第24話「鉄の棒」

「うひょおおおおぉぉおおおおっっっふごっ ふっごっご」

 わたすったら、はしたない。

 でも、ぐふふふ。

 笑いが止まらない。


 エンジンがお腹いっぱい空気を吸い込む音が聞こえる。

 ぐるぐる回る羽根が、駄々だだっ子みたいに、まだ足りない足りないって騒いでる。

 青白い炎がソプラノを奏で、パワフルに機体を押し出してるのを感じる。


 なんて荘厳なエンジン音シンフォニー

 こんな美しい音色が、この世に存在したなんて。

 こんな田舎者のわたすが、まさか、こんな人生が待っていたなんて。

 


 製造課に採用してくれた課長と、このプロジェクトに呼んでくれた王子のおかげだ。

「よし……、メル! お前の出番だ!」


 そして、ヒーロー殿……(ハート)

 こんな偉大なお方の、手となり足の指先となれるなんて。

 こんな、何回輪廻りんねしても拝めないような景色を見られるなんて……、くぽお。

 あ、変な笑い声出ちゃった(テレッ


「おいメル! ヨダレたらして呆けている場合か! 俺の最高にかっこいい作戦が、もう既に始まってるんだよ! 床見ろ床あ!」

 床……。

「は!」


 飛空船の船底が空いている。

 これは……、

「わたすの出番ですねええええ」

「だから、そう言ってるだろうが!」


 金属のボールを握りしめる。

 これは、毒ガス弾だ。

 ここには、日夜ヒーロー殿と研究に研究を重ねた、努力と愛の結晶が詰まっている。

「つまり、これはヒーロー殿と、毎夜愛を重ねて生まれた、わたすの子どもだああああ!」

「変な言い方すんな!」


 地上に向けて、毒ガス弾を投下する。

 この子らは、このために生まれてきた。

 この国を守る剣となるために。


「いいか、メル! 少しでも魔法を解くのが早かったら、味方まで死ぬぞ! そして関係のない人もな!」

「分かっております!」


 金属魔法を、頭上で解く。

 高度が高すぎると、風で毒が運ばれて、不特定多数が死んでしまう。

 もしくは、拡散しすぎて濃度が薄くなり、効果が得られない。

 低すぎると、毒が地面に吸われてしまう。


 毒ガス弾は、だいぶ下まで落ちて、もう目視できない。

 でも、感じれる。

 劣等生のわたすでも、自分が放つ魔法の距離ぐらい分かる。

 

「1つ目は、偵察」

 からのボールだ。

 毒ガスは入っていない。

 それが今、地面に着地した。

 この距離が、高度。


「2つ目からが本番」

 そこから人の身長の3倍くらいの高さを引く。

 それが、ここから目標高度までの距離。


「今、産声をあげさせてやります!」


 鉄の玉を開く。

 無色無臭だから分からないと、ヒーロー殿はおっしゃった。

 でも、わたすには見えます。

 わたすらの子どもが、花開いているのを。


 プキトルの黒鎧たちが、倒れていく。

 明るい黒から暗い黒へ、ドミノ倒しのように、倒れていくのが見える。

 何が起きているのか分からないでしょう。

 こんな高度じゃ。


 黒いドミノが白に飲み込まれていく。

 ラピュン国の白鎧だ。

 毒におかされたプキトル兵を、味方の兵が駆逐していってる。

 良かった……。


「良くやった!」

 ヒーロー殿は親指を立てながら、手を挙げなさった。

 あれは、ヒーロー殿がわたすを褒める時になさる仕草しぐさ

 わたすは、ヒーロー殿の期待に応えられた!


 そう思った。


轟音ごうおん

機体が激しく揺れた。

きしむ音とともに、立ってられないほどの揺れ。

そして、船底から水を含んだ強い風が入り込んでくる。

船底をのぞくと、真っ黒い霞(かすみ)に覆われていた。



かみなりか!」

 ヒーロー殿が叫ぶ。

「さすがに気づかれたわね! 大魔法いかずちよ!」

 シェリーヌ隊長が雷音に負けないよう、大声でそうおっしゃる。

 並の魔法じゃ、ここまで魔法は届かない。

 だから、雲を利用した霆で攻撃してきた。


「落ち着け! 雷は表皮効果で外側を流れるのみだ! すぐには影響はない! だが、このまま被雷し続けるのはマズい! 何より、この雨風あまかぜで機体の操作がきかない。術者を特定して、攻撃することはできるか?」

