第36話 人には人のおまじない
人生にはレールが敷かれている。月並みな表現だけれど、本当にそう思う。
けれどそれは一本道じゃない。死という終着点は厳然としてあるけれど、そこに至るまでの道は様々だ。捻じ曲げることだってできる。
つまり、人生というフィールド全て、レールを敷くことができる開拓地なのだ。あるときはそこにある建物を壊し、あるときは人に疎まれ、そうやって好き勝手にレールを敷くことを許されたら、どんなにいいだろう。
今、
入学から卒業という、限りなく短いこの区間にも、立派な施設が整備されている。
僕には、それが全部障害物に見えた。
例えば部活。あるいは文化祭、体育祭。そういう公共施設のようなものが準備されていて当然だと、誰もが思っているのが不思議だった。
だってそれは、「当然楽しい」だけだから。
僕はそれが嫌だった。どうして嫌かと訊かれれば、わからないと答えるほかない。生理的に嫌で、スキキライの「キライ」なのだ。
それが特殊なのだと悟ったのは、いつだっただろう。当たり前の楽しさを素直に享受できないことが悔しく、自分がひどく偏屈に思えた。そうやって少しのもやもやを抱えて暫く生きてきたけれど、やっぱり同じ思想の人間は見つけられなかった。
――この県立
「俺はおみくじを引いたことがない」
その一言で、尖っているとすぐに判った。
席がひとつ後の、一見無愛想な男子生徒。僕は彼と自然と話すようになっていた。今思えばそれも僕のキライに属する「お決まりのイベント」だったかもしれない。
「ふうん、その心は?」
理由を尋ねると、彼は前のめりになって話を続ける。
「おみくじで知れるのは、事実だけだ」
おみくじが、事実……?
「つまり君は、その啓示を全面的に信じていると?」
問いかけると彼は、呆れた様子で目を細める。
「内容が真実かどうかは関係ない。ニュースだって虚実入り交じっているんだから、そのソースが神でも仏でも変わらないさ。より正確には、情報の提供者側が事実だと思っていることをサービスとして売っている。それをどう受け取るかは、受け手である俺たちの問題だ」
なるほど。彼らは彼らなりの事実を
「つまり、予知能力を持つ神様がおみくじを頒布するのと、取材能力を持つジャーナリストが情報誌を販売するのは、本来知り得なかった情報を対価によって手に入れるという点で同じだと?」
とんだ暴論、とも言えなかった。彼は頷く。
「ああ。おみくじが伝えているものだって、事実ととれば事実たり得る。そこに実現してほしいものが書かれていれば、自ら叶えるように補正していけばいい」
「そんな無茶な」
「無茶だと思うならやめればいいさ。言っただろ、受け手次第だって」
そんな変態がこの世にいるわけがない。そう思った。でも、僕はこの世界のことをまだまだ知らなかった。この浅はかな決めつけはやがて、彼の行動によって認識を改めることになる。
「理屈はわかったさ。だけど、それだけじゃサービスを受けない理由にはならないんじゃない」
彼は少し興奮した様子で「問題はそこからだ」と人差し指を突き立てる。このあたりから、彼も僕を気に入ってくれているみたいだった。
「おみくじのシステムは、サービスとして欠陥がある」
そりゃ大変だ。
「自分が今、あるいは今年どんな運勢なのかという現状を告げるだけで、何も手を施してくれない。それは情報誌だって同じだが、売り方が気に食わないんだ。参拝の流れに組み込まれていて、いかにも引いただけで状況が改善されるように見せている。他の手続きは、それを行うことで身を清めたり、願をかけたり、現状を正す意図がある。けど、おみくじだけは違うだろう。結び付けの風習こそあるが、運気好転を保証するような明言は殆ど見られないんだ」
言われてみれば。仮にスピリチュアルなことがらがすべて真実だとして、おみくじはサービスとして極めて不親切といえる。
「つまりゲームで言えば、お守りはステータス強化で、おみくじはステータス確認ってことだね」
彼は感心した様子で「完璧な例えだ」と言った。ひとつの解に辿り着いた、みたいな表情で目を輝かせている。
「真実かどうかもわからないステータスの確認に、ゴールドを使いたくはないだろう?」
たしかに。お告げを受けても状況は自分で改善するしかない上に、「こんな感じにしてみてね」というだけで、どうすれば厄除達成なのか目に見える目標もない。
「今年が悪い年だと言われて、なんの特がある? 不幸があるから気をつけろと言われて、どう逃げればいい? 本当に一年間それを心がけて生活する奴なんているのか? さすがに面倒すぎるだろう。一時的に大吉が引けたら、当たりを引いた気分になる。そのギャンブル感覚が楽しいだけで、明日になったら内容なんて忘れるのが殆どなんじゃないか? それなら、凶を引いたときに、ダメージを受けるデメリットのほうが大きい。課金して引き直すことで回復できたりはしないからな。リスクマネジメントをしっかりすべきだと、俺は思う」
ああ、この人はあれだ。間違いない。
いわゆる『やべーやつ』だ。
「どちらにせよ、もし何かが起きたときだけ『あのおみくじは当たっていた』なんて言われるわけだ。詐欺とまでは言わないが、そうやって広がったビジネスモデルなんだろう。物事が残るのには、それなりの理由があるからな。そういうのを総合的に考えると――」
彼は口元を緩め、両手を上げる。
「おみくじはコストに見合わない」
散々理屈を並べた挙げ句、出した結論は『お金のムダ』。こいつは素晴らしい。これこそまさに、僕が求めていた変人そのものだ。
結局彼が言いたいのも、おみくじは『お決まりのイベント』にすぎないということだろう。一喜一憂を楽しみ、結果を共有するだけのガチャにすぎないという主張だ。
ああ、面白い。
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。彼も僕と同じ違和感を抱え生きている。
自分で行きたいところを自分の意思では決められず、それでも敷かれたレールの上を走るのは嫌なのだろう。直接言うことはなくても、その言動の節々から、この体制に対する少なからずの不満が感じ取れた。
でも、僕と彼には一つ違っているところがあった。
この変人、
ケンは占いに従って生きていた。先の理由で、短期的な効力がある占いをあてにしているという。今日の自分はどうなるか、その「候補を示してくれる」とケンは言った。それを自分から叶えに行くというのだ。
僕はこの生き方に酷く感激した。みんなが青春や学校に従って生きているなか、ケンだけが違う法則性のもとで動いている。
うまくやっていけそうだと思った。いや、「うまく使えそう」だったかもしれない。
その日から、僕は自分の道を示してくれるツールを探し始めた。
要は、ケンの真似をしたかったのだ。
* * *
しばらく経ち、僕は焦り始めていた。
結論を言えば、できなかった。
ケンには長年培ってきたキャリアがある。その行動原理は、思いつきですぐにトレースできるようなものではなかった。彼は彼なりのルールを形成していて、決してその道を踏み外さない。レールはなくとも、行き先は見えていた。
じゃあ僕は、何に従う? これもだめ、あれもだめ。色々試した。でも僕には「好きこそものの上手なれ」が、圧倒的に足りなかった。もっと言えば、ツールに心を委ねることが出来なかった。
そうして試行錯誤しているうちに、一つの答えを見つけだした。
誰かのレールに乗ってみよう。
僕は、他の何でもない、ケンに従ってみることにした。自分でツールを扱えないとき、どうするか。有識者に任せるのだ。
そうして僕は、ケンを教室後方に招いて言ったのだ。
「部活は決めた?」
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