第10話「アイム ヒーロー」

「イエス」

 モンスター襲撃事件はプキトル国が黒幕かという質問に、俺はそう答えた。

「なんでお前が、プキトル国が黒幕かどうか分かるんだ?」

 さっきまでの大らかなで適当な無頼漢な感じがまったくなくなり、俺の目から隙を見つければ、命を取りかねない。

 そんな感じすらある。

 迫力あるな、この王子。

 生半可に答えてはいけない緊張を感じる。


「イエスかノーで答えろというルールは?」

「ここは裁判所じゃない。俺にわかるように説明してくれればいい」

 そうなのか。


「理由は、プキトル国製の街灯だ」

 街灯の話と、それがどう魔物を引きつけていたか、原理を説明した。


「街灯の充魔か」

 俺の話を聞いた王子は、そう呟いた。

 充魔、つまり魔力を充電するってことだな。

「すごいでしょー」

 ネネは自分が発見したかのように、胸を張って王子にそう言う。

「それを発見したふりをして俺に恩を売ることで、この国に取り入ろうと思ったか?」

「疑ってるのか?」

 この国の救世主くらいに崇めてもらって結構なのだが、まさか容疑者あつかいとは。


「ああ。だってタイミング良すぎだろ? 身元不明のお前がなぜかこの国の近衛隊に保護されて、その日に我が軍が解決できなかった事件の原因を突き止めてしまう。普通に考えてめちゃくちゃ怪しいだろ?」

 正確には翌日だけどな。


「博士は怪しくない!」

 ネネがそう叫んだので、あわててシェリーヌが口元を抑える。

「ネネちゃん、おりこうさんだから、少し黙ってようね? 博士はきっと大丈夫だから、信じて話聞いてよう?」

 お前だって怪しいと思っているだろうに、よくそんなに心にもないこと言えるな。


「普通に考えるとそうかもしれないが、この国に恩を売ろうと思ったことも、この国に取り入れてもらおうともまったく思ってなかったな。それでネネの気が済むならと、協力してただけだ」

