[7]
2月16日。オホーツク海上空。
三雲は無線に声を吹き込んだ。
「
『ここまで来るのに時間がかかる』篠崎が言った。『奴らが何をしかけてくるかわからん。帰り道に悪さしないよう、お前がこちら側を塞いでおけ』
三雲は左翼のやや前方に視線を向ける。
「了解」
『
篠崎のF-15が二度、三度小さく主翼を振った後で派手に横転し、するりと三雲機から離れて行った。間髪を入れず三雲は操縦桿を引いた。眼の前に迫った雲を避けるため、右に上昇して旋回に入る。
突然、ヘルメットに仕込まれたイヤレシーバーに警告音が割り込んだ。ヘッド・アップ・ディスプレイの直下にある
『ミッツ、
三雲は咄嗟に操縦桿を強く引き付ける。途端、F-15が急旋回に入る。Gメーターの指針が一気に6に跳ね上がり、徐々に7に向かう。頭に流れる血液量が減ることで視界がぼやける。Gスーツの気嚢が膨らみ、両足を締め付ける。
「ブレイクというのは」湯島は言った。「編隊を解くというような意味だな」
「実際にはもっと強い意味に使われます」三雲は言った。「とにかく逃げろというような感じです。声の大きさや調子、編隊が置かれてる状況によって変わりますが、戦闘機のパイロットにとってブレイクというコールは特別です。命が危ないと知らせるわけですから」
「篠崎・一尉は敵に襲われたとか、撃たれたとか言わなかったのか」
「時間的に余裕がありません。それに
岸元が口をはさんだ。
「三雲・二尉の乗機のレーダーは何の反応もしなかった?ブレイクした後、180度ターンしたわけだろう?」
三雲は岸元に眼を向ける。
「あの時、自分たちは積乱雲の中を飛んでたんです。設定は索敵モードでしたが、雷でレーダーは白目をむいてたので、
岸元はうなづいた。
「それで、その後はどうした?」
「空中早期警戒機の〈ラーク2・2〉から無線が入りました」
突然、ヘルメットに仕込まれたイヤレシーバーに通信が入った。
『先ほど〈クイックサンド〉から通報があったアンノウンの後方約170キロに新たなアンノウン―〈エックスレイ2〉が出現。相手から攻撃を受けた。ミサイルを発射した模様。方位130、距離220、高度27000フィート、降下中。敵速マッハ2・2』
「攻撃?」三雲は声を荒げた。「もう一度言ってください」
『とにかく相手がミサイルを発射したのをキャッチした』
レーダー管制官が答える。無線にブツブツというノイズが混じる。
三雲はスロットルレバーをぐいと前に押し出してアフターバーナーを点火する。《イーグル》は蹴飛ばされたように加速を開始した。機速はマッハ1・5。今の状態では真っ直ぐに飛ぶのが精一杯で、急激な機動は不可能になる。空中早期警戒機E-2Cから緊迫した声がイヤレシーバーに鳴り続けている。
『ジェリコ0・2、ラーク2・2の機長だ。相手が攻撃してきたのは確かだ』
「なぜ?」
『理由は不明。相手が発射したミサイルは2発。1発は我々を狙ってる。クソッ、もう1発はさっきのアンノウンを追跡してる』
「ミサイルを迎撃します。レーダー管制システムをモード7に切り替えてください」
『モード7だな、了解した』
三雲は計器パネルの上部にあるテン・キーを素早く叩いた。レーダー管制システムを第7攻撃管制モードに切り替える。E-2Cは《イーグル》が搭載するレーダーと完全にリンクするシステムになっている。
『ラーク2・2、モード7に切り替えた』
三雲は返答代わりにジッパーコマンドを送る。中射程モードになっていたヘッド・アップ・ディスプレイの表示が瞬間的に映像に変わる。眼の前にE-2Cのレーダー・スクリーンで捉えている映像が広がっている。
三雲は
グリーンの
三雲はスロットルレバーについているIFFの質問ボタンを押した。時間が無い。問答無用でミサイルを撃ってくるようなアンノウンは敵に決まっている。三雲はそう思った。敵から答えが無いのは分かっている。そう思ってもこの手続きを省くわけにいかない。ミサイル戦の場合、発射してから命中までに時間がかかる。レーダー照準による遠距離攻撃ならなおさらだった。ミサイルを撃ってから後悔しても始まらない。味方なら応答した瞬間にダイヤ型のシンボルが出るはすだ。だが、シンボルは現れなかった。
左手の人差し指でスロットルレバーの目標設定ボタンを動かした。縦に2本並んでいるレンジ・ゲート・マーカーが移動する。敵が撃ったミサイルは2発。1発はE-2C、もう1発は針路から見てアンノウンを狙っている。マーカーでE-2Cに向かっているミサイルの光点を挟む。ボタンを押し込む。光点の輝きが増す。
ロックオン。
F-15が搭載している「スパロー」の射程は約100キロ。最大射程距離に敵のミサイルが飛び込んでくるまでの時間がもどかしい。脳裏に酸素マスクの内側を流れる呼吸音がこだまする。彼我の距離が100キロに達した瞬間、三雲はコールする。
「
操縦桿についている発射スイッチを押し込む。《イーグル》の胴体に抱え込まれていた「スパロー」が火薬で弾き飛ばされる。自機からわずかに沈んだところでロケットモーターが点火し、すぐに母機である《イーグル》を追い越して飛翔した。
三雲はミサイルを眼で追わなかった。オレンジ色に輝くミサイルの排気口で、夜間飛行に慣れた眼が幻惑されないようにするためだった。ただちに2番目の目標にマーカーを合わせる。
発射。
三雲は祈るような気持ちでヘッド・アップ・ディスプレイを見つめる。ミサイルの撃墜に失敗した場合はどうするのか。敵が新たなミサイルを打ってきた場合は。胸に募る不安を押し殺して無線に声を吹き込む。
「ラーク2・2、ジェリコ0・2。ミサイルを発射した。そのまま直進して敵を捕捉し続けてください」
『
ヘルメットの隙間から汗が流れ落ちて眼に入る。ちくちく痛む眼を瞬きする。
《敵は誰なんだ?》
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