第26話「作戦執行」

俺の考えた作戦を話した。

この国の、いや相手国の人命をも多大に救う画期的なアイディアだ。


 なんてすごい作戦なの!(シェリーヌ)

 いっちょやってやるぜ!(ミグラス)

 おまえがNo.1だ(王)

 わたす、ワクワクしてきたでごんす!(メル)

 ふんがー(ネネ)


「なんて反応にはならないのか」

 みんな一様にまゆをしかめ、何を言っているか分かってなさそうな顔をしている。

 まあいい。

 俺の思考にこの時代が追いつくのは、まだまだ先だな。


「とにかくやるぞ」

 俺がそう言うと、シェリーヌは頷いた。

「分かった。一応、十分な戦果も出したし、戦争を早く終わらせるために、殉職するならそれも悪くないわね」

「おいおい。なんでそんなに後ろ向きなんだよ」


「わたす、責任重大です……」

 ぶつぶつメルがなんかつぶやいている。

 適度な緊張感をもつのはいいことだな。


「デヒキ、あんたにはいつも無茶させちゃうわね」

 シェリーヌがデヒキに声をかける。

「これくらい、無茶に入りませんよ」

 デヒキが答える。


「おや、シェリーヌさん。部下に対してはデレるんですね?」

「殴るわよ」

「うごっ」

もう殴ってるよこいつ!

殺すと言ったときにはもう殺し終えているギャングかお前は!




「よし、とりあえずの準備は整ったな」

 メルの魔法で、飛空船の補修を終了させた。

 エンジンがやられてなくて良かった。

 動力系がやられていたら、たとえ器用なメルですら、一日二日で終わるもんじゃない。


 それと、船員全員に魔力を補給してもらった。

 魔力の受け渡しとか便利だな。

 まあ、エンジンの熱効率と同じで、ロスも大きいらしいが。

 だが、彼らはこの飛空船にとって欠かせない人員だ。

 特に動力部隊のデヒキ隊は、エンジンの構造を理解したうえで、繊細な魔法技術が要求される。

 多少、誰かの魔力をロスっても、この人員に頼るしかない。


「じゃあ、ミグラス、王、行ってくるわ。あとのことは任せた」

 うまく行けば良し、うまく行かなくても、王とミグラスがいれば何とかしてくれるだろう。

 まあ、失敗するつもりはないが。


「何言ってんだ。俺も行くぞ」

「は?」

 シェリーヌと俺の声がかぶった。

「ななななに言っているんですか! こんな変で無謀な作戦に、王子に参加させるわけにはいきません! この作戦がなくても勝ち戦なんですよ? これで殉死したら、ただの犬死にです!」

 変で無謀とは心外だが、それ以外はおおむね同意だ。


「こんな、この国に縁もゆかりもなく、ただ怪しいという理由で捕らわれ不当な扱いを受けたやつが、この国の兵の命を少しでも救いたいと言って、自分の命を賭けてるんだろ。この戦争に責任がある俺ら王族が行かないとか、ありえないだろ」


 不当な扱いを受けたのは事実だが、そのあとは厚遇だったし、この国は、というかこのメンバーは結構気に入っている。

 別に気にしないでいいんだが。


「飛空船に乗って戦いたいしな(ぼそっ)」

 おいおい王子、全部台無しになる本音が出てんぞ。


「じゃあ、余も行く」

「は?」

 今度は、ミグラスとシェリーヌと俺の声がかぶった。

 この人、王だよな?

 何言っちゃってんの?


「ダメだろ、それは! 仮にも王なんだぞ。王が死んだ瞬間、負け戦になっちゃうじゃねーか! しかも、じゃあってなんだよ、じゃあって。ノリが軽すぎだろ!」

 今度はミグラスが王につっこむ。

 おおむね同意だ。

「ミグラス。言葉を慎まんか。余は王なるぞ」

「謹んでいられるか!」


「まあ、聞け」

 王がミグラスの言葉を制する。

「今一度、この戦争の意味を考えよ」

「意味? あいつらの卑怯な手に、こちらがプッツンきて、我慢できずに攻撃しちゃっただけのこの戦争に、意味なんてあるのか?」


「それは、きっかけに過ぎない。もとより、大国であるプキトルが、機を見て我が国を攻め取ろうとしていたが、うわべだけの同盟だったとしても、プキトルはその欲をおさえ、平和を維持することができた。その効力を失ったのが、今だ」

