第9話「裁判魔法すごい」

「失礼」

 マッチョな男にそう言われて、手に縄をかけられた。

 今さら縛る必要ある?

「さあ、行くわよ」

 女王は馬を引き連れて、そう言う。

 これから俺たちは、こいつらの城に行く。

「これで行くんか?」

 女王に縛られた手を見せる。

 乗馬するのに、手を使えないのは危ないと思うの。


「いいから乗れ」

 女王は片手で俺を持ち上げると、馬のケツに乗せた。

 そして俺がバウンドしている間に、女王は馬に跨がり走らせた。

「なんで俺の着地を待ってくれないわけ!? もうそんなに急がなくてもいいんじゃない!? 狭いこの国そんなに急いでどこに行くの!?」

 この国の広さは知らないけど!

 馬が!揺れて!ケツがバウンドする!んほお!


「私はね、猛烈に怒っているの。一刻も早くこれを上に報告して、あいつらをぶっ殺す算段をしなくちゃね」

「そんなのちょっと馬を走らせたぐらいで変わんねーだろ!」


 体勢を整えて、ケツのダメージが少なくなるように腰のバランスをとる。

 ちょっと落ち着いた。

 よくもまあ、こんなに迷いなく馬を走らせられるもんだ。


 景色が早く後ろに通り過ぎていく。

 後ろを振り向くと、もう村が遠くに見えた。

 ………。

 村と言っても、見た目は盛り土が密集しているだけの荒れ地だ。

 けれどその盛り土、一つ一つに夢も未来も生活も家庭もあった。

 それらの盛り土は、それらが急に奪われたことの証に思えた。


「あの墓、誰も手入れする人いないんじゃないんかな」

 そう思わずつぶやくと、

「あとは自然に還るだけなのに、なんの手入れが必要なの?」


 そういう文化か。

 ベトナムだったか、墓の文化がないらしいし、珍しい話ではないんだろうな。

 でもネネはどう思うんだろ。

 両親は土に還って次の命になるのだと言われて、心に折り合いをつけることができるんだろうか。


 これから行く城のことを考える。

 ウソをついているかどうか分かる魔法があるという。

 ということは、火とか土とか、ありがちな魔法だけじゃなくバラエティに富んでるってことか。

 さぞ、いろんな魔法があるに違いない。

 これから向かうところは、つまり魔法のワンダーランド。

 言ってしまえば、魔法要塞都市だ!


「もうすぐ着くわよ」

 女王がそう言うので、顔を上げた。

 青い空が見えた。

 いつの間にか、少し小高い場所にいたらしい。

 城はどこだ、と視線を降ろす。

 そこには、青い空の下、眼下に広がる城下町、魔法のワンダーらん……


「ちっちぇ」

「聞こえてるわよ」

「いやだって、これ小っちゃいよ? 新宿駅のほうがよっぽど大きいじゃん? あ、そっか! 地下にあるんだな魔法要塞都市は!」

「地面の中に街があるわけないでしょ……」

 むうう。完全に小国じゃないか。

 ちゃんと魔法が発展しているんだろうか。


 辺りを見渡せる程度の山頂に、城は根付いていた。

 城下町の中央に位置している城は、周りの建物が低いせいか際だって高く感じる。

 近づいたら、案外バカでかいのかもしれない。

 その周りを囲むように城下町がある。

 城下町の入り口に到着する。

 門番が2人、立っていた。

 門番達は、こちらの姿が目に入った瞬間、こちらに手の甲を見せるようにして目の前に拳を作った。

 敬礼のようなもんだろうか。


「ごくろうさま」

 女王は馬上で同じポーズをとり、門を抜けた。

 

 門を抜けると、そこには生活があった。

 門から、おそらく城と思われる大きな建物まで、数キロ先まで一直線に道が続いている。

 メイン通りだろうか。道幅が5メートルくらいある。

 ちょっとした広場だ。


 道ばたで話し込む女性。

 路上で料理をしている男性。

 サッカーのような球技をする子ども。

 白い土の建物群を背景に、人々は思い思いに生きていた。

 なんだ、魔法の国とはかけ離れた普通の街並みだな。

 そう思った。


 良く見ると、路上で料理をする男性は、それぞれの手にフライパンを乗せ、手のひらから炎を出して、時々フライパンを中華鍋のように動かしながら器用に焼いている。

 サッカーをしていると思った子ども達は、風を起こしてボールを動かし、ボールを奪い合っている。

 井戸端会議で話がこじれたらしい女性達は、魔法バトルが勃発してる。

 す、すげえな。止めに入った男性が吹っ飛ばされたぞ。


 拳が震えた。

 ああ、俺は来たんだ。

 魔法のワンダーランドへ!

