[6]

 三雲は司令部棟に入り、階段で2階に上がる。廊下を進んだ先にある会議室のドアをノックする。室内から低い声で応答があった後、三雲はドアを押し開いた。

「失礼します」

 会議室はスチール机と向かい合わせに置かれた二脚のパイプ椅子しかなかった。まるでテレビで見た刑事ドラマの取調室のようだった。右側のスチール机に小太りと痩身の男、女性隊員がついていた。小太りだけ背広姿だった。痩身の男が腰を上げて、部屋の中央に置かれたパイプ椅子を勧めた。

「座りたまえ」

 三雲は椅子に腰を下ろす。それぞれが自己紹介を始める。痩身は岸元・二佐。三沢基地の北部航空方面隊司令部から来た法務官。小太りは湯島と名乗る。本省の防衛書記官。女性隊員は法務官の副官で、岡田と名乗った。

 湯島は銀縁眼鏡の奥からじっと三雲を見つめた。冷ややかな視線を向けたまま、おもむろ口を開いた。

「聞きたいのは、三日前の深夜にあったスクランブルのことだ」

 三雲は本省の防衛書記官が自分を呼びつけた真意が分かりかねた。

「その件なら、すでに聴取を受けたはずですが」

「この前、君を聴取したのは第2航空団の防衛部だろう」岸元が言った。

 三雲はうなずいた。いま三雲が勤務している千歳基地は第2航空団の隷下にある。湯島は続けて言った。

「3日前の2月16日、午前1時ごろ。千歳基地を緊急発進した2機のF-15Jのうち1機がオホーツク海上で行方不明になった。行方不明機の乗員は篠崎・一尉。その時、君が僚機ウィングマンを操縦していたんだな?」

「はい」

「現在はフライト停止中であると」

「はあ」

 三雲は曖昧に答えながらも、今この場で再聴取が行われる背景を考え続けていた。単純に考えられる理由は2つ。第一にマスコミ対策のため。第二にもし自衛隊の体面に関わる部分がある場合、それを抹消するため。湯島は市谷から命令を受けて、とにかくどちらの任に当たっているのだろう。湯島は単刀直入に切り込んできた。

「なぜ味方を撃ち落としたのかね、三雲・二尉」

 三雲は動揺を悟られないように低い声で答えた。

「おっしゃってる意味が分かりかねますが・・・」

「篠崎・一尉は今日まで帰還していない。スクランブルがあった当日の夜、空自機も米軍機も付近を飛んでいないことは確認が取れている。残るはアンノウンか君か。アンノウンについては・・・」

 岸元は湯島に顔を向けた。

「三雲・二尉は第2航空団の聴取で、アンノウンがロシアの極東空軍だろうと」

 湯島はうなづいた。

「奴らが〈トウキョウ・エクスプレス〉と評して領空に接近するのは私も知ってる。三雲・二尉、君はアンノウンがTu-85だろうと言ってるな。電子戦機が《イーグル》を落とせるような兵器を積めないことは君も知っての通りだ」

 三雲は思わず声を荒げた。

「だからと言って、ぼくが篠崎機を撃墜しただなんて短絡的すぎます」

「基地に帰還した時、君の《イーグル》から中射程ミサイルが2本無くなってたそうだな」

 核心はここだ。三雲は《慌てるな》と自分を諫める。

「ミサイルを使用したのは否定しません」

 岸元が眼元をぴくりと震わせた。

「ほう」

「ですが、そのミサイルで篠崎機を撃墜したわけではありません」

「では、君は何に対してミサイルを使ったのかね?何かを撃墜したのかね?」

「・・・」

 湯島は低い声で繰り返した。

「君がミサイルで墜としてないんだとしたら、何が篠崎機を墜としたのかね?」

「何が篠崎機を墜としたというより、篠崎・一尉が載ってた《イーグル》に機器の故障が起きたとは考えられないですか?」

 湯島が岸元に冷たい視線を向ける。

「篠崎機の整備状況は?」

 湯島は岡田に尋ねた。岡田がスチール机の脇に積み上がったファイルを1つ取る。《イーグル》の整備記録だろう。岡田が記録に眼を通してから答えた。

「機体には、特に異常は認められていません」

「篠崎・一尉が腕の立つパイロットであることは、人事局の記録を読んだだけでも分かります。ですが当日は強力な低気圧の中で、2人は飛行してたのです。いくら有能な戦闘機パイロットが操縦してたとしても何が起こるか分かりません」

「ミサイルの件が説明つかないではないか?」

 湯島の指摘は的確に三雲の証言に対する矛盾を衝いていた。そのことを湯島はすでに把握した上でこの場に臨んできたのだ。

「三雲・二尉、もう一度聞こう。篠崎・一尉は何に墜とされたのかね?」

「あの空域にもう1機、敵味方識別不明機アンノウンがいたんです」

「アンノウン?」湯島が言った。

「そのアンノウンが篠崎機を墜としたんだと思います」

 岸元が岡田に尋ねる。

「三雲機のガンカメラに何か映ってるのか?」

「いえ、カメラについては何も・・・」

「あの時は低気圧が自分たちの眼の前に迫ってたんです」三雲は言った。「自分も編隊長リーダー機・・・篠崎・一尉の《イーグル》も厚い雲の中を飛んでました。アンノウンは目視できませんでした。カメラには何も映ってないでしょう」

「なら、なぜ篠崎・一尉は撃ち落とされたのだと思うのかね?」

 岸元が身を乗り出してくる。他人はいつも訊いてくる。なぜそう思うのか。どうしてそんなことをしたのか。

「ミサイルで攻撃されたんです。間違いありません。敵味方識別装置IFFは不明と判定していました。こちらが何度呼びかけても応答はありませんでした」

「三雲・二尉が当日に搭乗していた《イーグル》の整備状況は?」

「IFFに異常は認められていません」

「相手側のIFFが故障していたのかもしれん」湯島が言った。

 岸元が尋ねる。

「向こうは攻撃してきたのか?」

「ええ。中射程ミサイルを撃ってきました。何の通告もありませんでした。篠崎・一尉はそれに撃墜されたと思います。だから、こちらは迎撃を」

「何が起きたか、詳しく聞かせてもらえるね?」

 三雲はうなづいた。

「隠すつもりはありません。以前の聴聞で一度お話したことですから。自分が編隊長リーダー機から離れた直後のことです・・・」

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