「何が言いたいんだ」

 ミグラスが王の説明をぶったぎる。

 ほんと、こいつ、王を敬う気がまったくないな。

 相手が王じゃなくたって、人の話は最後まで聞くもんだろう。


「今度こそ、お互いの国が共存していけるよう、話し合うべき時がきたんだ」

 この王は、めちゃくちゃ平和主義なんだな。

 そりゃ、相手国になめられるわけだ。


「何言ってんだ!」

 ミグラスが王に叫ぶようにして言う。

「多くの犠牲を払って勝利をつかもうとしているのに、なぜ、和平の道なんかを選ぶ? こちらは兵も食糧も余力があり、優勢に進めてられる。相手国をとりこみ、領地拡大し、この国を富めさせる好機を、なぜ、ふいにする必要があるんだ!」


「この国は十分に豊かになった。それはプキトルの技術の恩恵が大きい。お互いに自治が成功していて、外交もうまくいっているのに、なぜ相手国を取り込む必要がある。それは侵略だ」


「何をのんきなことを……。外交がうまくっていたのは、鉄資源と農作物がプキトルに不足していたからだ。あいつらは、この国を鍵がついた食糧庫くらいにしか思っていない。資源がうるおい次第、侵略するのは目に見えていた。こちらを手に入れれば、資源も技術も充実した国になる。向こうは自国を飢えさせないために必死だ。今回、劣勢を前に同盟国の皮をかぶり直したとして、また侵略してくるぞ!」


「そうはさせん。お前にとやかく言われる筋合いはない」

 王はそう切り捨てる。

 ミグラスは深くため息をついた。


「あんたに王を任せるくらいなら、兄貴に任せたほうが、まだマシだな。この戦で死ぬなら、兄貴に遺書を書いてから勝手に死んでくれ」

 ミグラスは普段は好青年なのに、こと父親のことになると刺々とげとげしくなるな。

 まあ親子なんて、そんなもんか。




「よし、出陣だ!」

 王がノリノリで、そう指揮する。

「おうさ! デヒキ隊、高度をあげてくれ!」

 王の言葉を受けて、俺がデヒキ隊に指示する。


「り、了解」

 シェリーヌはじめ、デヒキ隊も顔から表情が消えている。

 王と王子を止められずにこの事態になり、この船が沈んだら、この国自体も沈みかねない状況に、気持ちが先に沈みこんでしまっているらしい。

 おいおい、豆腐メンタルかよ。

「誰も死なせなけりゃいいんだ。気軽に行こうぜ」

 俺の発破に、静まり返る船内。

 いつもみたいに、つっこむ気力もないらしい。


 それでも機体は上昇する。

 感情がどうあれ、仕事のクオリティは落とさない。プロだねえ。

 でも、辛気臭いな。

 成功しようが死のうが、どうせなら楽しんだほうがいいだろうに。


「わあ」

 ネネが窓を見て、感嘆の声を漏らす。

 うん。良い反応だ。

「きれいだろ?」

「うん。きれい!」

 ネネの眼下には、雲海が広がっている。

 つまり今、雲の高度より上に来ている。


 人の視線は、上空をなかなか警戒しないものだ。

 ここから攻撃をおこなう。

 とはいえ、結界がしかれなかったとしても、普通の攻撃では城が崩れるほどの攻撃は難しいだろう。

 だから、魔法がある世界ならでは攻撃方法で、城をぶっつぶす。


「おお! ヒーロー! すごいぞ! まるでわが軍は、銀色の染みだな!」

 雲海の間から見える景色に、ミグラスは興奮する。

 王とケンカしているとき以外は、本当に陽気なヤツだな。


「多くの血を流して、多くの命を失って、何日もかけてたどり着く景色を、あっという間に置き去りにいて過ぎていく。まるで神の視点だ。神から見たら、戦争とは、なんと無益なものに映っていることだろう」

