第14話「ダンジョンに入らずんば魔力を得ず」


 俺らの廃工場は、機械どころか廃材も残っていないようなだだっ広い空間だった。


 それこそ、小学校低学年くらいの俺たちが魔法ごっこをするには十分すぎるくらいの。

鉄筋がむき出しの無骨な屋根、倉庫だったと思われる中2階、高い窓、窓に沿って作られている手すりの無い通路。

 金にならなかったであろう、使い道が分からない工具っぽいものや、ぼろぼろの段ボール、謎の液体で満たされた槽がうち捨てられていた。

 そんな風景が、俺らにとって、魔法が使える異世界だった。


 そんな空間に、俺は一人で立っていた。

 目をこらすと、暗がりの中にシェリーヌが家の大黒柱か?ってレベルのぶっとい木材を抱えて立っていた。

 めっちゃダッシュしてこっち来てる。

 え、なんで、こっち来てんの?

 怖いんだけど! めっちゃ怖いんだけど!


「死ねええええええ!」

 シェリーヌが振りかぶった木材が、俺の顔面にめり込んだ。


 目を開くと、板が俺の顔面を押しつぶしていた。

 これは、俺が自作した目覚まし時計だ。

 物理的な。


 すげー夢オチだな。

 鼻と額と右眼球がじんじん痛む。

 魔力が全快すると思われる時間分の砂は、意外に重かったらしい。

 この世のものとは思えない悪夢を呼び込んだ。

 睡眠回復実験と物理アラームが正常に動作してくれた喜びで、すべては帳消しだが。


「時間か……」

 よく寝た。

 空はだいぶ明るくなっている。


 隣のベッドを見ると、ネネが枕を抱えながら腹を出して寝ている。

 風邪をひくといけないので、シャツをひっぱり腹を隠したあと、掛け布団をかけ直してやる。

 ふと顔を見ると、涙のあとがあった。

 ぬぐってあげたほうがいいのだろうか。

 いや、ぬぐったところで、また涙はあふれてくるんだろうな。


 自分の布団とシーツをたたんでいると、白色の床に、木炭の黒で書かれたグラフを見えた。

 3点だけプロットされている。

 昨夜の記憶が呼び起こされる。

 寝て起きての繰り返し。

 さすがに3回でやめておいた。

 今日の魔物狩りに差し支えたら大変だからな。


 まあ3点あれば、ぎりグラフとして成り立つだろう。

 そんなイマイチ信頼性のないグラフだけども、なんとか相関性を感じ取れるグラフになっている。

 これだけでも感動的だ。

 思い込みや、ただの言い伝えではなく、睡眠時間と魔力回復量は、まちがいなく関係性がある。


 そして、この6.5袋(推定6.5時間)が、睡眠による魔力回復時間になった。


 このグラフは、ほぼ比例の関係だ。

 若干、比例の直線よりもプロットの値が大きい。

 これは、魔力を使っているうちに、魔力が増えたのだろうか?

 まあ、ほぼ誤差っちゃ誤差だが。

 でも、これも検討事項に入れておきたい。

 魔物を狩る以外に魔力量を増やす方法があるか探すのは、重要課題だ。

 魔力狩りよりももっと効率的な方法が見つかるかもしれないからな!


 さて、ここからは貴重な時間だ。

 誤差はあるとはいえ、おそらく今は魔力全回復なう。

 早くレベルを上げて、またスタミナ回復に努める。

 スタミナ漏れは一刻も許されないのだ!


