気流に眩んだプロセスモデル

第11話 台風との邂逅

 春と俺は相性が悪い。

 環境の変化は凶暴だ。気候的にも、社会的にも、やれ始まりの季節だ、新しい生活だのと言って、義務教育を終えたばかりの子供にさえ容赦なく襲い掛かってくる。

 数年かけて築き上げてきた評価も、関係も、すべてをリセットするような強大な力を誇示しながら、生暖かいそれは不規則なリズムで吹き抜けていく。目立ちたがりなそいつは耳元で大きな音を立てると、あっという間に走り去る。それから不思議とお似合いな花びらをひらひらと着飾って、嘲るように舞って踊る。一連の流れは、まるで「つかまえてごらん」と言わんばかりだ。

 でも俺は、それに冷ややかな目を向けてしまう。いくら化粧をしたところで、こいつらが可哀想に見えてしまうことに変わりはなかったからだ。

『春一番』というトップ集団に離されてテレビにも映れない。そんな名もない負け組の風に、どう風情を感じようか。少し遅れをとっただけなのに世間の認識は、それに追いつこうと必死な気団がまき散らす、花粉をまとったただの突風だ。なんと残酷なことか。

 ピンク色に可視化された春風が抜けた先に、俺は「入学式」の文字を見る。

 県立自由ヶ崎じゆうがさき高等学校。

 それなりの進学実績を誇るこの学び舎は、以前来た時とは違う印象を受けた。受験勉強に染まった陰鬱な雰囲気はとうに消え、今はそこから解放された高揚感と少々の緊張感が校内に満ちていた。

 一回り大きくなった体育館は、強風を全身で受けてもすました顔をしている。このくらいどっしり構えられたらどんなにいいだろう。この立派な外観の建築物とは対照的に、俺は周囲の活気にくらくらし始めていた。

 現実、柴剣太郎しばけんたろうなんていうのは、その程度の男なのだ。

 ふと、強い風が通り過ぎたのを感じる。今度は体育館とは逆方向に煽られる。

(風向きが、変わった……?)

 その行く先に目を向ける。

 そこにはまるで自分で風を起こしているような、活気が人の形をとったような

 ――そこからサイドテールが生えたような、そんなシルエットがあった。

「……小冬こふゆ?」

 暦の名称ではない、その女生徒の名前だ。俺は彼女を知っていた。

「うおおお! 高校きたああああ!」

 春に取り残されたような名を持つ山根やまね小冬という少女は、しかし間違いなくエネルギーに満ちていた。

 俺に言わせれば、小冬は台風の目だ。暴風域から脱しない限り、たちまち厄介ごとに巻き込まれる。そういうマンガ的でラノベ的で非現実的な存在なのだ。

 音を立てないようにあとずさり、距離をとる。どうしたって気づかれてなるものかと、俺は自分のクラスを遠目で確認し、配属された一年B組の教室に早々に赴いた。


 *   *   *


 廊下は静かだった。騒ぎ立ててキャラを主張するには、時期尚早だろう。みんな牽制し合っているようだった。

 俺は合格祝いに買ってもらった新しいスマホを取り出し、周囲を見渡す。それから、お決まりの合図でアシスタントアプリを立ち上げると、小声で尋ねた。

「――今日の運勢は?」

 アシスタントはそれを受け、『テテン』と聞き飽きた反応音を発する。

『新しい出会いがあるでしょう』

 そりゃこの時期ならあるだろうと、俺は頭をかかえた。俺が最も嫌っている、空気を読むタイプの占いだった。標準搭載されているこの機能には結構期待をしていたのにと、小さく肩を落とす。ビッグデータに基づいた極めて信憑性の高い占術なのかもしれないが、そんなシステマチックなものはもはや占いとは言わない。というか、認めたくない。

 とはいえ、「一日一占い」と決めてしまっている。今日はこれを叶えるしかなかった。

「その分、知ってるやつとの出会いが減ってくれたりしないかなぁ」

 言いながら顔を上げると、廊下の突き当りに制服姿で嬉しそうに駆ける小冬の姿があった。

「……しないよなぁ」

 やれやれと、ため息混じりに視線を戻す。

 占い改め未来予知機能の精度を高めようとするならば、逐一フィードバックを送るのが適切な対応だったりするのだろうか。世界中の人間が、今日の占いは当たった、ちょっと当たった、外れたなどと送り続けていれば、結構なデータ量になるのではないか。歩みを進めながら社会貢献に思いを馳せていると、目的の教室に到着した。

 さて、クラス掲示では他の生徒の名前まで確認していない。でも、この占いはきっと当たってしまうのだろう。


 だって俺は、否が応でもそれを叶えに行ってしまう人間だから。

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