第22話 ハズレ枠

 放課後。いつものように部室に向かう。何度通っても、教室からの遠さにはあまり慣れない。階段を上り、三年生の教室前を通ると、何やら情けない声が聞こえてきた。

「今年こそはお化け屋敷とかやりたい……! もう歩き売りはイヤなのー!」

 子供のように駄々をこねる声。よく見たら、前生徒会長の西ヶ谷にしがや先輩じゃないか。

 形式的な文章を読み上げるところしか見たことがなかったため規律を重んじるお堅い人という印象が強かったが、どうやら可愛らしい一面もあるらしい。

「とんだ疫病神ね。なんで同じクラスになってしまったのかしら」

 隣にいるのは、たしか前副会長の……人。名前は忘れてしまった。プライベートでも仲良かったんだな、この二人。

「ちがうの! 去年は謎の会長バイアスがかかってカッコつけて降りちゃったの!」

「疫病神じゃなくてただのバカじゃない」

「文化祭には、楽しいことがたくさんあるわ。縁日だって、工夫すればいくらでもお客さんを喜ばせられる。それに、他のクラスをたくさん回れるのよ。今回は譲るのもアリなんじゃないかしら。これ、私がお化け屋敷降りるときにドヤ顔で言った言葉」

「バカにペテン師も加わって救いようがないわね」

「ちゃんと約束は守ったのよ! でも、クラスのみんなに楽しいと思ってもらうために私はずっと裏方しちゃってたの! そういう性格なの!」

「はいはい、知ってる知ってる」

 えぇ……。腕章をつけた会長が地味な歩き売りをしているなんて、立派なものだと思っていたのに。売り子姿、似合ってたのに……。あの笑顔も作られていたということに、俺は微かなショックを受ける。

 二人が話しているのは、恐らくクラスの出し物についてだろう。

 出し物は大きく三つのカテゴリに分けられる。定番であるアトラクション系と、自前で準備したメニューを提供する飲食店系、購入したものを何某なにがしかの工夫を施して提供する縁日系だ。例を挙げるならアトラクション系はお化け屋敷や演劇、飲食店系はカフェや出店、縁日系は射的や歩き売りが該当する。この分類はそれほど厳密ではなく、強制力もない。飲食店の余興として劇をするなど、そういう多少の自由は担保されていた。

 しかしながら、全クラスの希望が成就するわけではない。一学年七クラスあるうち、アトラクション系が三クラス、飲食店系が二クラス、縁日系が二クラスと枠が決まっているからだ。

 各クラスで意向を決定し、運営である実行委員会に提出。その後厳正なる抽選が行われる。当然と言えば当然だが、例年ほとんどのクラスがアトラクション系を希望していた。そのため、残りはハズレ枠であるというのが全生徒の共通認識だ。

 しかし、ある物静かな少女はこう言った。

「A組は飲食店を希望することにしたの」

 部室に到着するや否や、のう沙妓乃が自慢げに方針を語っていた。その周りを、活発な少女であるところの山根小冬が「いいねーいいねー!」と跳ねて回っている。

 放課後の化学資料室では見慣れた光景だった。

 占い研究部。別名、動画配信団体「動画の屋敷」。俺の所属するこの部活は、部員四人、活動は平日のみの小さな部活だった。普段は放課後に集まって談笑したり、学校に隠れてやっているインターネット上での動画配信についての企画を練ったり……、顧問の安良岡やすらおか先生が来ないのをいいことにやりたい放題している。

「具体的にはどういう店を出すんだい?」

 ツネは気を回したのか、沙妓乃が求めているであろう質問を投げかける。

「メイドカフェを……させる」

「させるって言ったな今」

「たのしそー!!」

 小柄な少女は、なんだかすごい野望をお持ちのようだった。

「クラスからの反感はなかったのかい?」

 ツネは質問を重ねる。沙妓乃は「ふふっ」と小さく笑い、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔をする。

