第18話「責任者出てきた」

「おい! 最大積載量はいくらいになる!? 飛行速度は? 制作期間はどれくらい必要だ!?」

 王子が俺の方を揺らしながら、早口でまくし立てる。

「おいおいおい、落ち着けよ。あぶねーから!」

 ここは、地上うん千メートルの高さやぞ。

 ゴンドラから突き落とす気かよ。

「引火しちゃう……!」

 シェリーヌは火力担当なので、いつものツッコミ役をまっとうする余裕はない。

「ガランゴロン!ガランゴロン!」

 ネネは楽しんでいるようだ。


「これが落ち着けるか! こんな高度、体験したことないぞ! たった布とカゴだけで、なんてものを作るんだお前は!」

「落ち着けと言ってるだろうが! それに、こんな試作の試作に驚いてもらっていては困る」

「おお! これからどうなるんだこいつは!? 教えてくれ! 頼む!」

 ふふふ。いい食いつきだ。

「空飛ぶ船だよ」

「空飛ぶ、船!?」

 目をキラキラさせている。

 本当に子どもだな。

「そうだ。船のように多くの人や荷物を載せ、船のように自由に大陸間を行き来し、船のように雲海をかき分け進む。名付けて飛空船艦ヒデオだ!」

 王子が口をポカンと開け、制止した。

 そしてすぐ、

「かっこ良すぎか! まさしく革命だ! はっきり言って歴史に名が残るぞこれは!」




「さあ、さっそく制作を急いでくれ! 金も人員も糸目をつけない! 飛空戦艦にかかわる全権をお前に委ねる! お前がこのプロジェクトの最高責任者だ!」

 地上に降り立つなり、王子がそうおっしゃる。

 ギャラリーどもが、なぜか拍手喝采する。


 うむ。そうだな。

「もちろん引き受けるつもりだが、契約を忘れてないだろうな」

 金も人員も必要だが、俺にとって重要なのはそこではないのだよ。

「当然だ。これからも魔法修行を続けてもらっても構わない。なんなら、シェリーヌをお前専属の教師にしてもいい」

 王子の言葉に、魔力の使い過ぎでぐったりしているシェリーヌが、え……、マジで?という顔をした。


 よっぽどの機嫌をとっておきたいように見える。

 というか、俺は別にシェリーヌじゃなくていいというか、シェリーヌじゃないほうがいいんだが……。

 シェリーヌを気に入っていると思われてんのかね。

 まあ、最重要国家機密を抱えているやつを、そこらへんの兵に頼めないわな。

 軍事的にも交易的にも、重要な駒になるのは間違いないものな。

 シェリーヌが騒ぎ出さないのも、それが分かっているからだろう。

「こいつの専属だけはヤだ! というか、なぜ隊長職の私がそんなことを! 絶対にイヤー!」

 シェリーヌはシェリーヌだった。


「ともかく」

 話がめんどくさくなってきたから、ここらへんで話の流れをぶった切る。

「断る!」

「なぜ!」

 俺の言葉が心底理解できないという感じで王子が叫ぶ。

「お前、このに及んで何言ってんだ!?」


「まあ、聞けよ。俺はこの世界の技術を知らないし、魔法にもまだまだ明るくない。それだったら、誰かその分野に強いやつを据えたほうがいいだろ? 常識的に考えて」

「それはそうだが、飛空戦艦は未知の分野だぞ。プロジェクトが停滞どころか、まったく進まないぞ」

「もちろん、原案は一緒に考えるさ。最初の図面さえ完成させれば、あとは進むだろ? もちろん、停滞したらアドバイスするよ。俺は技術提供者、いやプランナーってやつか? まあ、なんでもいい。そういうことで、よろしく」


 王子はあっけにとられた顔をした。

「そうしたら、技術を俺らに提供することになるが、いいのか? この技術をずっと抱えていれば、お前の地位は一生安泰だぞ」

「おいおいおい、俺ってその程度にしか思われてないのか。侮るなよ。飛空戦艦の技術のひとつぐらい手放したって、俺の価値は揺るがない。まだまだこの国を富ます技術を提供してやるさ」

 一生安泰に魅力を感じないわけでもないが、今の魔法修行に専念できる環境を手放す気もない。

 小出しにしてけば、俺が魔法を使いこなすまで持つだろう。


「お前……!」

 王子が俺を抱きしめる。

「やっぱ最高だな!」

 背中をぽんぽんと叩かれる。

 ハグは女性のみでよろしく。


「うおおおお!」

 このやり取りを見守っていたギャラリーが歓声をあげる。

 さっきからなんだなんだこいつら。喜び組か?

「こいつは本当にヒーローの誕生だぜえ!」

「俺らは世界が変わる生き証人になっちまうな!」

「さすがミグラス王子に見初められたおとこ!」

「ヒーロー×ミグラス王子……じゅるっ」




 翌日。

「失礼します! 失礼します!」

 けたたましいノックの音と、繰り返される壊れたラジオな失礼しますで目が覚める。

 物理アラームが作動する前じゃねーかクソ!

 全快できずにダンジョンに行くことになっちまったじゃねーか!


「誰だてめー! 何人たりとも俺の眠りを妨げる者は許さん!」

 扉を開け放つと、扉から鈍い感触が伝わってきた。

 勢いよく開けすぎて、顔面にめり込んだな。


 まあ、当然の報いだ。


「ぬぐおー」

 声のした方に顔を向けると、大きなお下げの小柄な少女が鼻をおさえながら、床でもんどり打っていた。

 鼻をぶつけたのだろう。鼻の頭が真っ赤になっていた。

 あるいは、前世は真っ赤なお鼻のトナカイさんだったのかもしれない。

 涙目になっている顔で俺を視線に捉えると、すくっと立ち上がり、敬礼をした。

 痛いだろうに、頑張るなあ。


「わたくし、兵器製造責任者補佐のメルと申すだす! この度は、飛空船プロジェクトの責任者を拝命いだしましたあ! ヒーロー殿のご指導、よろしくお願いし申し上げまずう!」

 鼻がつぶれたせいなのか、なまりがすごいのか。

 ともかく、元気いいな。

 俺の苦手なタイプ。


「そういうわけで、選んどいたぞ。責任者」

 王子がひょこっと、少女の後ろから顔を出す。

「こう見えて知識は随一だ。ただ、いろいろと不器用だから気をつけてな」

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