「起きろおおおおおおお!」

 王子の部屋の扉を連打する。

「うっせえええええええ! 起きてるわ!」

 王子が乱暴に扉を開け、そう抗議する。

 ふむ。起きていたなら話が早い。

 良く考えたら、睡眠実験で推定9時間くらい寝ているはずだから、さすがに起きてるか。


「王子、どうされました? 物乞いの侵入者ですか?」

 立派なヒゲを生やしたガチムチの警備兵が、話に割って入る。

 君らは呼んでないのよ。

 これから俺と王子は、ダンジョンまで、俺の魔力上げという名の契約を履行しに行くんだからね。


「うん、物乞いの侵入者だね。適当にはりつけにして、さらし者にしておいてくれる?」

「御意」

 ガチムチが俺の腕をがっしりつかむ。

 やべ、全然びくともしない。

「おいいいい! 王子! 俺がいないと飛行船は造れないんだが、それでいいのかよ!」

「やべ、お前がうざすぎて、契約とか国益とか一瞬吹っ飛んでたわ」

「俺のウザさ、そんなレベル!?」


「あー、ハカセだあ」

 ネネが眠い目をこすりながら、ネネが現れた。

「おでかけするの?」

 俺のかっこうを見て、出かけると察したらしい。

 賢い子は嫌いだよ。


「じゃあ、俺たちは出かけてくるけど、いい子にお留守番してるんだよ」

「やだああああああああ」

 やっぱり出た。

 必殺、わたしも連れてけコール。

 じだんだ踏んで、腕をブンブン振り回す。


「ネネ、これから行くところはダンジョンって言って、めちゃくちゃ怖い魔物がいるところに行くんだ。危ないだろ? 今の俺じゃ、まだお前を守ってやれないんだよ。今日はおとなしく家にいろ。またあとで連れて行ってやるから」

「やだああああああああああ」

 連れて行くことになった。




「それでなんで私が呼ばれるのよ」

 不満を微塵みじんも隠さない程度でグチるシェリーヌ女王。

「ヒマだろ?」

「ぶち殺すよ?」

 今日も返答がキレッキレだな。


 俺のおかげで、モンスター襲来の事件が減ったんだ。

 その業務削減で大量に生まれた余暇ぐらい、俺の時間に還元してくれてもバチは当たらんだろうに。

 

 ネネは、馬上の大男の前に座らされ、キャッキャと腕をあげてはしゃいでいた。

「だいじょうぶなのか?」

「心配ではあるけど、魔力はネネちゃんのほうがあんたより上よ。あんたを護衛するなら、ネネちゃんを護衛するのと変わらないわよ」

「いや、そうじゃなくてね」

 俺はシェリーヌ大魔王が乗る馬上にくくりつけられている。


「落ちなくて安全でしょ?」

「うん、そうだね。全然落ちる気配もないし、この身動みじろぎすらできない圧迫感が最高だね」

 言うなれば国賓じゃん?

 駕篭かごぐらい用意してもいいんじゃないかしら。




 ダンジョンに到着する。

「ううん?」

 ただの洞穴ほらあなじゃないか。

「何か不満そうね」

とシェリーヌが聞いてくる。

 さっきから不満しかないが。


「いやね、ほら、ものものしい鉄のとびらや、石造りの階段とか、よく分からないオドロオドロしい石像とか、全然見受けられないなと」

「なにそれ」

 俺の言葉にシェリーヌがクスクス笑う。

「あんたの国では、ダンジョンみたいな自然物に、そんなもの設置してるわけ?」


 シェリーヌ大魔王様も笑ってれば美人なんだよな……。

だけど、昨晩の夢のせいで、この笑顔もただただ怖い。

 まあ日本にダンジョンはないが、観光施設やアウトドアな施設には、それなりのワクワク感や分かりやすさって必要だと思うの。


「さて、私もヒマだから・・・・・、さっさと終わらして帰るわよ」

 さきほどの言葉を相当根に持ったらしく、嫌みたらしく言う。

 まあ、帰るかはともかく、さっさとやることには賛成だ。


「じゃあ、ネネ。すぐ戻ってくるから、お前は護衛さんたちに、すぐ近くの街に連れて行ってもらって、宿で良い子に遊んでるんだぞ」

「ネネだけ? ハカセは?」

 ネネはきょとんとそう返す。

「ネネだけお留守番なの?」

ネネの言葉にうなづき返す。


 そりゃそうだ。

 ネネが俺よりも魔力があったとして、足手まといなのは変わらない。

 あんな狭そうで暗い場所で、足手まといが二人いたら、何が起こるか分かったもんじゃない。

 

