第15話「レベルアップ中」

「まあ、今回は及第点ね。とっさに、やつの攻撃のもとである、のど元を焼こうとしたのは、良い判断と言えなくもないわ」

 おお、シェリーヌ不動明王様が俺のことを褒めなさっている。

 今晩が俺の死期か。


「魔物やモンスターと戦うには、まずは魔力だけど、同じくらい状況判断力は必要だからね」

 そうシェリーヌが講釈をたれなさる。


 まあ、そんなことは、俺にとっては基本のキ。

 そこらへんの一般ピーポーと一緒にされては困る。

「俺は魔法博士だからな。これくらいは朝飯前さ」

 久々にかっこ良すぎるポーズを決める。


 シェリーヌが俺のポーズをじっと見つめ、目を細め口元を押さえた。

 心なしか、頬を赤く染めているように見える。

 おやあ? これはデレがやってきてしまいましたかあ?

「本気で生理的にムリ」

 シェリーヌ女王様はそううめいた。


 人気ひとけがないと思っていたのは入り口だけで、ちょっと先に行くと、そこそこ人がいた。

 というか、ここ、ダンジョンと言うより、採掘場じゃね?

 とげとげしい透明な水晶のようなものや、黄色い石、赤黒い珊瑚礁のような塊。

 それらを掘り起こし、かごに乗せている。

 鍛錬に行くって言ってたから、ダンジョンなんて経験値上げ用のレクリエーション施設みたいになってると思ってたわ。


「もしかして、俺のような経験値上げ……というか鍛錬に来ているやつは少数なのか? ダンジョンでは定番の冒険者とかいないのか?」

「場所に寄るわね。あんたくらいのレベルだったら、ここくらいがちょうどいいでしょ。こんな開けたところはだいたいの魔物が討伐されてるから。人も多いし。冒険者は他に行ってる」

「なるほど」

「さて、ここらへんは魔物はいないわね。奥に行くわよ」


………

……


 さっきのコウモリと合わせてカウントすると、5体ほど魔物を狩った。

 ネネが狩ったのも入れると、8体になるか。

 歩くキノコ、巨大ガニ、食人植物、手足が長いクモetc.

 シェリーヌ不動明王という強力なパーティがいるおかげで簡単に魔物が狩れるので、ついでにネネの魔力上げもやってもらうことになった。

 ネネも強くたくましくあって欲しい。


「なんも出ん……」

 倒れ込んだ。

 魔力が尽き果てたようだ。

 そんなに魔力を使ってないはずなのにな。

 大部分はシェリーヌ不動明王様がやってくれた。 

 四肢をえげつなく封じ、必要に応じて瀕死に追い込み、俺かネネがとどめを刺すだけの簡単なお仕事。


 それだけなはずなのに。

 マジに魔力量が少なすぎる。

 同じく魔力切れを起こしてる様子のネネもぐったりしている。

 これ一人でやってたら、一匹も倒せず魔力切れになってたな。

 オンラインゲームは、強力なパーティがいるに限る。


「今日はこれでお終いね」

 そんなシェリーヌの言葉を合図にして、道中を引き返し始める。

 歩くたびに、ヒザが震える。

「情けないわね。これくらいで足が震えるなんて。運動もしたほうがいいんじゃないの?」

「ああ、そうだな」


 これは、違う。運動不足からくる震えじゃない。

 手も震えてるから。

 たぶん、俺は嬉しいんだ。


 シェリーヌに、全ての足を切断されてもがいている最後のクモと戦ったとき。

 クモにとって、決死の攻撃だったのだろう。

 糸を俺に向けて発射した。

 俺はその糸に向けて火を放ち、そこから火をクモ本体まで伝導させた。

 クモの糸は決して可燃性がいい素材ではなかった。

 それでも火はクモの口まで伝って、内蔵まで到達し、クモは倒れた。

 その距離は3メートルはゆうに離れていた。


 今までの俺だったら、火を届かせることすらできなかった。


 確実に、レベルが上がっている。


 魔法が自在に使える。

 そんな夢にまで見た夢が、近づいてる。

 ゆっくりと、着実に。




 ダンジョンの外に到着した。

 つとめが終わったあとのシャバの空気は、やっぱうめえや。


「じゃあ、帰るわよ。早く馬に乗りなさい。私たちはヒマじゃないんだから」

 こいつは、わざわざ嫌みを挟まないとしゃべれないのか。

「いや、俺たちは宿で寝てくから」

「はあ?」

 俺の言葉に、シェリーヌが何いってんだこいつ、みたいな顔をした。


「今から夜まで寝れば、あともう一回狩りができるのだよ」

 太陽が真上に来てるから、今は正午だ。

 12時+6.5時間=18時半。

 やや晩ご飯には早いくらいの宵の口だ。

 もう一狩りくらい余裕だ。

 こんな時のために、物理的アラームも持参してある。


「わざわざ夜まで鍛錬しなくても……。第一、危ないじゃない」

「時間は有限なんだ。親衛隊長がそんな悠長な心構えでどうする! というわけで18時半ごろに時間厳守で来てね。遅れるなよ!」

「そろそろぶっ殺そうかな」

 ツッコミの切れ味がすごくて出血しそう。

契約・・だからな。国民と国益を守るのが親衛隊の仕事じゃないのかね、親衛隊長殿」

「自分で自分の尻も拭けないくせに、なんでこいつはこんなに偉そうなの……」


「夜の時間なんて正確には分からないわよ」

「私たちもヒマじゃ無いんだから、来られなかったとしても絶対に二人でムリすんじゃないわよ!」

「死ぬなら一人で死んでね」

 さらっと最後のセリフにえげつない毒を混ぜ、シェリーヌ隊は仕事に出かけて行った。



 このときばかりはシェリーヌの言うことはもっともだった。

 いや、もちろん一人で死ぬ気はないが。


 俺はちゃんと、シェリーヌの言うことを聞くべきだった。

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