第12話 転がり始めた青春

 入学式は退屈だった。イベントと言えば、新入生代表の女生徒が階段でバラエティ番組のように派手にすっ転んだことくらいだろうか。初日からあられもない姿を晒してしまった彼女は、名を能沙妓乃のうさぎのというらしい。物静かそうな少女だったものだから、周りの生徒も笑うに笑えず、なんともまあ想像しうる一番キツイ空気が生まれてしまったのである。まあ、頭いいのにドジっ子というのは、マイナスポイントではないと個人的には思うけれど。


 *   *   *


 教室に戻ると、既にいくつかのグループができていた。俺も人並みに友人はいるが、今日は新しい出会いを大切にしたかった。

 なぜかって、占いが言っていたから。

 俺は占いが好きだ。崇拝していると言ってもいい。

 未来の一つの形、その候補を示してくれるから。

 いうなれば、俺にとって占いは努力の指標なのだ。

 それを叶えるために前進していくことが、俺に生きがいというものを感じさせる。

 そういうあれやこれやで、先ほどのスマホ占いのような「空気を読む」占いを大の苦手としている。占い師なんてもってのほかだ。占いはある程度抽象的かつ無機質であったほうがいい。

 俺のような占い信者はとにかく人為的だったり、作為的だったり、そういう誰かの意図を徹底して省きたがる。ランダム性が欲しいのだ。そういう理由で、個人をその対象としてご機嫌を伺うような輩は、未来を告げる媒体としてもっとも適さないのである。


「へえ、面白い。ケンとは仲良くやれそうだ」


 ふと、我に返る。こんな風に初対面の人間と話したのは初めてだった。

 メンタリズムというやつだろうか。それとも天然?

 前の席に腰かけている木滝恒彦きたきつねひこという男子生徒は、いとも簡単に、そして自然に俺という人間の本質を引き出した。

 自分の根幹を見せずに、それでいて対等にさらけ出したかのように錯覚させながら。

「お前、怖いやつだな」

「え、なんでさ。偶然後ろの席に座ったクラスメートと挨拶がてら長話をするのって怖がられることなの?」

 その不自然に自然な感じが怖いんだが。

「何はともあれ、これからよろしく、ケン」


 *   *   *


 数日もすれば、俺はそいつのことをツネと呼ぶようになっていた。きっと何か、暗示をかけられていたのだと、俺は今でも疑っている。

 まあいいのだ、こっちは。

 問題は……。

「ケンちゃん! ツネくん! 購買いこ! しらたまクリームあんパン、おいしいよ! ここの購買のパン、おいしいのばっかり! 最高の高校に入学したよ!!」

 生きたサイドテールの隣にくっついている、この人だ。

「静かにしろ」

「なんて髪の毛たたくの!? 本体こっちだよ!?」

 入学式の帰り際、結局つかまった。同じクラスになってしまっては、もう逃げ場はない。観念するしかなかった。結局あの日の占いは新しい出会いも、古い出会いも両立させてしまったのである。そういうわけで、運がいいのか悪いのか、新しい生活で人付き合いに困るようなことはなかった。

 小冬は幼馴染だ。小さい頃から無類のパン好き、否、パン狂であり、体内に取り込まれたパンが核融合することで生まれる無尽蔵のエネルギーで動いている。とても危険である。

「僕は今日からお弁当を持ってくることにしたんだ。購買ならケンと行っておいでよ」

「おけ!!」

 おけじゃない、おけじゃない。

「売り切れちゃう!」

「うぐっ」

 俺は謎に危機感を募らせる小冬に襟を掴まれ、ズルズルと廊下に連れ出される。そんなに急ぐなら置いて行けよ。

「あ、そうだケン。ちょっと放課後時間あるかな」

 突然思い出したのか、本当はタイミングを伺っていたのか、ツネは曰くありげな口調で俺に訊ねた。

「ん、ああ。部活見学とかか?」

 ツネはきょとんとした顔をする。「ああそんなものもあったね」というような表情だ。

 そして、少し考え込む仕草を見せると

「あ、あー、いいね、部活! うん、それもいい。いや、そうしよう」

 と、たどたどしく答えた。それはもはや会話ではなく、考え事を整理するため自分に言い聞かせているようだった。やっぱこいつ怖ぇよ。

「詳しくは、放課後話すよ」

「……わかった」

 ややあってそう告げたツネに、俺は曖昧な返事しかできなかった。

「はーやーくーー!」

 小冬は俺たちの中身のない会話にしびれを切らしたようで、今度は袖を強く引っ張る。まったく、年中脳内パンまつり女め。

 俺はなされるがまま、購買のある一階のロビーまで連行された。

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