第32話 その日

 週明け。先日までの夢は解け、俺たちは文化祭の片づけに勤しんでいた。

「ちょ……っとごめんね、うしろ通るよー……」

 廊下の装飾を外していると、上の階から降りてきた三年生の二人が後ろを通り過ぎる。何やら大きなパネルを抱えていた。血が垂れるような塗装がなされているので、恐らくお化け屋敷の入り口に設置されていたものだろう。

 俺は身体を廊下の端に寄せ、パネルに目をやった。

 その裏を見て、息を呑んだ。


【A=day】


 太陽をモチーフにしたキャラクターの上に、そう書かれていた。

「すみません! ちょっと待ってください!」

 俺は咄嗟に声をかける。

「んー、どうしたの?」

「その裏の文字、何ですか?」

「えっ? あ、ほんとだ。何か書いてある。ごめんねー、これ、去年の先輩が作ったやつの使いまわしだから、ちょっとわかんないんだわ」

 ちょっと待て。去年のだって……?

「ああでも、もしかしてあれかもなー。提灯祭関係かも」

「あったねー、そんなの。今年はあんまり聞かなかったけど」

 提灯祭。確か裏文化祭の通称だったか。

 その提灯祭で、小冬が仕込んだような文字列と同じものが使われていた……? しかも去年に?

 思い出せ。俺はAというアルファベットをどこかで耳にしなかっただろうか?

「タティーだっけ? 結局何だったんだろうね、あれ」

「さあねー。でもイコールってことは、これ代入できそうじゃない?」

「たしかに! あんた天才だわ」

 そうだ、提灯祭のキーワード。『氷のTATY』だっただろうか。

 この人たちの言う通り、提灯祭も各所に隠されたワードを集めるものだったとしたら……。

(まさか……!)

 小冬の言葉が頭を駆け巡った。

 あいつはこれを知っていたのか? あれは、小冬が考えたものじゃなかったのか?

 だとしたら、俺は……。

「すみません先輩。ありがとうございます」

「あいよー」

 先輩たちは生返事をすると、推理を楽しみながら去っていった。


 *   *   *


 俺は急いで家に帰り、棚に置いてある『氷解は叶わない』を開いた。

 あれだけ人数がいて、誰も『氷のTATY』が何なのか分からなかった。たとえば【A=day】以外を見つけることができなかった。……と、仮定する。

 本当にそんなことがあるのだろうかと、俺は考えた。

 そこで小冬が言っていた一つの言葉を思い出したのだ。

『あの日の朝、お姉ちゃんが送ってくれた。お揃いだって』

 ということは、小冬だけがその時点で【Y=shellfish】というワードを知っていたということになる。日と貝。漢字に直すと何かに似ている。そこで気づいた。もしかしてTはそのまま使うのではないか、と。

 つまり、部首なのではないかと。

 氷のT日T貝。これを縦に並べると……。

百頁ひゃくページ……! あった!)

 正確には部首ではないが、意味の通る文字列が出来上がった。提灯祭を仕込んだのは、真雪だったんだ。貝のキーホルダーは、小冬にそれを挑戦させるためのプレゼント。小冬は真雪の真似事をすることで、気づいてもらおうとしていたのかもしれない。俺は意図せず、真雪が考えたものを持ち上げていたということになる。

『氷解は叶わない』の百ページには、最初の一行に青年のこのセリフだけが書かれていた。


『夢が叶ったらまた会おう』


 これが去年、真雪が小冬に伝えた言葉だったんだ。

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