大厄帯びたライフハック

第35話 法螺吹きの大遅刻

「ごめんごめん、ちょっと遅延しててさ!」


 寒さに耐えかねた小さな少女は、膝を抱えて身体を丸めていた。石像のように硬直したまま、彼女はその目だけをゆっくりとこちらに向ける。

「……何が?」

 口元がマフラーで隠れていて、表情はわからない。けれど、その耳はもう真っ赤に染まっていた。

「……僕が」

 家からここまでの道のりは約二十分。当然のことながら、徒歩が一番早い。

「遅延理由は?」

 想定していた問いが飛んでくる。

「寝坊、的な?」

 息を切らしながら、僕は準備していた回答を返す。収まらない動悸に自分の体力のなさを恨む。少し走っただけなのに、内は焼けるように熱く、外は凍るように冷たい。

「証明証はないんだけどね」

「いらないよ。その理由、弁明する必要が皆無だもの」

 全くそのとおりだ。であれば、良かった。僕はどうしても、寝坊を理由として示したかった。けれども、その必要はなくなった。

 さて、どうしたものか。

 その場から動く様子を見せないあたり、本当に「早々から」ご機嫌が斜めらしい。斜度が上がりすぎて、そろそろ水平と鈍角をなすのではないだろうか。

 もしかしたら、まだお年玉を貰っていないのかもしれない。 


 ジャラジャラジャラ……。


 鳥居の向こう。誰かが鳴らす本坪鈴ほんつぼすずの音が、辺り一帯に響き渡った。

 それを合図ととったかのように、彼女は機械音の鳴りそうな所作で立ち上がる。ずれたマフラーの中から、への字に曲がった口が姿をのぞかせた。

 新年一発目の福笑いには、失敗してしまったみたいだ。

 ようやく全長を見せた痩躯そうくな身体。横に並んで、改めてその小柄さを実感する。

 何かを主張するためだろうか、少女は汚れていないコートの裾をパンパンと叩いた。

「寝坊なんて、ありえない」

 隣でちょこちょこ歩くおかめ様は、まだ笑ってくれる気がしなかった。

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