第22話「王子軍出兵」

 戦争が始まったのは、それから三日後のことだった。


「ヒーロー、招集が来た。明日の朝に発つ」

 王子が前挨拶なしで、俺の部屋に来るなり、そう告げる。

「俺も行くか? まだ未完成だが、役には立つはずだ」

「いや、お前は完成させてから来てくれ。悔いは残したくないんだ」

 悔いって、なんだよ。

 負け戦みたいじゃないか。


「思ったより、早かったな」

 重たい空気は嫌いなので、そう会話を変える。

 戦争なんて、もっと先だと思っていた。

「俺らが攻めてこないと判断したんだろう。使者をわざわざ生きて帰らせてまで挑発したわりには、早い判断だったな」

 王子はそう答えた。

 たしかに、ここは山に囲まれていて、攻め入るのは苦労しそうだ。

 

「王子も出兵しないとダメなのか? 完成まで待てないか?」

 完成させられれば、一気に戦況を優位にできる自信がある。

 それまで死んでもらっては困る。


「ああ。俺が出兵しないという選択肢はない。この国にそんな余裕はないからな」

 王子がそう返事をする。

 そうだろうな。

 プキトルは、この国の全兵力を見込んだ上で、ここに攻め入ろうとしている。

 兵を減らして守り切るほどの余裕はないだろう。

 じゃあ、これが今生の別れになるかもしれないのか。

 全然、そんな気負いが感じられないが。


「何か持って行くか? 明日の朝までに準備しとくぞ」

 新しく増設された工場(と言っても、土魔法で造られた、ただ広いだけの部屋)を指さす。

「いや、半端なものに命は預けたくないな」

 言葉の端々に、王子の覚悟が感じられるな。

 

「全勢力で立ち向かうのも分かるが、完成させたところで、俺らしかいなかったら活用できないぞ」

「必要な分だけ人数を置いていく。シェリーヌと、あと、どれくらい要る?」

 シェリーヌは確定なんだな。

「風が得意なやつを2人、火が得意なやつを2人、防御魔法が得意なやつを1人だ」

 俺がそう言うと、王子は頷いた。

「明日までに用意しておく」

 理由は聞かないところが、この王子のいい所だな。


「実際、いつまでに完成させればいい? 俺の発明なしで、どれくらい持ちこたえられるんだ?」

 俺がそう聞くと、

「おいおい、お前が来なきゃ負けるのが確定みたいな言い方するのな。……まあ、一週間だな。ちゃんと兵の統率がとれていればの話だが」

「一週間、か」

「言葉の額面通りにとらないでくれよ? 悪いけど、俺はあんまりこの国の一枚岩を信じてないからな」

 茶化すように言う。

 できるだけ早くしろってことだな。


「5日だ。5日後に向かう」

 俺の言葉に、王子はほほえむ。

「それは、言葉の額面通りに受け取っていいやつか?」

「この国のことは知らないが、俺のことは信じていいぞ」

「もちろん、信じるさ」

 王子が拳を差し出す。


「この国の儀式か?」

 俺も拳を差し出し返す。

「男と男の約束みたいなもんさ」

「死ぬなよ。契約が残っているんだからな」

「誰に言ってんだよ?」

 拳を合わせ、俺の胸に突き出す。

 王子がアゴをクイっと引いて、同じようにしろとジェスチャーするから俺も拳を突き出した。

「戦場で会おう」




 次の日、シェリーヌとともに、5人の兵が来た。

「なんで、この私が! 戦場にいかずに留守番なのよ!」

 シェリーヌは憤慨している。

「この戦争を決定づける我が軍に所属できたんだから、名誉だと思えよ?」

「6人の兵しかいないのに、何が軍よ!」

 数に俺が入れられていないな!


「こんな辱めは、生まれて初めてよ」

 シェリーヌは本気で落ち込んでいるようだった。

 失礼なやつだな。

「こんな時に……、あの卑怯者どもの国にようやく報復できるっていう時に……!」


「愚痴る前にやることあるだろ? この国を救いたいのは俺もお前も同じだ」

「同じなわけないでしょう!」

 シェリーヌが声を荒げた。

「あんたみたいに、気まぐれにやっているのとは訳が違うのよ。私は! 私は、このために生きてきたのに」

 シェリーヌは、ネネと同じ、孤児だと聞いた。

 俺の想像が及ばない思いがあるだろう。


「いいかげんにしろよ。確かに俺はよそ者だし、お前ほどの思いはないだろうよ。でも同じ方向を向いているんじゃないのか? お前ほどの思いがないと、この国を救いたいと思っちゃいけないのか」

 正直、王子がなぜシェリーヌを残そうとしたのか理解に苦しむな。

 こいつこそ、前線に送り込んだ方がいいだろ。

 実力も動機も一番ある。


「悪いが、俺はやる気がないやつに構ってるほどヒマじゃない。俺は王子を死なせたくないからな。そんなに行きたいなら、さっさと出てけ」

 俺の言葉に、シェリーヌは黙った。

 そして、こう言った。

「……悪かったわよ。何をやればいいか教えて」


「ハカセ、ぷきとるがくるの?」

 ネネが寝室から、寝間着のまま現れた。

「ぷきとるが、くるの?」

 ネネが言葉を繰り返す。

 まばたきをせず、焦点の合わない目で俺を見る。


「そうだ。お前の親仇のプキトルだ。憎いなら俺に手を貸せ。プキトルをぶっつぶすぞ」

「うん」

 ネネがうなづく。

 そして、とことこと俺の所にやってくる。

「ちょっと! こんな小さな子を戦争に巻き込むつもり!?」

 シェリーヌが口を挟んでくる。

 そして、両膝りょうひざをついて、ネネを抱きしめる。


「悪いけど、子どもだからって遠慮できるほどの余裕がない。ネネは俺の助手だ。俺のために大いに役立ってもらう」

「それは貴方のエゴじゃない!」

「お前のはエゴじゃないのか? ネネは自分で望んでここにいるんだぞ」

「違う! この子はまだ子どもなの。まだ戦争がどういうものか知らない」


「ネネが子どもだろうが戦争を知らなかろうが、俺の助手だ。ネネが復讐するなら、俺は手を貸すし、俺もネネが必要だ」

「この子が復讐を果たしたら、今度はこの子を恨む子が出てくる。それに、この子は優しいから、きっと自責の念にさいなまれる。復讐の鎖は、より太くなって繰り返されるのよ」

「それなら、お前だって一緒だろ。あれほど前線に出たがってるやつに言われても、全然説得力ないね」

「この子には、私のようになってほしくないから」


 そう言って、押し黙る。

 ネネは、シェリーヌに抱きしめられながら、地面を見つめ悲しそうな顔をしている。

 シェリーヌも、いろんな思いを抱えて行きてんだな。


「お前さ、何があったか知らないけど、もっと気楽に生きていいんじゃね? 親衛隊の、しかも隊長としてこの国を守ってるんだから、そんなに後悔なんてする必要ないだろ」

「あんたには分からないわよ」

 まあ、そりゃそうだろ。

 それがこいつ自身で出した答えなら、それでいいし、興味もない。

 俺は俺のやり方でやる。


「分からなくて悪いけど、俺はプキトルを許せないし、向こうがつかかってくるうちは、徹底的に叩きのめすから」

 俺はね、俺の目的のためなら手段を選ばんのよ。

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