「メイドで男子票、タピオカで女子票、気楽さで陰キャ票をがっぽり。これで優雅に他のクラスを回れるの」

 括るな括るな。

「というか、それをみんなの前に立って宣言したってとこは、自分がメイドコスやりますって言っているようなもんじゃないのか?」

「需要の無さで逃げ切る……」

「みたいー、ぶーぶー」

 小冬は両の目をくの字にする。俺もみたいー、ぶーぶー。……とは言えないが、みんなそれに期待して票入れたんだと思うけどなぁ。

「いやー、それだけでよく丸め込めたもんだ。相当な説得力がないとアトラクション系の勢力は抑え込めないと思うけど」

 ツネは褒めちぎる。沙妓乃は付け上がる。わかってやってるな、この男。

「飲食店だけど、こっそりアトラクション的な要素を入れることを確約したわ。それに、忘れているかもだけどわたしは学年主席なの。入学してから二ヶ月ちょっとしか経っていない今は、この肩書きがまだ効力を持つ。計画が完璧だと言えば、反対の流れはできにくいの」

「すごい!!!」

 ビビる小冬。ドヤる沙妓乃。なるほど、開催時期が早いことを逆手に取った発想だ。しかし、こんなに歪んだ思想を持つクラスは他にないだろう。

 普段言葉数の少ない沙妓乃が明朗に語る姿は新鮮で、なんだかこちらも嬉しくなってしまう。文化祭前の浮ついた空気は苦手だが、彼女のように熱を注いでいる人がいると思うと、乗せられるのも悪くないと思った。

「ところで、占い研究部でも部誌を出そうと思うんだけど」

 ふと、ツネは新たな話題を持ち込む。部誌か。部活として何か成果を出すならそこが妥当なところだろう。有名になろう、部員を増やそうなどというつもりはないが、確かに文化部としては文化の祭で何もしないのでは、一年間何しているんだという話になってしまう。

「うん、いいと思う……」

「さんせい!」

 俺も特に反対のつもりはない。だが、一つ気になることがあった。

「部誌を作るとして、ちょっと企画が遅すぎないか? 文章はどうにかなるかもしれないが、体裁を整えるのは結構手間がかかりそうだぞ」

 部誌とはいえ、知名度のないものを買ってもらうにはパッケージが重要だ。売り上げが全てではないが、みんなのテンションが下がる姿はあまり見たくない。

「そう言うと思って、もう表紙は描いてもらったんだ」

「さすが! ぬかりない!!!」

「誰に……?」

「小冬ちゃんさ!」

 じゃあなんだよ今の茶番は。

「見てよこれ!」

 バン、とツネは一枚のコピー用紙を机に叩きつけた。

「すごい……ありえんうまいの……」

 それを見て、沙妓乃は思わず謎の言葉遣いをみせる。

 確かに上手かった。

 四角いディスプレイを持った狐が、前面に大きく描かれている。その画面が四つに分割され、各窓にキャラクターが可愛らしく描かれている。左上から順に、占いをしていたり、パンを食べていたり、本を読んでいたり、カメラを回していたり。

 それぞれにイニシャルが振られていたが、そんなものを見るまでもなくだれがどのキャラに該当するかは明白だった。その上に、その行動を否定するような大きなバツ印が乗せられていた。動画配信なんてしていませんというジョークだろう。

「確かに小冬は昔から絵が上手かったが、こんなに上達していたとはな……」

「そんなんじゃ……ないよ」

 くぐもった声に聞こえたが、謙遜だろうか。こいつにしては珍しい。

「でも、動画配信の隠喩としてはやりすぎじゃないのか、これ」

 俺の言葉に小冬は心配御無用と言わんばかりに鼻を鳴らし、どうやってバランスを保っているのか分からないくらい上半身をそらす。それに声を当てるかのようにツネは豪語した。

「いいのさ! どうせ配信者のコンコンが僕っぽいっていうのは噂で広まっているわけだし。ここは存分に利用してやろう!」

 かくして、占い研究部の部誌「妖狐ようこやかた」の制作が決まった。名前も露骨だった。

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