第37話 第三者

 占い研究部を作ってからは、本当に楽しかった。

 表情豊かで天真爛漫なケンの幼馴染、パン大好き少女の山根小冬やまねこふゆちゃん。

 少ない言葉数の中にキレを見せる文学少女、オールジャンルオタクの能沙妓乃のうさぎのちゃん。

 彼女らも加わり、似たものの輪はさらに広がっていった。

 僕たちは、表面では個性を演出しながらも、心の深いところでその本質を理解しあっていた。

 だからこそ、止めておくべきだったのかもしれない。

 ある、なんてことない晴れた日……でも、紛うことなき厄日だった。

 文化祭の役員を決める時間にそれは起こった。

「副代表は誰かやってくれるかい?」

 クラス委員である伊野辺くんは、クラス全員から立候補を募る 。

 こういうのは僕の専売特許だ。リスクを犯さない立ち位置から、線路を捻じ曲げ、かき乱す。今回も僕が独り占めする……はずだった。

「お、決まりだね」

 挙手をすると、思惑通りの返事が来た。

「一番早く手が上がった木滝くん。副代表よろしく」

 一番早く……? 何人かが手を上げたということだろうか。

 教室を見回して、目を疑った。真後ろを仏頂面が、手を上げていたからだ。

 ケンが、挙手をした?

 占いはいたずらにも、ケンを青春のレール上へと導いた。分岐していたレールが、偶然にも本線に乗ってしまったのだ。いや、ケン自らの意思だったかもしれない。

 それは、ダメだって。

 以前からケンの行動には一種の危うさを覚えていた。占いに捻じ曲げられた線路を、更に自分の意思で捻じ曲げようとするのだ。それを眺めていた僕は、事故の気配を感じていた。

 それから何があったのか、僕は知らない。状況を鑑みるに、すごい速さで走っていた小冬ちゃんとぶつかってしまったのだと思う。

 結局のところ、ケンは占いというツールに使われていた。その強力なライフハックは、呪術だった。

 文化祭が終わると、ケンは部活に来なくなった。小冬ちゃんも、その数日後から姿を見せていない。

 友達なのだから、聞けばいい。でも、その座席はあまりにも遠かった。いや、聞いても本当のところまでは教えてくれなかっただろう。他愛もない会話は続いているけれど、ケンは今まで嬉々として話していた占いの話題にも消極的になっていた。

 きっと僕たちは、まだ友人ですらなかった。

 だって、六月だ。楽しい時間は早く過ぎるし、実際にも短かった。僕らは四半期も一緒にいなかったのだ。


*   *   *


 やがて夏は過ぎ、草木は枯れ、今はあたり一面が無彩色に落ちている。

 十一月の中頃、沙妓乃ちゃんも部室に来なくなった。これはいよいよかと思ったけれど、どうやら少しのあいだ学校を休んでいるらしかった。戻ってきてくれたときは、すごく安心した。

 それからも僕と沙妓乃ちゃんは、部室に足を運ぶことをやめなかった。 まさに今日、今年最後の登校日まで。

「不定期配信になってから、登録者数も伸びなくなったし、再生数も落ちたの……」

 沙妓乃ちゃんは露骨に落ち込んだ顔をする。まるでちょっと前に流行った絵文字みたいだ。

「仕方ないさ。投稿頻度は数字に直結するからね」

 動画配信団体『動画どうが屋敷やしき』。占い研究部の別名だ。以前までは四人の持ち回りで、狐面をかぶり、声を変えて定期配信していた。

 僕たちが投稿していたのは、特段刺激的なコンテンツではなかった。それぞれが好きなことや、その日の発見について語りまくる。誰でもない、僕がそうした。

 ケンがおみくじについて熱く語ったとき、これは公にすべきものだと確信した。一本目の動画は絶対にそれにすべきだと進言したのを覚えている。

 結果、当たりだった。当時登録者数が伸びていたのも、四人の企画の幅が広く、それぞれが深いところに刺さって心を揺さぶっていたというのが大きかったと思う。

「もう、やめた方がいいのかな」

 沙妓乃ちゃんは、この日を待っていたのかもしれない。いつか作らなくてはいけない気がしていた、一つの区切り。それをこの年の瀬にしようとしていたのだ。

 悲しくも放たれた言葉に、僕の表情は一つも変わろうとしてくれなかった。

「ツネ……くん?」

「……え?」

 それが顎のあたりまで伝ってきたとき、ようやく気づいた。

 僕は表情を固めたまま、涙を落としていた。泣いたのなんていつ以来だろう。

 意識の外で溢れるものを止められず、得も言われぬ羞恥が僕を襲った。

 高校生にもなって、情けない。

「ごめん」

 見られてしまったものは仕方がない。

 僕は顔を隠さず素直にそれを拭き上げた。

「わかるよ……」

 沙妓乃ちゃんの目の周りも赤くなっている。彼女が僕以上に傷心していたことなんて、分かっていたはずだ。彼女はケンに救われた。きっとどうしても、一緒にいたかったと思う。ケンも気づいていたはずだ。

 ずっと待っていた。でも二人は帰ってこなかった。沙妓乃ちゃんの言うように、これはそろそろ潮時なのかもしれない。

「年を越したらさ」

 そこまで言って、ふと何もないと気づく。世間が表現しがたい高揚感と静寂に落ちるこの時期。年が変わったからといって自分が変わるわけでもないのに、それは不思議な期待を抱かせる。

「来年から本気出す」は人間が本能として持っているものなのかもしれない。「来年になったら云々するんだ」という何かを始める都合のいい区切りとして、あるいは「来年にはあれこれがあるかもしれない」という根拠のない希望の行き場として、それは都合のいいタイミングなのだろう。

「元旦……どうかな。早起きして初詣でも行ってみない?」

 何を言っているんだろう。続ける言葉がなかったからって、苦し紛れにもほどがあった。

 そんなことをして、誰に利がある。そんなことが、一体何の慰めになる。

「うん、いく」

 対して、沙妓乃ちゃんの返答に迷いはなかった。

「新しく始めたいから」

 心機一転を誓った言葉。その声色は反して、明るいものではなかった。

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