第11話「料理回」

「これでどうだ?」

 王子はさっそく部屋を用意してくれた。

「なんでこんなやつに、3部屋も……」

 シェリーヌがうめくようにおっしゃる。

 素直に喜んでくれたらよかろうに。


「なかなかいいんじゃないか?」

 俺は部屋を眺めて、そう言った。

 王子の部屋に隣接するように増設された部屋。

 急ごしらえのわりに、ちゃんとしている。

 何より、土作りで壁が厚いのがいい。

 ちょっとくらいの爆音や爆風には、びくともしなさそうだ。

 しいて言えば、密封性が高すぎて熱と湿気がすごそうなのと、窓も土製なので、換気のための窓の開閉がいちいち重いということだな。

 

「なかなかいいんじゃないか……? はぁ!? 何様!? お前に寝室はいらない。床で寝ろ!」

 なんでこいつは俺に厳しいん?

「いえーい!」

 ネネはキャッキャッとベッドの上で飛び跳ねる。

 どこの世界でも幼女がベッドですることは共通なんだな。


 なお、テーブルとベッドぐらいしか家具はない。

 最初はこんなもんだろう。

 徐々に実験に必要な道具をそろえるとするか。


「ちょっと待てええい!」

 シェリーヌが叫ぶ。

 なんだなんだ。さわがしいやつだなこいつ。

「なんで1部屋にベッドが2つある!?」

「ネネと俺のベッドに決まってるだろうが。1つのベッドに2人で寝ろってか?」

「別々の部屋で寝ろや! ロリコン野郎!」

「ロリコンじゃねーから! ネネが一人で寝たくないって言うからこっちはしかたなくだな!」

「しかたなくとか言いつつ、内心ハァハァしてんでしょ!?」

「してねえ!」

「問答無用!」


 シェリーヌが俺に向かって、両手の人差し指と親指で三角形を作る。

「え? 何その魔法! 黒い霧が集まっていく……! なんて幻想的なの?」

「いやいやお前、数秒後には小指サイズにつぶされてるぞ」

 王子がそう割って入る。


「ダメー!」

 ネネがシェリーヌの腰に巻き付き、止めようとする。

「ネネちゃん! ダメなのはこいつ! まどわされないで!」

 ネネがいなかったら、俺は3回くらい、こいつに殺されてんな。


「で、なんで俺は正座されられてんだぜ?」

「ロリコンを直すのには精神修養が一番らしい」

「ロリコンじゃないって言ってるだろぉ!?」

「ネネも、お座りする!」

 ネネが俺の膝の上に座る。

「ちょ、ネネ! 正座の上に座るのきつい! しびれる! しびれる!」


 正座から解放され、新築?の部屋で四人で食事をとる。

「どうだ? 俺の国の食事は」

 王子がそう尋ねる。

 麦飯に、鳥の焼きもの、サラダにスープ。

「おいしい!」

 ネネは目をキラキラさせて、鶏肉をほおばる。


 うん、悪くない。

 でもなあ。

 王族の食事だから、鳥の焼き物の中にハーブやチーズあたりが仕込まれてたりするのかと思ったら、普通に内臓。

 麦飯も芯が残ってるし、スープも生臭い。

「あんまり美味しくないな」

「おい、食事にありつけるだけ、感謝して泣きながら地面に頭をこすりつけろよ?」


 シェリーヌがめちゃくちゃにらんでくる。

 なにそれ怖い。

 シェリーヌはいちいち突っかかってくるな。


「そうか。お前の国の料理はさぞかし美味しいんだろうな」

 王子は俺の発言にいちいちつっかかりはせず、同調してくれる。

 器が違うよ器が。

「まあ、この料理の10倍くらいはうまいと思うぞ」

 王子の言葉に、そう答える。


「そうか、そりゃすごいな!」

 王子が笑う。

「いったい、どんな料理なんだ? 作れるか?ヒーロー」

「そうね。そこまで言うんだから、作ってみせてほしいわよね」

 王子の言葉に、シェリーヌが悪意に満ちた言葉で便乗する。

「言ったって、俺は料理人じゃないから簡単なものしか作れないぞ?」

「え、ハカセ、料理できるの? ネネ、たべたい!」


 ネネがそう言ったから、作る流れになってしまった……。

 

