第27話 闇が落ちる

 シフトの時間になったため俺はB組の教室に戻り、所定の位置に着く。このお化け屋敷において、俺の役割はいたってシンプルだ。穴の開いた段ボールから客が来たことを確認、壁を裏側から叩き、ドンと音を鳴らす。とても簡単なお仕事だ。一組の所要時間は五分ほど。入れ代わり立ち代わり訪れる客に同じことを繰り返すが、素直に驚いてくれるので案外退屈はしなかった。ときどき聞こえる悲鳴にびくっとしながらも、俺は与えられた役割を淡々とこなしていた。

「次の方、入りまーす」

 受付の声とともに扉が開き、光が差し込む。一般公開日でもないのに、入ってきたのは背丈の高い大人の女性二人組だった。

(先生……!?)

 その二人組は、A組担任の河野こうの先生とB組担任の山吹先生だった。河野先生は規律を重んじる、少し近づき難い怖めの先生。対して山吹先生はほんわかとした空気を醸した可愛い系の先生だった。まさかあの二人、仲が良かったなんて。

 ドアが閉まり、部屋が闇に包まれる。

 それにしても、本当に暗い……。午前中のシフトのときは、ここまで暗かっただろうか?

 先生たちが近づいているようだが、とても視認しにくい。足音はどんどんこちらに近づいてくる。壁裏にはメイドインな某ゲーム風の「叩け!」の文字。

(そろそろか……)

 頃合いと判断し、俺は音を鳴らそうと手を伸ばす。


 ――パチッ。


(え……?)

 刹那、視界が真っ白に染まった。目の順応が間に合わない。

 突然にして、照明がついたのだ。

 その空間は一瞬にして、ただの教室に変わった。

 形成されていた雰囲気は一気に崩れ、言葉にならない感情が渦巻く。

 所定の位置についていたスタッフたちも、ざわざわし始める。

 数秒が経って、客は先生に戻り、威厳のある声で告げた。

「あなたたち、何やっているの……?」

 それは照明の点灯という事故への叱責だろうか。何に対して発せられた言葉なのか、段ボール越しに捉えることはできず、そしてそこから動くこともできなかった。

 ただ、確認できたものが一つだけあった。

(【N=grave】……?)

 入ってすぐのところに配置された背の高い墓碑のオブジェ。そこに文字が刻まれていた。

 見覚えのある表記だったが、今はそれどころではない。

 先生たちは入り口から出ていき、その後またすぐ照明は落ちて、次の客が入ってきた。

 混乱が抜けないまま、俺は所定の仕事にもどり、壁を叩いた。


 *   *   *


 一目を終え、家に帰ると、俺は一冊の本を取り出した。

 文化祭のようなイベントを迎えると、いつもこれを思い出す。

 それはとある文芸誌。俺という人間に大きな変化を与えた、かけがえのない作品だった。

 憧れの人が書いた、どうしても欲しかった一冊。寝付けない俺は、それをもう一度読み直して心に刻む。

 明日もきっと叶えてみせるぞと意気込み、俺は眠りについた。

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