第23話 対峙
「B組は、縁日を希望しようと思います」
その言葉に教室が静まり返ったのは、二日後のことだった。
文化祭についての話し合いの時間は、本来授業があるコマが適当に割り当てられる。その最初のコマで、小冬が放ったこの発言に、クラスの全員が言葉を失った。
一体、どういう心変わりがあった? それとも最初から……?
先日の沙妓乃に触発されたのだろうか。それにしたって、これは単独行動が過ぎている。
徐々に教室が音を取り戻し始めると、クラスの中でも発言力のある
「文化祭なんだからアトラクション系の方が楽しいと思うんだけど」
海田は女子のカースト上位といえる存在だ。凛とした顔立ちで、何事にも強気な少し近寄りがたい存在である。
その攻撃的ともとれる発言に小冬が眉をひそめると、海田は呼応したように睨みを利かせる。
「文化祭を私物化しないで。なんで話し合いもなしにクラスの意向を決めてんの?」
これに関しては、当然の意見だった。少しくらい説明があってもよさそうだが、小冬はそれでも口を閉ざした。その反応に、海田はさらに機嫌を悪くしているようだった。
この雰囲気はよろしくない。それを察したのか、ツネが二人に割って入ろうとする。
「まあまあ! 落ち着いて。多数決で決めればいいじゃない。みんな伏せて」
言い放ったのは伊野部だった。ほんと、素晴らしいタイミングだなこの野郎。
伊野部の提案は、この上ないほど浅はかなものだった。
結局この後、結果の分かり切った多数決でB組はアトラクション系を申請することに決まった。俺はついに小冬の本心を知ることはなかったが、クラスに何とも言えない不信感やわだかまりが残ったのは言うまでもなかった。
* * *
その日から、小冬は部活に来なくなった。きっと準備がいろいろ忙しいのだろう。
抽選によってクラスの出し物がお化け屋敷に決まり、そこから実作業に取り掛かるまではあっという間だった。アトラクション系は、B、C、F組。飲食店はA、D組。縁日はE、G組に決まった。ハズレを引いたクラスは、既によくない空気が流れているようだった。
開催日が近づくにつれ、俺も道具係の仕事を押し付けられることが増えてきた。
「おーい、雑用係。段ボールってスーパーとかから持ってこれる?」
「君、雑用係だったよね? ガムテープがなくなっちゃったんだけど、予算貰える? というか買ってきて」
「雑用係ぃー、ちょっとここ掃除しといて」
もはや道具でもなんでもなかった。なんなら俺が道具だ。あ、道具係ってそういう?
ひとつ大きなため息をつき、買出しに出ようとしたところでさらに別のところから呼び止められた。
「ねえきみ、この照明どう思う? 明日は暗幕あると思うんだけど」
話しかけてきたのは、先日小冬と火花を散らしていた海田だった。背丈が高めでギャルっ気のある印象だが、髪は真っ黒い直毛だ。普段なら話すことのない、小冬や沙妓乃、そして自分とは正反対の存在に俺は少し狼狽える。
「確かに、ちょっと明るすぎるかもな。何か薄い紙とかで覆って提灯みたいにしたらどうだ」
内心落ち着かなかったが、結構うまく隠せたと思う。数日前に聞いた提灯というワードが頭に残っていたのだ。
「きみ、なかなかいいこと思いつくね。ありがと」
くるくるっという音がした。鎮まれ、俺の手のひら……ッ!
つくづく自分は軽い男だと思う。将来詐欺とかに遭いそう。いかんいかん、と自分を戒める。
「燃えないように配慮しないとなぁ」
海田は頬に人差し指を添える。
そういう懸念点に気づいているのに否定から入らず、どんな人間の言葉も素直に受け取る彼女を、小冬に突っかかる気の強いだけ人間として見ることが俺にはできなかった。
海田は小道具の散らかった足場をぴょんぴょんと飛び越えると、「あ」と何かを思い出したようにこちらを向く。
「じゃ、それも買ってきて」
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