「ここだ。朝食の仕込みで慌ただしいが、うまくやってくれ」

 帽子をかぶった女性の方々が、忙しく駆け回ってる。

 皿洗い担当は、ヘチマみたいな植物で磨く担当と水魔法で洗い流す担当、布で拭く担当に別れてる。

 大きい鍋のようなものには、2人ずつ使用人がついていて、火魔法担当と、かき混ぜ担当で別れているようだ。

 これが異世界の厨房よ。

 魔法が息づいている。

 うん、ロマンを感じるな。


「みんな! 今日も美味しい料理をありがとう!」

 王子の声に、使用人がいっせいにこちらを向く。

「坊ちゃん!」

 鬼気迫る顔で忙しそうに作業していたのに、王子の顔を見つめるなり、顔がゆるみ、目を細める。

「頑張って作ってるかいがあるわ~」

 そう言いながら、感謝の気持ちを述べるおばちゃん達。

 王子は料理のおばちゃんにも人気があるらしい。


「こいつが夜食を作ってくれるっていうから、ちょっと厨房を使わせてくれな」

 俺のことを親指で指しながらそう俺を紹介する。

「坊ちゃんの頼みなら全然問題なし! おいしいの頼むわよ!」

 元気な返事が返ってきた。

 夜食は体に悪いとかって止めてくれてもいいんだぞ?


「材料はここらにあるもんを適当に使ってくれ。4人分くらいなくなっても問題ないだろ」

 王子はそう言ってくれるが、この世界の材料に、どんなものがあるか知らないんだよな。

 卵は卵の形してるけど、俺のイメージする卵の味するかわからんし。

 この野菜はしぶいか甘いかもわからん。

 調味料は塩ぐらいしかなさそうだし。

 鍋は鉄じゃなくて、土鍋だし。


 よし、無難におじや作るか。


 完成した。


「なんだこれ、うま!」

 王子がかき込む。

「んー! んー!」

 ネネに至っては、口に入りすぎて、言葉になってない。

 シェリーヌは無言で食べ続けている。


「こんな、柔らかく麦飯を食べることができるんだな。これなら胃腸の弱い者も食べられそうだ。それに卵の風味も良い。それと塩加減も抜群だ。塩というのは臭み消しと味付けしか知らなかったが、麦の甘さを引き立てることができるんだな」

 王子が絶賛してくれている。

 おじやでこんなに喜んでくれるとは。


「ハカセは、お料理ハカセだったんだ!」

 ネネは目をキラキラさせる。

 そんなハカセは望んでいなかったな。

「あんたにも特技のひとつくらい、あったようね」

 シェリーヌは口元を袖で拭いつつ、おかわりを要求してきた。

 それなりの地位におわす方なんだから、お行儀良く食べなさいね。


 食事が終わり、ネネは眠い目を擦りながらベッドに向かった。

 すぐ寝息が聞こえてくる。

 シェリーヌと俺で食器の片付けをする。


「あんたさあ」

 厨房に食器を運びながら、シェリーヌが俺に話しかける。

「なんでそんなに平気なわけ?」

「何が?」

 ロリコンなのに生きてて平気なのかってことか?

 ロリコンじゃないけど、ロリコンにだって人権はあるんだぞ。ロリコンじゃないけど。


「自分の故郷に戻りたいって思わないの? ふつうは、残してきた家族とか同郷の人のことを考えるでしょ」

 そっち?