 やった! やった! YATTA!

 いやったあああああああ


「ここをまっすぐ抜ければ城に着くわよ。急ぎましょう」

 女王がそう言う。

 なるほど。そうか。

 よし、あのサッカーに混ざろう。


「なんだコイツ! いきなり乱入してきたぞ!」

 子どもが困惑しながら、俺を見る。

「ふふ! ゲームの時間だああああ!」

 さっそうとボールを奪う。

 万年帰宅部だが、子どもからボールを奪うくらい造作も無いこと!


「なんだあのおっちゃん! ぶっつぶそうぜ!」

「おおー!」

 子どもが一致団結して俺を倒そうとしてくる。

 年長っぽい子どもが、風を起こして自分の前にボールを引き寄せる。

「いい! いいよ! 君たち! ああ!」

「きもいな、このおっちゃん」


 急に後頭部を殴られた。

「おいおいスポーツに直接攻撃はルール違反だろお?」

 振り返ると女王が立っていた。

「……あんたはバカか。城までまっすぐだって言ってんだろおおお」

 二発目はボディブローだった。

「こええ……」

 子どもたちはうめいた。


 女王に襟元をつかまれながら馬のほうに連行されていくと、

「ミグラス王子……」

 女王はそうつぶやいた。


 王子? 王子がいるのか?

 さぞかし金髪イケメン長身育ちの良さを感じさせるオーラを出しているに違いない。

 そう思って動かした視線の先には、黒髪を後ろに束ねた野性的な御仁が立っていた。

 頬になんか生々しい傷あるし、取り立てホヤホヤ感のある毛皮を背負っている。

 ネネみたいな格好をしている子ども達に取り囲まれてる。

 たかられてんのかな。


「王子!」

 女王が俺を怒鳴りつけたテンションで王子に向かって叫ぶ。

「なにやってるんですか!」

 すげー声量。

 さすが女王。お前は母親か?

 というか、王子が出てきて女王って言い方だと混乱しそうだな。

 そろそろ本名で呼んでやるか。

 なんだっけ。


「なんだよ、めんどくさいやつに見つかっちゃったな。もうご帰還あそばせたのか?」

「ふざけないでください! また騎士をつけず、モンスター狩りをしていたんですか! もう少し自分の立場をわきまえてくださいよ!」

「騎士つったってお前らは忙しいし、いろいろと制限つけたがる。なんたって簡単過ぎておもしろくないだろ?」

 あっけらかんとミグラス王子が言う。


「おもしろい、おもしろくない、の話ではありません! この国の第一後継者である貴方がそんな調子でどうするんですか! これだから、のほほんバカ王子で言われるんですよ!」

