第27話「決着!」

 俺の友達の話なんだが。

 そいつは、いつものように一人遊びに興じている俺に、気さくに声をかけてくれるようなやつだった。

 小学校になじめなくて、家にもいづらくて、そんな俺にどうして興味をもったのか分からない。

 たんに気まぐれだったのかもしれないし、こいつくみしやすしと思ったのかもしれない。


 ともかく、そこから魔法ごっこは始まった。

 

 呪文を唱えれば魔法が出たような気になった。

 無敵になった気がした。

 雄大なストーリーが始まるときもあれば、のんびり冒険することもあった。

 何もかも楽しかった。

 

 初めて自分の言葉をしゃべったような気がした。

 俺の話を、あとでねという言葉で聞き捨てたり、哀れんだような目で見てきたりしことがない。

 おおげさに言えば、生きてていいんだって思ったね。



 まあ結局、その友達は死んだんだけどね。


 


「いでえ!」

 頭がジンジンする。

 目の前は風が強すぎて見えないが、小石か何かに当たったか。

 これが飛空船の残骸とかだったら、頭がザクロさんだったろう。


 気をしっかり持て。

 まだ生きてる。

 でも、何もしなければ死がすぐにやってくる。


 この世界でも、結局、魔法は奇跡じゃなかった。

 だから、やるんだ。

 自分で。

 考えるんだ。


『同調とタイミング』


 急に言葉がふっと出てきた。

 そうだ。

 あの回復魔法と一緒だ。


 

 今起きているのは、対流だ。

 アイスボールが落ちて、その空気が横に流れて起きている風。

 だから、もはや上下も何も分からないが、重力の方向に叩きつけられているわけではないんだ。


 重力魔法で対抗しようとしちゃいけなかった。

 風でいなすんだ。

 いや、「いなす」でもない。

 風と自分の魔力を同調させろ。

 今起きている風を「利用」するんだ。


 集中する。

 今起きている風。

 恐怖で見るな。

 感じろ。

 風の流れを。

 風そのものを。


 あいつらを助けるんだ!


 ふと音がやんだ。

 体を殴りつけるような風もやんだ。

 

 目を開く。

 目に風が入ってこない。

 

 景色がくっきり見える。

 自分の1メートルほど先は、風が流れているが、こちらは静寂そのもの。

 

「魔法だ……」

 思わず、言葉が漏れた。

 時が止まったような静けさが、ただたたずんでいた。


 いや、呆けている場合じゃない。

 みんな、どうしてる?

 ネネは? シェリーヌは?


 上に下に、人が木の葉のように舞っているのが見えた。

 

「ネネ!」

 

 高く舞い上がっているのが見える。

 軽いから、巻き上げられたか?

 あれだと、対流から外れてしまう。


 大丈夫だ。

 集中しろ。

 今の俺なら、風をコントロールするくらいわけないだろ。

 なんたって、魔法博士なんだから。


 俺にまとわせていた風の流れを変える。

 そうイメージする。

 下から押し上げる風を利用して、上にあがる。

 そんなイメージ。



 ふわっと浮いた。

 と思ったら、すごい風圧が下からきた。

 腹や顔を強く押す。


 落ち着け。

 ここで魔力が乱れたら巻き上げられる。

 俺の顔がひしゃげようが、腹の中身が出ようが、構わない!

 風よ! 俺を押し上げろ!


