第21話「王と王子」

 馬上でゆられながら、王子の背中にしがみつく。

 馬はまっすぐ城に向かっている。

「悪いが、しばらくはダンジョン探索は休止だ」

 王子が背中越しにそう言った。

 低く、淡々とした口調だったが、胸中は穏やかではないだろう。

「戦争が始まる」

 そうなるだろうってことくらいは分かっていた。

 思ったより早かったな。

 もう少し時間が欲しかったが、まったく準備ができていないわけじゃない。

 間に合うだろうか。




 城に到着した。

 でもそこはいつもの俺たちの部屋ではなく、それよりさらに奥にある、一番立派な建物だ。

「ついてきてくれ」

 さっと馬から下りると、足早に進む。

 赤いじゅうたんと、格調高い土の壁、高く高くそびえ立つ塔は、ヨーロッパらへんにありそうな、サラダなんとか教会を思い起こさせた。


 扉に近づくと、王子に気づいた門番が何も言わずに扉を開ける。

 すんごい豪華な人力自動ドアだな。

 えらくなった気分。

 そこには、またさらに豪華な景色が広がっていた。

 ロビーは、家一軒入るんじゃないかという広さ、一面に敷かれた赤いカーペットと、6畳分くらいありそうな大きな肖像画が目に入った。


 この肖像画は王と王妃だろうか。

 ヒゲがゴージャス過ぎて、威厳がありそうだな。

 王子は、無駄に2方向からカーブを描いている階段の近い方を駆け上る。

 肖像画の下の、これまた威厳がありそうな扉を門番が開けてくれた。


「父上! なぜプキトルに使者を送った! これがどういう意味か分かっているのか? わざわざ開戦のタイミングを教えているようなものだ!」

 王子は部屋に入るなりそう言った。

 王子の父上、つまり王か。


 ここは、謁見の間みたいなものか。

 赤いカーペットの、何段か高い台座に、値段的にも高そうなイスに、ヒゲも衣服もゴージャスなお人が座っていた。

 宝石を埋まった杖を持ち、宝石が埋まった王冠をかぶっている。

 優しそうな目をしているな。


「ミグラス、礼をわきまえぬか。王族たる者、落ち着きをもて」

 王が諭すような口調でそう言う。

 低く落ち着いた声だ。


「落ち着き!? そんなことを言っている場合か! 今に戦争が始まってもおかしくはないんだぞ!」

 いつもは落ち着いて、器量が大きい感じがする王子が、ここまで情動に任せているのは新鮮だな。

 それだけ事態が逼迫ひっぱくしているということか。


「分かっておる」

 王はそう答えた。

「分かっている? 兵も武器も十分でないこの状況で戦争が始まってもいいとでも?」


「時が経てば十分な準備ができるのか? 十分とはなんだ?」

 王が静かに言い返すが、言葉にならない怒りが含まれているの感じる。

 王が言葉を続ける。

「いつまで民が蹂躙されるのを見届ければいいのだ? きっと街灯だけでは終わらない。集落と民の命がいくつも失われたが、今度やつらが打つ手はなんだ? 被害はどれくらいになる?」


 少しの間が流れた。

「もうこれ以上、我が民が失われていくのを黙って見てはいられん」

 王は本気で言っているようだった。

 情に流される王は無能説あるが、俺は嫌いじゃない。


「しかし、負け戦の被害は、その比ではないだろう。父上は今の戦力で勝てると思うのか」

 王子が、先ほどの感情にまかせた口調ではなく、感情を抑えた声でそう答える。

 少し冷静になったか。

「無論だ。こちらにはアルテミスのご加護と、何より我々には鉄より硬く、決して折れない強い意志がある」

 おいおい精神論かよ。

 めっちゃ負けるフラグやん。


「せめて、飛空船ができるまで待って欲しかった……」

 王子は誰に言うでもなく、そううめいた。

 本当今さらなんだけど、のんびり作ってて申し訳ない。

 そんな事情があるなら、もっと急かしてくれても良かったんだが……。


「飛空船、か。そこもとが異国技師のヒデオか。プキトルの回し者ではあるまいな?」

 詮議せんぎをかけられた。

 今さらそんなこと言われてもな。


「この者は十分に国に貢献してくれている。王とはいえ、失礼な発言は許さん」

 何か言い返した方がいいのかと思っているうちに、王子が言ってくれた。

 嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

「フィガロからの報告も受けているだろう」

 王子がそう付け加える。

 そういや、裁判官の生意気ショタっ子、元気にしてるかな。

 残念ながら、魔法を教えてもらうのは、戦争が終わってからになりそうだ。


「あの魔法でも抜け道はある」

 王がそう反論する。

 民には情が厚いけど、よそ者には冷たいのね。

 正しい感性だ。


「あの気球を見ただろ? こちらに利する兵器を、簡単に技術提供してくれる敵などいない」

 兵器のつもりじゃなかったんだけどな。

 まあ、そんなことを言っている場合じゃないか。

「なぜ、そう言い切れる。いざという時に気球とやらに何かが起きれば、我が兵は全滅だ」

「なら、ずっと疑っていればいい。承認は得たはずだ。責任は俺がとる」


 王子はそう言い残して、部屋を出てった。

「ええええ……」

 思わずそう言葉を漏らした。

 コミュニケーション頑張れ……。

 リア充の権化ごんげみたいな性格しているクセに、親子の会話は不得意すぎだろ。




「許してくれ。国を預かるものとして、ああいう物言いになったのだろう」

 王の間から引き返している最中、王子はそう言った。

「俺は良い王だと思うぞ。俺は好きなタイプだな。それより、国の権力者同士があんな言い争いしてどうする。親子ゲンカかよ」

 親子だった。


「ふ、ヒーローに諭される日がくるとはな。すまない。確かにそうだな。しかし、今回の件で民の命が無駄に奪われる。誤った判断だ」

 まだ腸が煮えくりかえっているらしい。

 王に対する態度と俺に対する態度が違うな。

 王とは親子だから遠慮のない言い方にもなるか。

 それにしても、つき合いも長くなってきてるし、俺にそんなに気を遣わなくてもいいのにな。


「まあ、要は俺たちの準備が終わればいいんだろ? 命がけでやってやるさ」

 俺の言葉に、王子は意外そうな顔をした。

「お前が俺らの国の事情をくんでくれるのか?」

「当たり前だろ? 何を今さら。これまでの恩もあるし、俺はこの国とお前らが好きなんだ」


「ヒーロー……!」

 王子が俺の肩を抱く。

「やっぱり、お前は俺のヒーローだ!」

 その目にはうっすら涙を浮かべている。

「泣くなよ。まだ何も成し遂げてないじゃないか。これからが踏ん張りどころだぞ」

「ああ! やってやろう! 俺たちの国を救うんだ!」


 ふふふ。任せたまえ。

 大いに救ってやるさ。

 プキトル国よ、ケンカを売る相手を間違えたな。

 切り札が飛空船だけだと思うなよ?

 魔改造された俺の闇デッキ達が火を吹くぜ!

 ひゃっはああああああーーー!

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