「のほほんバカ王子か! そりゃあ傑作だ!」

 ミグラス王子がげらげらという擬音語が似合いそうな声で笑い飛ばす。


「笑い事ではありません! 国の尊厳に見合う人物にならないと、誰もついてきませんよ!」

「俺たちがついてくから大丈夫だよなー」

 周りの子ども達の1人が、会話に入り込む。

 他の子ども達も、そーだそーだとはやし立てる。


「シェリーヌ、お前だってこの中にいたじゃないか。俺なんかより、よっぽどやんちゃだったお前が俺についてきてくれてるんだから、大丈夫だろ」

 そうだ、こいつの名前、シェリーヌだったわ。

 王子、グッジョブ。


 女王、もとい、シェリーヌは王子の言葉に少し顔を赤らめる。

「私がついていくのは当たり前なんです! ミグラス王子の親衛隊なんですから! 貴方は我が国民すべてを統べるお人なんですよ!」

「あ、このねーちゃん顔赤くなってる!」

 子どもがそう指摘する。

 子どもは素直でよろしい。


「つんでれだー」

「あおはるかよ?」

 子どもがはやし立てる。

「違う! この悪ガキども!」

「わー鬼婆がキレた!」


「何事ですか?」

 ようやくシェリーヌの部下達が到着して、俺に聞いてくる。

 前に乗せられてるネネは、きゃっきゃと叫んでいる。

「なんか、ミグラス王子?に会った」

 そう答えると、部下は、げらげらと笑うミグラス王子に視線を移し、子ども達を追いかけるシェリーヌを見て、

「ああ……」

 と、いつものやつか、みたいな感じの返事をした。


 部下達は馬をおりたあと、ネネをおろし、ミグラス王子に向け拳を作り、敬礼をした。

 ミグラス王子も敬礼を返した。

 王子の身分でも、敬礼を返すもんなんだな。


「度重なる任務、ごくろうだった。次の任務に向けて、体を休めてくれ」

「ありがたき」

「ところで、その子どもと少年は生存者か? 孤児院に入れるにしては、少年のほうは年がいっているように見えるが?」


「それについては、私が説明いたします」

 シェリーヌが、急にマジメモードに入ってそう言う。

「こいつが、多発しているモンスター襲撃事件の原因を突き止めました」

「なんだと」

 ミグラス王子の顔が変わった。


「つきましては、裁判所での尋問を行いたく」

「馬を一匹貸せ。行くぞ」

 シェリーヌのセリフを遮って、ミグラス王子はそう言った。




 さっそうと馬を走らせるミグラス王子の背中を追った。

 街中でこんな走らせんでも、とは思う。

 それだけ、今回の件は大事だった訳か。

 そんなことより、いよいよ魔法で尋問が行われるわけか。

 ワクワクしてきたぞ!




 城門に着いた。

 城は堀で覆われていて、城門だけが橋を架けられている。

 橋にチェーンがかけられていて、それを引っ張れば門を閉じられる、中世ヨーロッパにありそうな城門だ。


「俺だ! 通せ!」

 ミグラス王子がそう叫ぶと、門番はあわてて道をゆずる。

 大きな庭を抜けると、ヨーロッパにある美術館ような建物が現れた。


「フィガロ! フィガロはいるか!」

 ミグラス王子はその建物の前で、そう叫んだ。

「そんな血相を変えて、いかがいたしまいたか?」

 ミグラス王子の切迫した声とは真逆の、落ち着いた老齢の声が聞こえた。

 大きな帽子をかぶり、高そうなゆったりとした服を着た、偉そうな人が現れる。


「最高裁判長官、フィガロを至急、呼び出してくれ!」

「呼び出されなくても、そんなふうにバカでかい声で話されたら聞こえるよ」

 そう言いながら、裁判所長と言われた爺さんと同じ服を着た男の子が現れた。

 大きな帽子はかぶっていない。


「これ、フィガロ。この方は第一王子であらせられるぞ。礼儀をわきまえなさい」

「役職で礼儀をわきまえるつもりはないね。僕が尊敬できる人だったら礼儀をわきまえてもいいよ」

 身長がネネよりやや大きいくらいのちびっ子なのに、態度でけーな。

 小学校高学年くらいだろうか。


「乗れ!」

 ミグラス王子は馬を走らせ、フィガロボーイの腕をつかむと、馬上まで引き上げ自分の前に乗せた。

「いきなり過ぎだろ!」

 フィガロはそう抗議する。

 激しく同意する。

 ミグラス王子は何も答えずに馬を走らせる。

 シェリーヌはそのあとを追う。


 すごい高い建物だ。

 ビル10階建てくらいに見える。

 今までは2階建ての建物すら見なかった。

 すべてが土作りだから、強度的な問題なのかな。わからんけど。

 

 そして、天に突き抜けろといわんばかりの、屋根の形状。

 なんちゃら大聖堂とか名前がつきそう。

 石像がいたるところに設置されており、格式が違う。


 特筆すべき点は、ガラスの窓だな。

 今までの建物には、ただ、採光や換気のためだけの穴があるだけで窓はなかった。

 