 ヒーロー殿の言葉を受け、シェリーヌ隊長が空いた船底からのぞく。

「アイススピア!」

 魔法を放つ。

「ダメよ! 向こうはガードしている!」


「この雷雲を突破するぞ! デヒキ隊! 出力をあげろ!」

「無理よ! この飛空船は狙われている! ずっと追ってくるわよ!」

「そうか……」

 ヒーロー殿がそう言って押し黙る。

 その間にも、雷雨と強風は機体を揺らし続けている。


 これはピンチだ。

 ヒーロー殿は今、わたすたちを救おうと考えを巡らされている。


 わたすは、金級魔法しか使えない。

 その金級魔法すら、攻撃魔法に使えるほどの魔力がない。

 不器用なわたす。

 肝心なところで役に立たない。


「下に行って加勢してくる。下の兵と組んで連携すれば、きっと倒せるはず」

 シェリーヌ隊長がそうおっしゃる。

「バカ、お前、こんな高度で落ちたら死ぬぞ」

「落ちる前に風魔法でショックを和らげる」

「いやダメだダメだ。その前に雷に打たれるし、風に巻き上げられて風魔法どころじゃないだろ。不確定すぎる」

「でもこのままじゃ、全員死ぬわよ! 隊の危機をなんとかするのは隊長の役目よ」


シェリーヌ隊長。

ずっと貴女がうらやましかった。

勇気があって、決断力もある。


 シェリーヌ隊長は、わたすら、孤児の誇り。

 孤児でも、貴族と肩を並べられるほどの地位を手に入れられる。


 ああ、わたすも才能があれば。

 ヒーロー殿を守れるのに。

 わたすは、この揺れにも立ってられず、床に這いつくばるだけ。


『甘ったれるなよ』

ふと、言葉がよぎった。

『何も、魔法がまったく使えないわけでもねえし、両手両足とも健康に動くんだ。上等じゃねえか。甘ったれたこと言ってねえで、自分のできることをしろよ』

 わたすがずっと大事にしていた、課長のお言葉。


 そうだ。その言葉をずっと信じて生きてきた。

 きっと、こんなわたすでも使い道があると信じて。

 

 何かある……。

 わたすにできることがきっとある!


「シェリーヌ隊長! わたすに考えがあります!」

 シェリーヌ隊長が振り向く。

「術士の場所を教えてください! 隊長ほど魔力を見極められる目を持っておりません!」

「……何をする気?」

「鉄の棒をつくります!」

「鉄の棒?」


シェリーヌ隊長は、わたすのところまで行き、抱え上げ、そのまま、空いた船底まで連れてくださった。

「あそこよ」

 指をさす。

 黒い雲に阻まれ、地面が全然見えない。


「何をするか分からないけれど、あなたを信じることにするわ。私の魔力をあげる。うまく使ってね」

 信じる。

 ドクンと体中に熱い血液が流れ混んだ気がした。

 それは魔力のせいなのか、シェリーヌ隊長の言葉のせいなのか分からない。

 いや、きっと両方だ。


 見える……!


 術士が立方体の結界を作っている。

 その周りに生き残った兵が固められ、味方は攻めあぐねていた。


 すべて覆われているわけじゃない。

 こちらに攻撃するため、一部が空いているはずだ。


 空へ魔力を供給してるから、きっと上部なはず。


「……見つけた」


 集中する。

 勝負は一回きり。

 これがバレたら、対策されて終わる。

 材料も一回分だ。


「集まれ! 鉄の玉こども達!」


 さきほど投下した、子ども達の殻を一カ所に集める。

 それを細い細い鉄の糸にしていく。

 それを枝分かれさせる。


「準備は整いました。隊長! できる限りの魔力供給をお願いします! 移動ムーブ!」

 針の穴に糸を通すように、鉄の糸を結界の窓から侵入させる。

 それを術士にからませる。

 勝負は一瞬。

 この鉄の糸に拘束力はない。


立ち上がれムーブ!」

 からませた先と逆の端を、天高く伸ばす。


「落ちろおおおおお!」


 厚い雲の先で、雷が光った。

 

 静かになった。

 雲が霧散むさんしていく。


 魔法が、解けたんだ。


 以前、飛空船で電気の話をヒーロー殿から聞いた。

 雷は電気だと。

 その電気が、ヒーロー殿の道具を動かしていると。

 あんな危ないもので道具を動かすなんて信じられない。


 その時に聞いた。

 雷は金属に流れやすい。

 高いところに落ちると。


 なら、高い鉄の棒を作って、雷を術士に落ちるよう誘導してあげればいい。


「うまくいった、のね……」

 シェリーヌ隊長が、冷静にそう言い放つ。

「良く、やったわ」

 いや、冷静に見えただけで、手は震えている。

 隊長は感情すらも出してはいけないのだろうか。

 難儀だなあ。


「ああ、本当によくやってくれた」

 ヒーロー殿が親指を立てる。

 ぽたぽたと水音が聞こえた。

 水漏れかと思ったら、わたすの涙だった。

 わたすが、お役に立った。

 しかも、親愛なるお二人のお役に。


「さすが俺の第二助手だ。これからも励めよ」

 第二なんですね……(涙)

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