 ネネが頭上に見えた。

 体の向きを変えて、ネネを抱えた。


「ハ、カセ……!」

 ネネが目を開いて俺を見た。

「無事か? ネネ」

 俺の言葉に頷くネネ。


「ハカセなら、きっと助けに来てくれると思ってたんだ。だってハカセだもんね」

 腕の中でくすくす笑いながら、目から大きな涙がこぼれた。

「当たり前だろ」

 そう言って抱きしめた。

 怖かったろうに。

 もっと泣いたっていいのに。


「ネネ。みんなを助けにいくぞ」

 ネネを助け出せてホッとしたいところだが、時間がない。

 まずは、魔力が有り余っているだろうミグラスか王を起こしにいく。

「いくぞー!」

 俺の言葉に、ネネは右手をあげてそう言った。



 みんなを回収し終えたころには、すでにアイスボールは城の中央を、見事に押しつぶしていた。

 この城からみたら、直径10メートル強のアイスボールなんて大したことはない。

 だが、大きな位置エネルギーを運動エネルギーに変えたこのアイスボールは、10メートルどころじゃない大きなクレーターを空けた。


「いたぞ! 賊はあそこだ!」

 兵が俺らを見つけ叫ぶ。

 思わず、シェリーヌとミグラスの顔を見る。

 ちょっとやばそうな顔をしている。

 シェリーヌにいたっては、魔力がゼロだ。


 見たところ50人くらいか。

 仲間を呼んだらどれくらい増えるのだろう。

 この少数精鋭過ぎる人数で対処できるのか?


「やめよ!」

 王が叫ぶ。

「この戦争は決した! 戦況は知っておろう! 無益に命を落とすな!」

 いやいや。

 ここで王が死んだら、その戦況が一気に覆ってしまうと思うんだがそれは。


「プキトル王と話がしたい! もはやこちらに敵意はない! 呼んで参られよ!」

 王が言葉を続ける。

「プキトル王は! 今! 生死の境をさまよっておる! お前らのせいでな!」

「なんだと!」

 王が叫ぶ。

 なんだと! じゃねーよ! こんだけ大きい穴空けたんだから、そうなるだろ!

