第17話「空飛ぶ王子」
「ちゃんと修復できてるわね」
シェリーヌがネネのノドを触りながら、治療のあとを見ている。
シェリーヌは、ネネの治療が終わって数分後ぐらいに採掘場にやってきた。
めちゃくちゃ怒られたが、ホッとした。
クルックですらあのザマなので、ネネを守りながらダンジョンを出るのは危険だと思っていた。
「ほにゅほにゅう」
ネネは、シェリーヌに触られているのがこそばゆいのか、変な鳴き声を出している。
「これ……、本当にあんたがやったの?」
シェリーヌがネネのノドを触りながらそう言う。
「何か問題があったか?」
シェリーヌにそう聞き返す。
声が焦っているのが自分でも分かる。
何か失敗をしていて、ネネの健康を害することがあったら大変だ。
これからのネネの人生は長いのに。
「いえ、何も問題はないわ。ただ綺麗過ぎるなと思って」
「なんだよ」
ビックリさせるなよ。
俺を過小評価するにしても、時と場所を選んで欲しい。
「というか、本当にノドが切断されていたの? 声もちゃんと出てるし、声変わりしてる様子もない。傷も痕跡が見つからない」
「まあ疑うなら好きなだけ疑えばいいさ。ネネが無事ならそれでいい」
「疑わないわよ」
シェリーヌが意外に素直な返事をすると思ったら、
「魔法痕が残っているもの」
魔法痕! そういうのもあるのか!
「魔法痕、俺にも見方を教えてくれ!」
「あんた、本当にそればっかりね……。もう少し魔力があがって気が向いたら教える」
「お前が俺に対して気が向くときあるのかよ!」
「うーん、あんたぐらいの魔力で、こうも傷が綺麗にふさがるものなのねえ」
聞いちゃいねえな。教える気ないだろこいつ。
魔力あがるたびに催促してやるからな!
ともかく俺の回復魔法は、ちゃんとできているらしい。
良かった。
俺の魔法が、ネネを救った。
嬉しい。
「過信したらダメだからね」
シェリーヌに釘をさされた。
すぐ調子にのるやつだと思われてんだろうな。
その通りだけど。
「二人でダンジョンに立ち入らない。それが約束できないなら、今後一切協力しないからね」
さすがの俺でも今回の件は反省した。
遊びのつもりではなかったが、トレーニングでもない。
命がかかっている。
言われなくとも、今後二人でダンジョンに潜るつもりはないが、シェリーヌがいないから今日はダンジョン行けませんという事態はなくしたい。
条件つけるか。
「分かった。その条件をのむ代わりに、お前が忙しいときは、他の人員をよこせよ?」
「なんでこいつ、常に上から目線なの……」
シェリーヌはさすがお偉いさんなだけあって、ちゃんと約束を守る女だった。
朝夕2回、毎日ダンジョンを潜ることで、めきめきと魔力量があがっていくのが自分でも分かった。
初ダンジョンから1ヶ月、危険種が排除されたこのダンジョンでは、ほぼ一人で封殺できるようになった。
「見よ!俺の魔力を! もう魔力を捜すのめんどいとか言わせねえZE」
「まあ、目を細めれば見えなくもないわね」
朝食の会話で、シェリーヌはそう答える。
まだまだ伸びしろがあるってことだな!
「うまー!」
ネネは俺のお手製ハンバーグをむさぼり食べている。
ソースがはねる。
そろそろ行儀を教えたいところだが、俺がこの世界のテーブルマナーを覚えなくてはいけないのがめんどうだな。
「お前の食べ方見てると、やっぱり異国から来たんだなという感じがするよ」
同席している王子がそう言う。
「そうか?」
「かっこいい」
ソースがびちゃびちゃについた口元で、ネネがそう言う
箸が使えるくらいでかっこいよかったら、日本人全員イケメンだな。
なお、俺はハンバーグでも箸で食べる派。
「そんな棒きれ2本で、よく物をつかんだり、切ったりできるよ。手先が器用な民族なんだろうな」
王子がそう感想を述べる。
「そして、ものを高速で飛行させる技術もな」
「その話か」
もはや忘れかけてた。
俺と王子が交わした契約だ。
そのおかげで、今の好待遇がある。
「もう準備はできたか?」
やばいな……。
魔力あげるのに夢中で、全然考えてなかった。
なんてことを、一ヶ月も経った今、言えるわけがない。
最悪、ここを追い出されかねない。
いや、最悪はシェリーヌが俺を始末にくることだな。
契約をたてに、今までさんざん好き勝手にシェリーヌを使ってきたからなあ。
「アイディアはすでに煮詰まっているよ。そろそろ形にしようとしていたところだ」
「おお、頼もしいな。じゃあ、さっそく聞かせてくれよ」
「まあそう急くなよ。言うより見るが易しってこの国でも言うだろ? 3日後に試作機を見せるから、楽しみにしていてくれ」
食事は終了して、王子は自分の部屋に戻っていった。
ほぼ口から出任せだが、なんとか乗り切った。
まあ、3日間もあればなんとかなるだろ。
「あんた、3日間でどうするつもり? なんの準備もしてないじゃない」
おかわりハンバーグ3回目のシェリーヌがそう聞いてくる。
さすがに近くにいただけあって、分かってんなこいつ。
「頭の中ではできあがってるからな。あとは形にするだけ」
「本当に……?」
「疑うだけ疑うがいいさ。3日後を楽しみにしてな」
「まあ、高みの見物させてもらうわ」
「いや、俺一人じゃ無理だから手伝って」
「おい」
当日。
お披露目場所は城の裏庭。
「楽しみすぎて、昨日はあんまり眠れなかったぞ」
王子がそう声をかけてきた。
お前は遠足前日の小学生か。
プレッシャー感じちゃうだろうが。
プレッシャーと言えば、
「なんでこんなに人が多いんだ……?」
見物客がやたら多い。
こういうのって、極秘裏に進めたりするもんじゃないのか?
