第34話 氷解は叶わない

『暖かい貴方に、私はこんこんと恋をした』

 彼女が綴った最後の一文。その音を唐突なものではなく、静かに、しとやかに表現したその言葉を俺はずっと覚えている。もしか死たら俺は、真雪自身ではなくこういうことができるその技術に惚れ込んでいたのかもしれない。

「寒い……」

 光る雪は降り続ける。そろそろ身体も冷えてきた。

 撫ぜる風を目で追うと、その先にはいつもの人影があった。

「剣太郎、ちょうどよかった。一緒に帰ろ」

 どんなに同じ時間を共有しても、どんなに居心地が良くても。

 きっと化かせない人間と一緒にいるほどつらいことはないのだと思う。

 気の早いクリスマスツリーは、ここにいるのだと強く主張する。きっと誰かに見てもらいたいのだろう。

 でも、今ここに立っているのは、友人さえ理解できない、心のない幽霊だけだ。

 外身の華やかさだけを享受して知った気でいるのは多分、悪というものだろう。

 それでもどうしてか、この呪縛を窮屈に思う自分がいる。

 今の俺には、自分の未練もわからない。

「なあ、俺は何を思い残しているんだろう」

 俺が問いかけると、彼女は何かを察したように周りを見る。

「たぶん、こういうのじゃない?」

 普段表情の少ない彼女が、この時ばかりは行き場のない顔をして道路隅を指差した。

「そうか」

 俺は普通じゃないから、底の重さで起き上がる機能は備わっていない。雪や氷くらい冷たい鎧で身体を覆っている、歪な出来損ないだ。

「でもそれも、いつか解けるんだと思う」

 願って待つだけでは、それが叶わないことは分かっている。でも今は、彼女の言葉が暖かかった。

 俺は転んだだるまを立て直すこともなく、千夏と並んで歩き始めた。

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