 なるべく間違いないように、そう答える。

 正直に答えたつもりでも、間違ったことを話したら、それも魔法発動の条件になるかもしれないしな。


「そうだよ! 博士はネネのためにきょーりょくしてくれたんだもん!」

 ネネが、シェリーヌの手から逃れてそう抗議するが、王子は一瞥もせず、じっと俺から視線を外さない。

 蛇ににらまれたカエルって、こういう感じなのかな。

 王子の気分次第で、簡単に俺の命は終わる。

 まあでも、俺にやましいことなんか何もないんだから、正直に答えれば済む話だ。


「思ってなかったんなら、誰かに命令でもされたか?」

「命令もされてない。全部自分の意思だ」

「そうか」

 王子は、そう短く答え、フィガロに視線を移した。

 フィガロはうなづいて見せた。

 王子はそれを見てうなづき返す。

 俺の言っていることが事実か確認したんだろう。

 目の前の黒ワンちゃんはこちらをジッと見つめ、特に何もしなかった。

 俺が真実を述べている間は、何もしてこないらしい。


 王子は考え得るすべての可能性をつぶしていくつもりなんだろうな。

 スパイなのか? とか、敵なのか? とか、簡略な質問だと取りこぼしそうな可能性を探っているように見える。

 豪快なように見えて、慎重なタイプだ。


「シェリーヌ、街灯の対処はどうした?」

「全国に我が隊を走らせ、充魔の際は屋内でやるようにという指示を出しているところです」

「街灯の廃棄ではなく、その指示にしたのはなぜだ? 用心に用心を重ねるお前にしては、珍しい判断だな」

「そう簡単にインフラを奪ってはならないと、この者に助言され、そのようにしたほうが良いと私が判断しました」

 判断は自分の責任と。

 うむ。社会人としては良い性格だ。


「そうか。良い判断だ。しかし、危うい。伝え方と伝える際の熱量のばらつきで、民はその作業を疎かにしてしまうかもしれない。確認作業が必要だな」

「かしこまりました」

 シェリーヌの返事に、王子はうなづいた。


「さて、次の質問だが、お前はどこから来た?」

 素性の洗い出しか。

 まあ、そうだよな。

「日本から来た」

「ニホン? 聞いたことないな」


「たぶんだが、俺は異世界から来た。俺の知らない地球のどこかの国という可能性も考えられるけど、魔法が使えなかった俺がここに来て急に使えるようになったからな」

「異世界? 魔法が使えない世界? そんな話、信じられると思ってるのか?」

「事実としか言えない」

 王子がフィガロに視線を移す。

 フィガロはいぶかしがりながらも、うなづいた。


「その異世界から来た経緯を話せ」


 ゲームからこの世界にきた経緯と、城に来るまでの話を一部始終、話した。

 周囲は静まりかえっていた。


 王子はフィガロに視線をうつした。

 フィガロは眉をひそめていたが、王子の視線に気づき、うなづいて見せた。


「おもしろい話だな。異世界か」

 王子は口元だけ笑みを浮かべた。

 目元は怖いのに、隠しきれない好奇心が口元に出ちゃっているという顔をしている。

 子どもみたいな人だな。

 尋問中なのに、おもしろいとか言っちゃてるし。


「ゲーム、だったか? わざわざモンスターと戦う空間を用意するなんて、俺にはない感覚だな」

 王子がそう感想を述べる。

「スポーツと一緒だ。遊びだよ」

 この世界にスポーツがあるか分からないが。

「お前の世界では、そういう鍛錬法があるのか」

 この世界では、スポーツは鍛錬の一種なのか。

 まあ、ゲームを通じて鍛えられる要素もあるっちゃあるしな。

 基礎体力はまったく向上しないが。


「しかし、そんな魔法は聞いたことがないな」

王子がそう言う。

「魔法じゃなくて、道具だな。この国だって、魔法に頼らない道具はあるだろ? 日本、というか地球は、魔法が使えないから、道具を発展させているんだ」

「道具が自分の意志で動いたり、空間を作ったり、映像を見せたりすることができるというのか?」

「そうなるな」

 王子は視線をフィガロに移すが、フィガロはうなづくしかないよな。

 

「じゃあ、火を起こす道具は存在するのか?」

「もちろん」

「戦争するにも、道具を使うのか?」

「そうだな」

「もっとも高い殺傷能力はどれくらいだ?」

「もっとも高い殺傷能力?」


 なんだろう。原子爆弾か?

「70年前の兵器だから威力は向上しているかもしれないが、たしか爆心地から1km内で、90%の人が亡くなったと聞いたな」

 修学旅行で広島に行ったばかりだから、なんとなく記憶は新しい。

「なんだと! 範囲が1kmだと? それで90%が死亡? そんな魔法、聞いたことがない!」

 王子は叫んだが、それは非難ではなく、どこか喜んでいるように見えた。

 国を治める者として、強力な兵力は魅力なんだろうな。


「その道具の作り方は知っているのか?」

「いや、知らない」

「それはそうだな。国家機密だろうしな」

 知らないことは知らないと言えば、殺されることはないだろう。

 黒ワンちゃんは黙ってこちらを見ている。


 なんだか、質問の趣旨が違ってきているような気がするな。

 俺の真偽をはっきりさせるということから、前の世界のことを知ることにシフトしている気がする。

 まあ、自分の国にない技術があって、それが強力なものだったら、取り入れたくなるだろうな。

 俺が魔法に興味を持ったように、王子は科学に興味を持ち始めた、というところか。


 ん、じゃあこれをダシに、魔法教われるんじゃね?


「空を飛ぶ道具なら作り方を知ってるぞ」

 そう切り出す。

「本当か!? それは人を乗せて飛べるものなのか?」

「ああ、もちろんだ」

「どれくらいの人を乗せられる?」

「大型で500人以上乗せれたと思う。が、そんなに高性能のやつは作れないぞ」

「この城下町の人口ほどの人数じゃないか! すげえな! 軍用か? 交易か? 他国との交流用か?」

 食いつきすごいな。


「全部やってるな」

「おいおいマジかよ! 高度は? 航続距離は? 速度は?」

 めちゃくちゃ喜んでるな。

 飛行機は無理でも、気球くらいなら作れんだろ、たぶん。

 嘘はついてないよな……?

 黒ワンちゃんを見ると、目つきが変わったようにも見える。

 今のはちょっとギリギリだったか?

「空飛ぶどーぐ? やっぱり博士はすごい!」

 ネネは目をキラキラさせた。


「教えてくれ!」

 王子が俺の肩をつかんで、そう言う。

 目をキラキラさせているのは、ネネだけじゃなかった。

「空を飛ぶ魔法はないのか?」

 ホウキを使って飛ぶのは初級魔法なイメージだが。

「もちろんある。が、誰にでもすぐ使えるわけじゃない。こいつも苦手だから馬に乗ってるわけだしな。何より物を運べるってのがいい。それだけ運べるなら、交易が盛んになるぞ! それに隣国との交易に縛られなくて済むしな!」


「王子」

 シェリーヌはムッとした顔で立ち上がり、王子の耳元に口元を寄せて耳打ちした。

「こいつ相当頭イっちゃってますよ……。関わらないほうが良いかと」

 おい聞こえてんぞ。

いつまでも偉そうな態度とれると思うなよ?

俺が成果を出して重用されたあかつきには、お前を部下にして、犬のかっこうさせて三回回ってワンと言わすぞ。

「それはいいな。ふへへ」

 俺がそう言うと、俺の考えを読み取ったのか、シェリーヌは汚物を見るような目で見ていた。

 そのさげすむような視線、イイネ…!