 ここが、明らかに本丸だ。

 建築家の傾ける情熱がすごすぎてびびる。


「シェリーヌ、それとお前、入れ」

 ミグラス王子が馬から下り、中に入るように促す。

「少しは説明責任を果たせ! 全然事情がわからないぞ!」

 フィガロ少年は悪態をつきながらも、ミグラス王子に優しく馬から下ろされる。


「ちょっと待ってください! 私らがパラスに入るんですか?」

 シェリーヌがあわてて王子にそう言う。

「何か問題があるか?」

 有無を言わさない迫力があるな。


「なぜ裁判所ではなく、パラスなんですか?」

「どこの仕業かはだいたい検討はついてる。だから誰にも聞かれたくない。それくらい分かれ」

 そう言って、ミグラス王子は中に入っていった。

 馬から下り、あとに続いた。

 ネネが当たり前のように俺の後ろに続いてきた。


「こら、お前は行っちゃいかん!」

 マッチョな部下に引き戻されそうになり、

「いや-! ネネも行く!」

 叫ぶ。


「おいマッチョ。ネネも行くぞ。ネネは被害者で当事者で一緒に原因を突き止めた同志だ。俺が行くんだからネネも行くに決まってるだろ」

「ちょ、あんた、何勝手なことを」

「なるほどな。よし、ネネも来い」

 ミグラス王子は話が分かるな。

 まあ、隙が多そうでもあるが。


 案内された部屋は、思ったよりも質素な部屋だった。

 いや、この国基準では豪華なのかもしれんけど。

 ベッドもテーブルもある。

 そしてラッパみたいな楽器が置いてある。


 この部屋に来るまでの廊下のほうが威厳があったな。

 赤色の絨毯じゅうたんに、ものものしい石像。

 この部屋には絨毯も石像もない。

 ただ、モンスターの毛皮はいたるところにある。

 床、壁、天井。

 暖炉には熊っぽいモンスターの生首が飾ってある。

 カナダでは熊じゃなくて、角が立派な鹿の生首だろうけど。

 猟師の家かここは。


「この奥の部屋だ」

 コンクリートみたいな土壁に囲まれた部屋だった。

「牢屋かここは。俺はこんなところに入りたくない」

 フィガロ少年がそう悪態をつく。

 まあ、同感だ。

 ちゃんと空気穴あるんだろうな?


「殺風景だが我慢してくれ。ここは俺が集中したいときに使ってる部屋だが、音も漏れにくい」

 扉を開けて、入るように促される。

 中に入ると、まじで何もない。

 ただ土壁。

 こんなところにいたら発狂するんじゃね?


「わー! 秘密基地みたい!」

 ネネの明るい声は世界を照らす。

 まあ、秘密基地だと思えば悪くない、か?


 ミグラス王子は扉を閉める。


「じゃあ、フィガロ、この男にあれを頼む」

 フィガロ少年はじっとミグラス王子を見つめた後、目力の強いミグラスの迫力に観念したのか、俺に手のひらを向けた。


「ボッカ・デラ・ベリタ」

 フィガロ少年がそう唱えると、地鳴りが聞こえた。

 何かと思ったら、黒犬の頭をもつ人の形をしたやつが現れた。

 身長3メートルくらいのがっちりした体型で、赤い瞳をもち、手には天秤を持っている。

 びっくりして、尻餅をついた。


「なんだこいつ、めちゃくちゃかっこいい……! え、なに? これ魔法なの? やば!」

 俺が驚いてそう言うと、

「そうだ。何が見えているか知らないが、お前の目の前にあるのはお前自身の良心だ。イエスかノーで答えろ。少しでもウソをつけば、お前の良心がお前を殺す」

 フィガロ少年がたんたんと説明してくれる。

 いい雰囲気出してくるね! 大魔導師って感じだね!


「よおし、ばっちこい! どんどんやってくれ! 少しくらい攻撃してくれてもいっこうに構わん!!」

「なんだこいつ。話聞いてないのか? お前の良心が攻撃するときはお前が死ぬときなんだぞ」

 フィガロ少年は呆れた口調でそう言う。


「よし、じゃあ第一問目だ」

 ミグラス王子が口を開く。

「モンスター襲撃事件の黒幕は、プキトル国か?」

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