとすぐにペンを握って机に向かった。

 自分の願いを描くことに夢中になっている彼女をよそに、僕はすでに飾られている絵馬を手にとる。

 大きく息を吸い、汚い字で書き殴った。

『やってみろよ、バーカ!』

 文字とともにキツネの面のイラストを付け足す。

 それがすべて善意のもとで行われている行為だとしても、やっぱり僕はその残酷さを直視できなかった。隣でこんな純真な女の子を見ていると、こんな絵馬には文句を言ってやりたくなったのだ。

 僕は、人生初めての落書きに満足した。

「できた」

 知ってか知らずか、沙妓乃ちゃんは自分の書いた絵馬をそのとなり結んだ。

「馬鹿だなぁ……」

 飾った絵馬を眺めて、沙妓乃ちゃんが小さく呟く。

「え?」

 とぼける僕に対し、沙妓乃ちゃんは悪役っぽい顔を作る。

「だってそうでしょう」

 あぁ、このしたり顔。


「ツネくん、部活に遅れたことなんて、ただの一度もなかったじゃない」


 ……僕はとんだ勘違い野郎だ。信じてもらえていない、だって?

 沙妓乃ちゃんは最初から、言ってくれていたじゃないか。


 ――寝坊なんて、ありえない。


 この子をやり込むことなんて、僕程度の男ができるわけなかったんだ。

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