第19話「紙飛行機」

「ヒーロー殿! どのようにあの飛行船を量産していきましょうか!?」

 目の前にはメルとか言う女が敬礼のポーズをしたまま立っている。

 見た目も性格も若い感じがするが、こんなやつに重要なポストを任せていいんかね。

 素直でこき使えそうなら、俺としては誰でもいいが。

 なお、王子はさっさと帰った。


「あのときの実験にいたのか?」

「はい! あの歴史的な実験に立ち会わせていただきました! わたすが生きている間、あのような瞬間に立ち会えるとは! 感動で言葉もありません!」

 素直なのはいいが、この程度で感動してもらっていては困るんだよね。


「あれを量産する気は無い」

 メルが硬直した。

「ええええええ! なんでですか!」

 一拍遅れでメルが叫ぶ。

 朝からうるさいなこいつは。


「ここに紙がある」

 メルに紙を見せる。

 この世界で貴重な紙も、俺のためなら喜んで差し出される。


「はい! 紙ですね!」

「折る」

「折るんですか???」


 紙は本とか証書とか、そういう機会でしか見たことないだろうな。

 簡単な四角いお椀のようなものを作る。


「じゃあ、上に向けて火を出してくれ。キャンドルの火よりやや強いぐらいで十分だからな」

「ラジャー?」

 何も分かっていない感じだが、言われるがままにメルは火を放つ。

 そこに先ほどの紙お椀を逆さにして、火の上にかざす。

 んん。この紙は結構厚くて重みがあるな。


「やっぱりもっと強くていいな。あと3倍くらい? そうそうそれくらい」

 紙お椀は、熱せられ対流を起こしている熱風に巻き上げられる。

 天井付近でふわっと上下反転したあと、落下した。


「おお! 風も起きてないのに紙が飛びました!」

「うん。これが昨日の実験の原理な。温められた空気は上に行く」

「こんな原理で、あんな大きなものが飛ぶんですね!」

「それで、次はこれ」


 三角折りして先端を作り、たて折り1回2回3回。

 さあ、紙ヒコーキの完成だ。


「見よ! これが我が国の文化よ!」

「おお! これがヒーロー殿の故郷の文化ですか! さすがです! さすが? んん? これは何ですか? 鳥?」

 褒めるなら、分かってから褒めなさいね。


「まあ見てろ」

 手首のスナップをきかせて紙ヒコーキを飛ばす。

 翼が揚力を受けて、機体が緩やかに上昇しながら前へ進む。

 やがて機体が傾き、地面に不時着する。

 飛行距離5メートル強ってとこか。改善の余地ありだな。


「おおおおお! 紙が! 紙が飛びました! すごい! 異国すごい!」

「ネネも! ネネもやる!」

 いつの間に起きてきたネネが、パジャマ姿で騒ぎ始める。

 ネネに紙ヒコーキを渡す。

 紙ヒコーキを両手で掲げながら、外へ走り去っていった。

 うらやましそうにメルはネネを目で追う。


「ヒーロー殿! 風魔法も使わずに、なぜ紙があそこまで飛んだのですか?」

 魔法を使ってないということが分かるのか。

 じゃないと、紙が飛んだところで驚かないわな。

 いいなあ。俺にも早く魔力が見られるようにならんもんかね。


「この翼の角度だな」

「角度?」

「風が翼にぶつかる。その角度によって、機体を揚げたり下げたりすることができる」

「なるほど! じゃあ風魔法で機体を揚げたり下げたりすればいいんですね?」

「いや、そうじゃない」

「んん? そうじゃないんですか?」

「そいつはこいつに任せる」


 メルに、昨夜作ったプロペラを見せる。

 王子に金魔法で、円形の薄板を作ってもらい、それをナイフで切れ目を淹れて、手で角度をつけていく簡単なものだ。

 小学生が夏休みの宿題とかで、アルミ缶の底で良く作るヤツ。


「これはなんでしょうか?」

「まあ黙って見てろ」

 いちいち疑問に答えるのも面倒なので説明を進行させる。

 見れば分かるからな。


 新しく作った紙飛行機の真ん中の溝のところに、厨房から拝借した串をノリで貼り付けて固定する。

 これはただの骨格。

 そして、プロペラの中心に、髪留め用のゴムを装着させる。

 これが動力。

 プロペラを骨格の先端に固定し、伸ばしたゴムを骨格の後ろに固定させた。


「よし、完成だ」

 そう言ってメルに見せてやる。

「………?」

 メルは言いつけの通り黙って見てるが、見るからに疑問符がたくさん表情に浮かんでいる。


 機体を持ちながら、プロペラをねじる。

 ゴムがねじれる。

 何回も回す。


「右手を出せ。手のひらを上に向けろ」

 そう言うと、メルは言われるがままに右手を45°の角度で手のひらを差し出した。

 これが滑走路。

 メルの右手に紙飛行機を置く。

「良く見とけよ」

 

 まずプロペラのほうを離すと、プロペラがゴムのねじれからグルグル回り出す。

 そして機体から手を離す。

 メルの手のひらから、プロペラ音を残して紙飛行機が飛び立った。

「おおおおおおおお!」

 メルは歓声をあげた。


 プロペラの推進力でグングンと進んでいく。

 そしてそのまま壁にぶつかって、墜落した。


「すごい! 飛びました! すごい速い!」

「そうだな」

「すごいすごいすごいすごい!」

 子どものように目をキラキラさせ、はしゃぐメル。


「これを、ゴムのねじれじゃなく、火力で行いたい」

 そんなメルをよそに、この実験の意図を説明する。

「火魔法で……? 風魔法ではなく?」

「俺たちの目的は、大きな荷重を搭載したまま、長時間かつ安定した航行を実現できる製品の開発だ。お前にはとことん、俺の役に立ってもらう」

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