 王はそう、ぽつりと漏らす。


「俺たちは神じゃないだろ。民の命を守るために、無益だろうがなんだろうが、やるしかないんだ。きれいごとじゃないんだよ」

 ミグラスは、いつものように王にきつく返すが、いつもの刺々しさはなかった。

 この景色に、ミグラスも思うことがあったんだろう。

「そのきれいごとがどこまで通じるか、やってみるがいいさ」


 そうこうしているうちに、プキトルの城が見えてきた。

 近くで見れば大きいのだろうが、この高度からしたら、プラモデルだ。


 改めて、この高度にびびる。

 城から道が見えるが、そこに歩いている人が見えない。民家すら模様にしか見えない。

 こんなところで普通に落ちたら、間違いなく死ぬ。


「王様! 王子! 恐れながら申し上げます! 引き返しましょう! あなた様が命を賭ける場所は、もっと他にあるはずです!」

 シェリーヌがそう言う。

 説得を諦めたわけではないらしい。


「シェリーヌ、今までずっといさめ役なんて損な役回りをしてもらったな。感謝している。……だが、悪いが今回も聞けそうにない。俺たちは今、勝利を目前にしている」

 ミグラスが、興奮をおさえきれない感じで、そう言う。


「シェリーヌよ、不出来な息子に、不出来な王と、心労をかけさせるな。しかし、余は余の信念を通させてもらう」

 考え方は違っても、似た者同士だなこの親子は。


 シェリーヌは瞳を閉じる。

「……やるしかないのね」

 ようやく覚悟を決めたようだ。

 やるからには、成功させるしかない。

 目を開く。

「行きます!」


 手を広げた。

「アイスボール!」

 シェリーヌがそう唱える。


 船窓から、アイスボールという氷の玉を確認する。

 飛空船の真下に、直径1メートルほどの氷の玉が見える。


「全然足りないぞ! せめてこの飛空船の2倍くらいにしろ! そこらへんに氷の粒がたくさんプカプカ浮いてんだから、余裕だろ!?」

 俺がそう言って、シェリーヌは歯をくいしばって、手に力を込めている。

 いつもなら、うるさいだの黙ってろだのお前がやれだのと言ってくるところだが、そんな余裕はなさそうだ。

 確実に氷の玉が大きくなっているが、遅いし、望む大きさには程遠い。


「よし、高度も位置もばっちりだ! デヒキ隊は全員、残りの魔力をシェリーヌに供給しろ! どうせ飛空船は捨てる! 地獄の片道切符だ! ここで魔力を使い果たして、帰りはゆっくり歩いて凱旋がいせんして帰るぞ!」


 デヒキ隊は持ち場を離れ、シェリーヌの背中に手を当てる。

 氷の玉がぐんぐんと大きくなっていく。

 動力を失った飛空船が高度を落とし、氷の玉に接触した。


「よし! メル! 今だ!」

「はい!」

 メルは祈るように手を組み、目を閉じる。

 飛空船の底の部分が溶け始め、氷の玉をコーティングしていく。


「よし! いいぞ! 特に玉の下が重要だからな! 他は薄くしても、底だけは厚くしておけよ!」

「はい!」


 アルミと鉄で覆われた巨大な氷の玉ができあがる。

「これが限界っぽい! 足りる?」

 シェリーヌが息切れしながら聞いてくる。


「ああ。あとは城の強度が低いことを祈るしかないな」

 直径10メートルほどの氷の玉だ。

 摩擦熱で溶けてしまわないように、金属で覆っている。

 球の体積が、3の上に4んπしんぱいあーるの3乗だから……、だいたい4000トンだな。

 これが、高度10kmから、重力加速度していって、城を破壊する運動エネルギーに変わるわけだ。

 位置エネルギー的に、4000t*9.8*10㎞

 よくわからんが、多分いけるだろ!


「もうムリ! 落ちるわよ!」

 そのシェリーヌのセリフが言い終わらないうちに、巨大な氷玉が自由落下し始める。

 最初は初速度0km/hから、加速度的に速度が上がっていく。

 やがて恐ろしい速度で、景色が上に流れていく。

 それに乗ってる俺たち。


「これ、城にぶつかったら、私たち死ぬんじゃない?」

「あ、はい」

「はいじゃないが!」

「氷の玉の上に叩きつけられる前に、重力魔法でなんとか浮け!」

「私、もう魔力切れてるわよ!」


「そうだったな! シェリーヌ! それと自分の体浮かすほどの魔力がないやつ! とネネ! 俺につかまれ! 俺がやる」

「え……、めっちゃ不安……」

「やべえ! 意外ともうすぐ落下地点だ! よしないと、みんなペチャンコだぞ!」


 失敗できん!

 今までの鍛錬を信じろ俺!


 体がふわっと浮く。

 地面が固いから、いつもよりやりやすいくらいだぜ!

「みんな、ちゃんと浮いてるか!?」

 と思ったら、ミグラスの重力魔法だった。

 安定感が違うな。

 まあ、俺の魔法も効いているおかげだろうけどな!


 みなが、氷の玉から十分に離れ、氷の玉だけが城に迫っていく。

 あとは氷の玉が城を押しつぶしたあとに、ゆっくり着地するだけだ。


 と思ったら、

「ぎゃあああああああ」

 ものすごい風が、俺の体もみんなも、木の葉のように巻き上げていった。

 そうか……、氷の玉に風よけしてもらってたのに、そこを離れたら、風圧に巻き込まれる……。


 風圧で息ができない。目が開けられない。

 ミグラスの重力魔法でも、どうにもできないのか?

 地面まであとどれくらいだ?

 なんで、俺はこんな簡単なことを見落とした?

 俺のせいで、みんなを死なせてしまうのか?


 どうする?

 考えろ。

 何かあるはずだ。

 何か……!


『また、見殺しにするんだな』

 また、幻聴が聞こえた。

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