「近衛隊は! 結界師は何をやっていたんだ!」

「同じように生死の境をさまよっている!」

 そらそうよ。


「分かった。案内せい。プキトル王を救う」

「そんな言葉が信じられるか!」

「どちらにせよ、この戦争は我らの勝ちだ。ここで無駄に時間を費やし、プキトル王を死なせるのか、余を信じて王を救い、再建の道を選ぶかはお前ら次第だ」


 兵は迷っているようだ。

 良く見ると、兵達も鎧がひしゃげているし、傷を負っている。

 落下時の衝撃波で吹っ飛ばされたな。

 あれなら俺でも勝てるかもしらん。

 そんな状態でも戦おうとしているなんて、プキトル王も愛されているんだな。


「アイスプリズン」

 ミグラスの言葉が聞こえたと思ったら、大きな氷が現れた。

 さっきまで兵達がいたところに。

 大きな氷の中に、兵が凍りづけになっている。


「さっさと行こうぜ」

 ミグラスが王にそう言う。

「話し合いでなんとかするんだろ? さっきの兵にも話が通じなかったのに、国を背負っている敵国の王が、簡単に話を聞くんかな?」




「地下か」

 ミグラスがそう言う。

「次の攻撃にそなえて、地下に逃げ込んだんだな」

 どうして分かったのかは分からないが、ここにいるらしい。


「父上。もう一度言うが、本当に和平をする気なのか? 今がこの国を統べる二度とないチャンスかもしれないんだぞ。今は弱っていい顔するかもしれないが、いずれ牙をむく」

「二言はない」

 王は入っていった。

 ダグラスは深い溜息をついて、あとを追う。


 そこは、そこにプキトル王がいるのかと思うほどの、薄暗くかび臭いところだった。

 敗戦の将が追いやられている。

 そんな感じだ。


 プキトル王は、ベッドに横たわっていた。

 右半身がつぶているようだ。

 その傍らに、側近達が王の傷を治そうとしている。

 涙を流しながら。


「プキトル王」

 王が声をかける。

「……その声は、ラピュン王か。我を殺しにきたか」

 側近達がこちらを見る。

 憎しみを込めた目だ。


「違う。救いにきた。プキトル王よ。戦争は終わりだ。もう一度、ラピュンとプキトル、共に助け合い生きていこう」

 王はそう言った。


「なんだと? そんなことを信じられるか……。いや、お前は本当にそう思っているんだな。ウソをつく理由もないし、だまそうとするより、俺を殺したほうが早いからな」

 そう言って、プキトル王は笑う。

「ラピュン王よ。お前は本当に頭がお花畑だな。この場面においても言葉を変えないとはな。食うか食われるか、生きるか死ぬかの世界に、なんともお気楽なことだ」


「お気楽で結構だ。だが余は考えを変えない」

「ふふ。そこまで行くと、お前の言うことを信じたくなるな。だが、俺の命はここまでらしい。もう目も見えないし、思考もままならん。お前の信念がどうあるにせよ、この国はお前のものだ。民を守ってやってくれ」

 あんな街灯を送り込んでくるわりに、殊勝なこと言うなこの王は。

 死に際なんて、そんなものなのかもしれないけど。



「死んじゃやだ-!」

 ネネの叫び声が聞こえた。

 ネネが叫びながら、プキトル王に駆け寄る。

「何する気だ!」

 側近が魔法をかけようとするが、魔法も出ないくらい満身創痍らしい。

 体でネネを押さえ込もうとする。


 ネネはそれでも、間をぬって、プキトル王に近づく。

「ひーる! ひーる!」

 そして、回復魔法をかけ始めた。

 ネネは、プキトルの策略により、故郷を失い、両親を失った。

 プキトル王は、その黒幕である。

 そんな相手に、ネネはひたすら回復魔法をかけ続けた。

 ネネの意図を知った側近は、腕の力が抜け、その場でうずくまって泣いた。



『うちの子と遊んでくれてありがとね。最後に顔を見てくれる?』

 どこからか声が聞こえた。

 プキトル王の顔が、“友達”の死に顔に変わった。


 その友達は、重い病気で死んだ。

 その重い病気というのが、どういうのかは教えてもらえなかったし、聞くつもりもない。

 ただ、死んでしまったという事実だけが、体の中をぽっかり空っぽにしてしまって、その代わり重りをつめこんだ。


 ずっと入院していて、抜け出して俺と遊んでいたらしい。

 つまり、わずかな、病院でない時間を、俺と遊ぶ時間に使った。

 その友達は。

 俺のために生きてくれた。


『ひーる! ひーる!』

 昔の俺は、魔法を友達にかけていた。

 でも生き返らなかった。

 何もできなかった。

 これだけ大切な友達に、何もしてあげられなかった。


 本当に魔法があれば。

 病気を治せたかもしれない。

 もっと一緒に遊べたのに。

 友達のお母さんも、こんな悲しい顔をしなくて済んだ。


「ネネ! 俺にもやらせろ!」

 気づいたら、ネネのところに向かっていた。

「合わせるんだ! 血の流れに! 呼吸のタイミングに!」

 ネネは人の構造を知らない。

 そこは俺がやる。

 ネネには魔力をプキトル王に循環してもらう。


「俺と一緒にやるぞ!」

「うん!」

 ネネは俺を見つめて、涙をためた大きな目を細めた。


「ミグラス! お前も手伝え!」

 そうミグラスに言うと、しばらく答えが返ってこなかった。

 来ない気か?

 やばい!

 魔力が足りなさそうだ!

「ミグラス!」

 そう叫んだら、ぐんと流れる魔力量が増えた。


「ヒーロー。これは父上を信じたわけじゃなくて、お前の言うことだからやるんだからな」

 いつの間にか、ミグラスが隣にいた。

「できるなら、俺だって、どの国のやつらとだって、楽しく生きていけるほうがいいに決まってる」

「知ってるよ」

 お前はそういうやつだよな。



「信じられん!」

 側近が大きな声をあげる。

 そりゃそうだ。

「臓器が再生している!」

 

 震撼せよ。

 これが魔法だ!



「ハカセ……!」

 ネネが涙と鼻水をたらしながら、俺に言う。

「ネネね、ハカセの助手でよかった!」

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