「こいつらは全部俺の兵だ。家族サービスの一環だよ。気にするな」
王子の私兵はシェリーヌ隊だけじゃなかったのか。
屈強な男女達は、少し興奮気味に談笑している。
なんだかものすごい期待を感じる……。
空を飛ぶロマンは、魔法の国でも一緒だったか。
まあ、リハもやったし、大丈夫だとは思うがね。
それに王子にさえ認めてもらえればそれでいいんだし、何人いようが俺には関係ないか。
「ところで、飛空船はどこだ? だだっ広い布とカゴしか見つからないが」
王子があたりを見渡してそう聞いてくる。
「いや、それだよ」
そう答える。
「は?」
王子がぽかんとした。
まあ、そうだろうな。
「おいおい聞いたかよ! 布で空を飛ぶんだってよ! そんな魔導具聞いたことないぜ!」
ギャラリーが騒ぎ始める。
中には、怒ってるやつもいる。
ヒマじゃねえんだよってか。
めんどくせえなあ。
「静かにしろ!」
王子がギャラリーに向け一喝した。
「思い込みや想像だけで判断するなって、いつも言ってるだろうが。俺はこいつを信用している。こいつを疑うのは俺を疑うと同意義だからな?」
王子がそう言うと、静まり返った。
なんで俺、そんなに信用されてんだ?
「よし、シェリーヌ。準備はいいか?」
さっさと実験を始めたほうが良さそうだ。
「良くない……。眠い……」
シェリーヌの目の下に、うっすらクマが見える。
「睡眠不足は女性の敵だぞ?」
「誰のせいよ!」
心配して声をかけてやったのに、シェリーヌが切れた。
「裁縫なんてやったことないのに、あんなでかい布を3日で終わらせろって!? そりゃ寝不足にもなるわ!」
人類初気球は麻製だったというから、この国の軽くてじょうぶな布を用意した。
人を乗せる気球の大きさの布なんてあるわけないし、風船型にしないといけないから、縫い合わせるしかない。
で、シェリーヌその他むさい男連中にも頑張ってもらった。
気球は機密性が命だから、念入りにつないでもらった。
針仕事なんてしたことも見たこともなさそうな連中だったから、時間がかかった。
もちろん、騎士としての仕事も抱えている。
結果、シェリーヌ隊は24時間働けますか状態になっていた。
まあこいつら良い給料もらってるんだろうから、仕事である以上、質を保ったまま納期に間に合わせてもらわないとね。
「まあまあ、こうしてできたから良かったじゃないか」
「アンタはしっかり寝てたけどね!」
「このカゴに乗ればいいのか?」
王子が気球のゴンドラの中をのぞき込んでそう聞く。
「だ、だめです!」
シェリーヌが慌てて止める。
「なんでだよ。お前も乗るんだろ? しかももう試行で何回も乗ってるんだろ? ずるい! 俺にも乗らせろ!」
王子が子どもみたいなことをのたまう。
「ずるいとかじゃなくて、危ないんです! 落ちたらどうするんですか!」
「飛空魔法で飛べばいいだろ」
「爆発するかも」
「防御魔法も水魔法も使える」
「うう、不安しかない……」
シェリーヌは工程を知っているだけあって、この気球の危険性も分かっている。
「よし! じゃあ始めてくれ!」
王子はそんな心配をよそに、ノリノリだった。
ゴンドラにシェリーヌと俺が乗り込む。
気球の布(球皮)を、シェリーヌ隊員たちが広げた。
「ネネも乗るううううううう」
ゴンドラの外側に、セミのようにしがみつくネネ。
「昨日も乗っただろう」
「今日も乗りたいの!」
聞かないネネ。
「まあ、子ども一人くらい増えてもだいじょうぶだろ? ゆくゆくは数百人の兵を乗せる飛行船だもんな」
「まだまだ実験段階だからな」
王子が過剰な期待を口にしたので、ハードルを下げておく。
まあこの気球でも、ネネが一人二人増えたところで問題はないだろう。
「じゃあ、行きます」
シェリーヌが集中する。
この気球は布製。
空気ではなく布を暖めてしまったら、ただのキャンプファイヤーになる。
お前が頼りだ。頑張れシェリーヌ!
シェリーヌ隊が広げた球皮が膨らみ、体を起こし始めた。
それだけでギャラリーから歓声が上がる。
王子も楽しそうだ。
そんな王子達をよそに、シェリーヌは真剣だ。
引火しないように炎の角度を気にしながら、徐々に火力をあげていかなくてはいけない。
さすがのシェリーヌも、王子がいるからなおさら、集中せざるをえない。
ついに球皮が地面から離れ、俺たちの頭上、つまり飛行時の定位置にたどり着いた。
ワイヤーがミシミシという音を立てながら、張り詰めていく。
ゴンドラが宙に浮いた。
「浮いたぞ!」
王子が興奮気味に声をあげる。
一度地面を離れると、加速度的に上空へと突き進んでいく。
シェリーヌさんの火力、まじパネえっす。
「おいおい、雲があんなに近いぞ!」
王子が上を見上げればそう言い、
「俺たちの国が、まるで玩具だ!」
下を見ればそう言った。
鳥が、王子のわきをギリギリ避けていった。
「こんなの初めてだ! こいつは世界を変えるぞ!」
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