第2話 今日の占い
生徒会室は二階にある。西棟のやや奥地。辺境とは言わないまでも、俺たち一年生の教室や先までいた購買のあるロビーからはそう近くない。昼休みの時間も限られているため、昼食にありつけていない俺たちは少々足早にそこに赴いた。
「ケンちゃん、また占い?」
道中、スマホを取り出した俺に、小冬がお決まりの質問を投げかけた。
「ああ、今日はシンプルに朝の星座占いだ」
「毎日違うの見てるよね? どんな意味があるの?」
今日は珍しく食いついてきた。食いつくパンがないからだろうか。もしかしたら小冬なりの、冷静を保つためのおまじないなのかもしれない。
「意味とかはないけど、いつも同じのを見ていると二日続けて一位とかってなかなかならないだろ? 同じアドバイスとかも絶対出ないし。そういうご機嫌取りを考慮した確率操作や、暗黙のお決まりみたいなものが介入してるのが嫌なんだよ」
「ふーん」
興味があるのかないのか、小冬は曖昧な相槌を打つ。
俺、
この先に起こること、その一つの可能性を提示してくれるから。
いうなれば未来の形の候補であるそれを、叶えたいと強く思う。
だから、「占いは叶えてなんぼ」なのである。
こんな珍妙な信条を掲げている俺ではあるが、もちろんネガティブな部分はカムトゥルーしてほしくないわけで。
自分の星座が最後に発表され黒いパネルの上でふわふわしていたら少々腹が立つし、血液型が謎レースに敗北していれば相応のショックも受ける。
でもそんな風に提示された結果のセンテンスから、そうしたい、そうなりたいと思った部分だけを抽出して、こちらから向かっていく。
その作業に一種の尊さを感じるようになったのはいつからだろう。それに価値があるのか、なんて客観的なものは求めていない。生き方として、俺が個人的に美しく効率的だと思っているだけだ。だから他人におすすめはしないし、これが崇高だとも思っていない。一言で「好き」が最も適切だ。
占いの結果こそが、俺の日々の小さな努力の指針となり、知らず知らずに崇拝の対象となっているものだった。
「不思議だよねー。あたしなんかよりよっぽど現実的な性格してるのにさ」
小冬は俺の表面的な印象と、趣味としているものに一種のちぐはぐさを感じているらしい。
俺は反論する。
「前も言っただろ。占いが好きなことと、考え方が現実的なのは全く関係ないんだよ」
幼いころからの付き合いなのに、こいつは未だにこれを理解してくれない。
たとえば「趣味は占いです」と言う。
それを聞いた人は第一印象として、根拠のない、現実味のないものにすがるような人間だと思うのが、一般の考えるところであろう。しかし俺のような人間は違う。
「占い結果は、現実をほどほどに乾いた目で見る良質な材料たり得る」
「……よくわかんない」
「例えば、だ。『今日は幸運な出来事があります』と言われれば、その日に起こりそうな幸運な出来事を自分で想起するだろ? 非現実的なことは『起こりそうな幸運』としては考えないし、考えを超えるような『起きるわけもない幸運』はその時点では想起できない。結局は自分の中では『自分の周辺の現実に収まる』ように、自分の想像に制限をかけるんだよ。もちろん占いが言っている『幸運な出来事』の中には、自分の想定を超えるような成分も多分に含まれてはいるだろう。でも、とりあえず自分の思い描いたものが『今日の俺の、実現可能でぎりぎりありえそうな叶えたいことの一つだ』ということはわかる。わかれば、頑張ってそこに向かっていこうという一つの指標になる。俺はそれが実現しなくてもいいし、努力が及ばない運命的なものまでどうにかするつもりはない。ただ単に、占いは小さく現実的な目標を作って行動する着火剤になりやすいんだよ」
力説を終え、ふうと息をつく。小冬は特に表情を変えることもなく、ずっとこちらを観察するように見ている。
「ケンちゃんの言ってること、理解はできるし、楽しみ方は人それぞれだろうとは思うよ」
「お、今日は物分かりがいいな」
「でも、とりあえずかなり捻くれてるよね」
「うっ」
こう勢いづくと、小冬もなかなか手ごわい。
「好きと言いながら占い自体は信じてないというか、ちょっと小馬鹿にしてるというかさ」
小冬の言いたいこともわかる。自分から向かって行っては、それは自然に起こる天命ではないから占いを信じることにならないのではないか、ということだろう。
「馬鹿になんてしてない。俺はありがたく提示された結果を受け取り、あとはそいつを叶えてやるだけだ。占いのために自ら行動まで起こすんだから、俺ほどに占いを崇め奉っている人間はそういないだろう?」
「確かに、結果を聞いて実際に待ってるだけの人たちよりは占いに対して忠義……ってことになるなのかなぁ」
なります、なります。
「それに、その日俺がどんな行動をしようと、それは天命だよ。神なり仏なりは俺が今日どう努力するかまで考慮して、予言の結果を提示しているんだから。それくらいできないと神じゃない」
「なんだかすごい理論だね……」
そんな哲学的な話をして歩いていれば、二階東棟はそれほど遠く感じなかった。結局今日も、十数年に及ぶわだかまりを解消できなかったということになる。
小冬は廊下の先を見据え、
「必ず、取り戻して見せる」
と、校内最高権力に対して謎の意気込みを見せる。
会話に花を咲かせ本分を忘れてくれないかとも思ったが、そう簡単な話ではなかったようだ。
普段見慣れないような教室群の中に、ドア横に小さなポストが置いてある部屋がある。俺も初めて来たが、どうやらここが生徒会室のようだった。
その手前、「目安箱」と書かれた紙が貼られたポストの横に、三段ほどのラックが設置されているのを見つける。小冬はその最下段から用紙を取るべく、少しかがんで手を伸ばした。
そのときだった。
「ウチはもともと、やりたくなんてなかった!」
突然聞こえた叫びに、小冬は膝を折ったまま足首で飛び跳ねる。手に持っていた用紙はひらひらと落下し、音もなく遠くへ滑っていく。
「な、何?」
声の方向は最も近い扉の向こう、生徒会室の中からだった。
「騙されたのよ! こんなつまんない仕事、もうやりたくない!」
まるで駄々をこねる童女のよう口調で、声の主は強い言葉を重ねた。
すると今度は別の声が聞こえてきた。
「そんな身勝手なことがあるか! お前……いや、お前たちは、自分がしたことを分かっているのか? そんな気持ちで立候補して、誰かが迷惑を被っているという自覚はあるか? 生徒会の役員は、選ばれてここにいるんだぞ」
こちらは男子生徒のようである。落ち着いた低い声で、女生徒の説得に努めているように思えた。
「だから、それが詐欺だって言ってるのよ!」
いまいちつかめない会話であるが、深刻な状況であることは隣のサイドテールのさらに隣の幼馴染にも察しがついたようだった。
「……とりあえず、今は立ち去った方がよさそうだね」
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