「そうそう。この護衛さんの言うことをちゃんと聞い」

「やだああああああああああああああああ」

 今度はボロボロと大粒の涙をこぼし、地団駄を踏む。

「こら、さっきからワガママばっかり言うんじゃない」


そう言い聞かすが、まったく聞かない。

というか、泣き方が尋常じゃない。

ワガママというよりか、生き死にがかかっているかのような迫力がある。


「連れて行きましょう」

 シェリーヌがそう言う。

「いいのかよ」

「この子だって、独り立ちしなきゃいけない。ちょっと早いけど、私らがいるうちに生きる力はつけさせてあげたい」

 それにね、とシェリーヌは続ける。

「この子は、あんたや私が思っている以上に、アンタを失うことを恐れているみたいね」


 洞穴に入ると、一気に暗くなった。

 さっきから、あまり人気ひとけを感じないな。

 魔力をあげるスポットなら、人でごった返しててもいいようなものだが。


「わあ、変な鳥だあ!」

 ネネがはしゃいでる。

 ネネの視線の先には、隊員が放っている灯り(火魔法)で、コウモリのような1mくらいの鳥?が暗闇に照らされていた。


「しー!」

 慌てて口を押さえる。

 野生の動物を刺激していいことなど何もない。

 しかも、ここはダンジョン。

 死にたいのかこいつは。


「ちょうどいい」

 シェリーヌがそう言って、右手のひらをコウモリに向ける。

「アイススピア」

そう言うと、暗がりに結晶粒が現れ、併合して矢尻やじりをかたどった。

黒の世界に、オレンジ色の火の灯りに透明な矢尻がキラキラ反射して、小樽のオルゴール館を思い出した。


そんなこと考えてたら、風切り音がしたとともに発射され、コウモリの羽、足を串刺した。

そのままコウモリは、壁にはりつけにされた。

コウモリは、ひるまず口を開く。

 何かをしようとしている。


「ガード!」

 シェリーヌは、空いていた左手のひらを向けると、淡い黄色いドーム型の壁が俺らを包んだ。

 ドームがビリビリと衝撃音がして揺れた。

 あのコウモリも魔物だ。

 あれを食らったらヤバいんだろうな。

 ガードか。便利で良い魔法だ。


「さあ、倒しなさい」

 シェリーヌ不動明王様が、大きすぎる背中越しに、俺にそう言う。

「どうやって……?」

「なんでもいいわよ! 火くらい使えるでしょう!」


 シェリーヌ不動明王様は短気らしい。

 とはいえ、俺が使えるのは、100円ライターほどの炎。

 これで死に至らしめるのは、相当な時間がかかりそうだが。

 シェリーヌと一緒に移動してコウモリの前に立つ。


「ガードを外すから、一気にやりなさいよ」

「うえ!? 俺の魔力を知ってんだろ? 一気にはムリだろ!」

 ガードしてるから威力が分からないが、確実にダメージを負う未来が見える。

「気合い入れろ」

「精神論かよ!」

 こいつ、絶対人に教えるの向いてないわ!


「ハカセ、がんばれー!」

 ネネが応援してくれる。

 いいの? そんなノリでいいの!?

 失敗したら死ぬだろ!?


「3,2,1」

 本人の意思とは無関係にカウント始まった!

 やるしかねえ!

「ゼロ」


 ガードが消える。

 同時に、右手でコウモリの口を押さえる。

 かみつかれるが気にしない。気にしてる余裕はない。

 解毒魔法くらいあるんだろ?


「ファイヤ!」

 気管支を通り、肺を焼き尽くすイメージ。

 コウモリが暴れて声を発しようとするが、無理矢理押さえ込む。

 やがてコウモリは、耳、目、鼻から煙を出し、目を白濁させた。


「死んだわね」

 シェリーヌ大魔王がそう言って、俺の力が抜ける。

「いきなりすぎだろ! 俺が殺し損ねたら、巻き添えだろうが!」

「何言ってんの。あんたが失敗したら、私が仕留めればいいだけの話でしょ」


 そりゃそうか。

 でも心臓に悪すぎだろう。

 ネネがいるから余計に焦ったわ。


「いい匂いするー」

 ネネがよだれをたらして、くんくんする。

 コウモリの焼き鳥は、お腹壊すからやめときなさいね?


 べちゃりと水袋が落ちるような音がした。

 コウモリを支えていたアイススピアが溶けたようだ。

 しばらく見ていると、コウモリの体が乾いた黒い砂のようなものになり、中から小さな光の玉が現れた。

 なんだ?と思って見つめていると、俺のほうに向かってくる。

 すごいスピードで。

 こ、攻撃魔法か!?


「が、ガード!」

「しなくていい」

 見よう見まねでガードを発しようと思っていた右手を、ひねりあげられる。

 光が俺の心臓らへんに入り込んだ。

 不思議な感覚だった。

 ひんやりとした感覚で体内に入り込み、心臓に入って血液に溶け込んでいく。


「どう? 魔力を初めて取り込んだ感覚は?」

 シェリーヌ師範代がそう聞いてくる。

 ああ、そんなの、言葉で言い表せない。

 初ダンジョンで初討伐の達成感も合わせて駆け抜けるエクスタシー……!

「最の高に気持ちイイです……ああ……いきそう」

「キモい……」

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