第20話「始まる」
「ヒーロー殿お!」
朝から騒々しい声が聞こえる。
メルだ。
物理アラームが作動してから起こせと言うに。
まあ、ほぼ砂が落ちかけているから、顔面強打される寸前で良かったといえば良かったか。
「何かあったか?」
「ひらめきました! ひらめいてしまったんです!」
いつの間にか、メルもこの実験室に寝泊まりするようになった。
いや、寝ているのか?
俺は6時間睡眠を死守しているので分からないが、こいつが寝ているところを見てないな。
「ほう。聞かせろ」
「モーターなのですが! コイルにサンダーを流すのではなく、直接、鉄芯にサンダーを流すのはどうでしょうか?」
サンダーと言っても電動工具のほうではない。
雷魔法のサンダーだ。
「なるほどな。効率はいいかもしれない。だが、コイルには、磁場を増幅させるという意味もあるんだ」
「ジバ?」
「ああ、すまん。つまり、回転させる力を強くさせるために必要なんだ。2メートルのタービンを回すんだ。しかも、長時間な。低コスト高出力を目指すために、コイルは必要だ。分かるな?」
「は! すみませんでした!」
「いや、謝らなくていい。お前の意見には期待している。これからも頼む」
「身に余るお言葉、ありがとうございまずううう」
「いや、泣くなよ」
試作ジェットタービンを完成させてから、1週間が経った。
今は、ジェットタービンを回す動力を模索している。
魔法の知識が少ない俺にとって、メルの発想は楽しい。
魔法の新しい可能性を見せてくれる。
「なあ、今度は俺のアイディアなんだが。高速で電流の向きを変えるってできるか?」
「じゃあ、あとは頼んだ」
「行ってらっしゃいませ!」
それでも魔力狩りには行く。
魔力上げはやっぱり最優先事項だ。
いろんな魔法を使える方が、これからの発明にだって役立つ。
素材探しというのもシェリーヌに言ったが、ウソじゃない。
鉄だけだとどうしても重すぎるからな。
どっかにボーキサイト(アルミの原料)でも落ちてないかね。
「ハカセ、あれー!」
しばらく歩いていると、ネネが前方を指さした。
その方向を見ると、うずくまってる男がいた。
「うう……」
泣いてるな。。
大の男が、声を隠さずに泣いている。
身なり的に、身分は高めだろう。
重大事件っぽいな。
あまり関わらずに素通りしよう。
「お腹痛いのー?」
ネネが男に声をかける。
「こら! 目を合わせちゃいけません!」
知らない人に声をかけちゃいけないって、お母さんから習わなかったのかこいつは。
男が顔を上げる。
その顔は、ひどく
「私に構わんでくだされ……」
「うん、そうだね。またね」
「やっぱり聞いてくだされ」
「なんなんだ、お前は」
「おう、待たせたな―!」
王子が馬に乗って現れた。
しかも、小さなお供をいっぱい連れて。
今日はシェリーヌ来られないから、王子が来るとは聞いていたが、本当に子ども好きなんだな。
こんなに子ども連れで、危ないだろうに。
まあ、俺もネネ連れだから人のことは言えないが。
この国の子どもは、普通に馬に乗れるのすごいよな。
俺は怖いからケツに乗せてもらうけど。
「ん、どうかしたか?」
王子がようやく泣き男が目に入ったらしい。
それが誰だか分かったのか、すぐに表情が変わった。
「イチボ! お前、どうした!? 何があった!」
「ミグラス王子、私は……、ああ」
泣き男は、枯れきっていたはずの涙を大きく流した。
「なんてことだ……!」
王子は男の話を聞き終わったあと、うめくように言った。
怒鳴りたい衝動を、無理矢理押し込めているような声だ。
男の話はこうだ。
男は王の命をうけ、プキトル国に行った。
あの、魔物を引きつける街灯を輸出し、この国の村をいくつも壊滅させた元凶だ。
内容は抗議、そして賠償だ。
「悔しゅうござます。あいつらのせいで、私の故郷が失われた。それなのに、あいつらは街灯にその効果があったとは知らぬ、と。貴重な情報提供に感謝すると言われました」
男はまた、さめざめと泣いた。
よっぽど悔しかったのだろう。
息が荒く、自分で呼吸のコントロールもできていないようだった。
「早まりやがって!」
王子は立ち上がって、そう叫んだ。
「へ?」
悔しさを共感してくれると思っていただろう男は、王子のセリフを理解できてなかった。
「自分がしたことを分かっているのか? 故郷を失った悲しみは分かる。しかし! その行為で国全体が滅ぶかもしれないんだぞ!」
男は目を見開いて王子を見つめた。
言葉が出ないようだった。
「いや、すまない。お前のせいではない。すべて王の責任だ。感情で簡単に政治行為をしやがって、クソが……!」
いつも大らかな王子が、ここまで激高している。
それだけのことが起きているのだ。
「ミグラス王子、なぜ我が国が滅ぶのでしょうか?」
男の問いに、王子は座り直した。
叫んだことで、少し冷静になったようだ。
「いいか。街灯はわざとだ。使い方が間違ってる? そんな命に関わるようなことを、友好国と思っているやつに教えないわけないだろ。百歩譲って、あいつらが魔物が寄ってくることを知らなかったとしても、使者に対してそんな返答をしない。これは戦争をしかけているんだ。つまり、あいつらは、戦争する準備ができている」
「そんな……」
男は青白かった顔を、さらに青くさせた。
「私がしたことは……」
「そうだ。あいつらは、俺たちの国力を削り続けていた。その効果があると思われているうちは、戦争をしかけてこない猶予期間だったんだ。それをむざむざ、知らせに行ってしまったんだ」
男はうずくまった。
震えていた。
「それももう俺たちにバレて対策が打たれていると分かってしまった。あとは攻撃するだけ。それは俺らがキレて戦争をふっかけてきてくれれば好都合。迎え打つだけだ。俺らが仕掛けなくても、攻め入る計画はできあがっているだろう」
王子は、言葉を続けた。
「俺たちにもう時間はない。ヒーロー。頼む。俺たちの国を救ってくれ。戦争が始まる」
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