 急に会話を転換させてきたな。

「いや、俺だって故郷くらい……」

 まったく何とも思ってないな。

 自分でもビックリするわ。


「……あんたも故郷をなくしたの?」

 シェリーヌが、俺の沈黙を真剣に察してくれたせいなのか、ちょっと声のトーンを落として聞いてきた。

 気を遣ってくれてんのか。


「いや、故郷はいたって無事だ。父親も母親も健康そのもの」

「え? じゃあ迫害されていたとか?」

「いや、そんなことはまったくなく、近所の人も学校もアットホームな感じだったぞ。気味が悪いほどに」

「あんた、学校なんて行ける身分だったの。だからそんな世間知らずで危険察知能力が低いのね」

「いや、うちの国は全員が9年間学校に行けるんだよ。そのあとの3年間も国民ほぼ全員、就学する」


「……信じられない。そんな国が存在するの? どこからそんなお金が出てくるっていうの?」

「ほぼ税金だな」

「税金……。我が国でやったら、国民が餓死するわね……。そんな国に生まれたっていうのに、ますます分からない。なんで帰りたくないのよ」

「理由って、必要?」


 夕焼けがちらついた。

 秘密基地で見た夕暮れだ。

 俺はあそこから少しずつあの世界とずれていった気がする。


「薄情ね」

とシェリーヌは言った。

「私、あんたのそういうところ、嫌いよ」

「そうなの? 俺はお前のこと好きだけど」

「やっぱり殺す!」

「ああ! その魔法もかっこいいけど、どうせなら新しい魔法で殺して!」


 シェリーヌはお帰りになった。

 結局夕飯までいたけど、ヒマなのかあいつは。

 魔物襲来の元凶が分かったんだ。

 こんなところで油を売ってるヒマもないだろうに。

 俺でストレス解消したかっただけだろアイツ。


「シェリーヌは行ったか?」

 王子は、どこにいつの間に姿を消していたのか、再び現れた。

「王子のくせに、シェリーヌが怖いと」

「泣く赤子とシェリーヌは苦手でね。これで邪魔者がいなくなったことだし、酒でも入れるか!」

「まだ17歳なんで」

「なんだよ、お前の国では酒を飲むのに年齢制限があるのかよ。かわいそうに」

 片手に茶碗持ってる。

 この王子、もう飲んでやがる。


「まあ、いいや。とにかくお前の国を聞かせてくれよ」

「なるほど。じゃあ、その前に魔法の訓練をば」

「お前……、いい性格してるな。部屋用意させて、飯も食べて、さらに要求するのかよ」

「契約は契約だからな」

「分かったよ。そこまでもったいぶるんだったら、お前の話、期待してるからな?」


 王子がイスに座る。

「で、何の魔法を使いたい?」

「まず魔力をあげる基礎練習とかしなくていいのか?」

「魔力を上げるのは魔物を狩るのが一番だ。今日はもう日が暮れるし、無理だろ」

「なぜそれをもっと早く言わない!? 行くぞ! 魔物狩り!」

「いかねーよ! 話を聞け!」

 王子が立ち上がった俺を座らせる。


「今のままじゃ、返り討ちだろうが。魔法を瞬時に、自分のイメージ通りに発動させる技術がないと話にならない。だから、まずは魔法の練習だ。いいな?」

「アイアイサー!」

 魔法の練習か! 望むところだ!


「じゃあ話を戻そうか。なんの魔法を使う? なければこっちで勝手に適正を見るが」

「回復魔法(ヒール)で」

「ヒール? 攻撃魔法じゃなくて? 補助魔法覚えたところで、魔物を直接倒せないと、魔力はあがらないんだぞ」

 そうか。補助してても経験値はあがらないのか。


「でも、それでも、この魔法を使えないと、使えなかった原因を知らないと、他にいけない」

 ネネの母親の顔が、よぎる。

 その顔と、ネネの顔がだぶった。


「訳ありか。まあ、そういう強いこだわりは必要だ。魔法の威力を高める。それに、回復魔法も攻撃魔法も基本は一緒だ。一つを極めれば、他のレベルもあがる。いいだろう」

 王子が手を広げる。

「おおかた、一番大事なときに回復魔法が使えなかったんだろ? その原因、教えてやるよ」

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