「関わらないほうがいい、だって? これが真実であれば、相当すごい話だぞ?」

「真実であれば?」

 王子の言葉に、フィガロが不機嫌そうに反応した。

「フィガロの魔法を疑っているわけではないさ。信用してなければこの場に呼ばない。しかし、誰かが信じている真実が、世の真実を映し出しているとは言えないしな」

 確かに。

 俺の妄想であっても、俺が真実だと思っていれば、俺の良心は俺を殺さないだろうしな。


「こんなの、真実なわけないじゃないですか! 妄想に決まってます!」

「いいじゃないか。妄想だろうがなんだろうが、こんなに面白い話は久しぶりだよ」

 王子はいかにも楽しそうに笑う。

「この話のどこがおもしろいのですか……。こんな妄想話に振り回されて、王家の恥ですよ!」

 シェリーヌが王子をたしなめる。


 王子はシェリーヌに顔を向け、にやりと笑う。

「妄想かどうかは作らせてみれば分かる。できなければ笑い話でいい。別に恥でも構わん。でももし、多くの人を乗せて空を飛ぶ道具ができたら……、その時は」

 王子は壁しかないこの部屋で、遠くを見つめ、

「世界が変わるぞ?」

 こらえきれずに笑う王子を、シェリーヌとフィガロは、こいつ大丈夫か?的な視線を送っている。


 なんだか盛り上がってるな。

 世の中、ギブアンドテイクよ?

 この世界でもそうだろ? たぶん。


「空を飛ぶ道具を作ってもいいけど、ボッカ・デラ・ベリタとかいう魔法を教えてくれ!」

「は?」

 王子は、俺の言葉に素で驚いたような顔をした。

 王子だけじゃなくて、フィガロもシェリーヌも同じ顔をしていた。

「立場をわきまえなさい! あんたは尋問されてるのよ?」

 すぐシェリーヌが声を荒げて俺に注意する。

 

「あっはっはっは」

 王子が大きく笑った。

「いいねえ、その性格! 自分の命を握られてるっていうのに、恐れずに交渉するかよ普通! いいだろう。契約成立だ。フィガロに指導してもらえ。ただ、そう言うからには、お前の話、信じていいんだよな?」

「たぶんね」

 そう答える。


 できると思っていることと、実際にできることに差があるのが世の常だからな。

「やってもらうさ。なんとしてもな。それが契約ってもんだろ?」

 王子の目の奥に静かな怒気を感じた。

 できなかったら死ぬな俺。 


「おい、なんで俺が巻き込まれているんだよ」

 フィガロが不満を主張する。

「国の役にたつんだ。栄誉だろ?」

「こんな雀の涙しか魔力がないやつに、使えるわけないだろ?」

 このセリフ、シェリーヌにも言われたな。

 やっぱりまず魔力がないと話にならないのか。

「じゃあ、別に違う魔法でもいいぞ」

 俺をワクワクさせてくれる魔法ならな。


「分かった。お前さ、俺の部屋に住めよ」

 王子がそんなこと言う。

 おう、いきなり同棲プロポーズか?

「空を飛ぶ道具もそうだが、俺はお前の話をもっと聞きたい。でさ、お前は魔法を知りたいんだろ? 俺はボッカ・デラ・ベリタは無理だが、他の魔法は教えてやれる。で、ボッカ・デラ・ベリタがいけそうだなと思ったら、改めてフィガロに要請する。それでどうだ? それでだ、俺は時間が惜しいから、衣食住を提供する代わりに俺の部屋に住めよ。悪くない話だろ?」


「たしかに!」

 四六時中、魔法を教われるなんて、最高やん!

「ネネも一緒に住むー!」

「おおー住め住め。いいだろ? ネネが助手なら、空飛ぶ道具もはかどるぞ?」

 俺とネネの言葉に、王子はうなづく。

「お前が必要だと言うなら、一人くらい増えても構わんよ。むしろ、もっと必要だったら言ってくれ。できる限り用意はする」


「な、な、な」

 シェリーヌが口をふるわせて言葉になってない。

「こんな怪しいヤツを城に住まわせるなんて、許されるはずないでしょうが!」

 あいかわらずシェリーヌは声量でかいな。

「怪しいもなにも、この尋問でこいつの素性は明らかになったじゃないか」

「そんなの、全部こいつの妄想に決まってるじゃないですか!」

「どちらにせよ、この国をどうこうしようとか俺に危害を加える気は無いだろ」

 王子はシェリーヌにそう諭すと、こちらを向いた。


「お前、名は何という」

「英雄だ」

「イディオ? 変わった名前だな」

 hとeの発音が苦手らしい。

 発音指導するのもめんどうだし、それでいいか。


「ここでは変わってるかもしれないが、俺の国では割と一般的な名前で、英雄えいゆうという意味だ。名前負けしているし、ヒーローになるつもりもないけどね」

 ここに来てから結構経つ気がするが、初めて名前を聞かれたな。

「いい親御さんじゃないか。じゃあ、これから英雄ヒーローと呼ぶことにしよう」

 ヒーローになるつもりはないって言うに。


「英雄、お前が真実を証明すれば、民は多く救われるだろう。そしたら名、実ともに、お前はヒーローだ!」

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