第7話「犯人はあいつだ!」
これはもう確信に近い。
今回の襲撃は、人為的に行われている可能性が高い。
サラマンダーは確固たる目的があって、ネネの村に移動している。
たまたま近くを通ったわけではない。
ネネの村ははるか遠い。
目視できない位置から、サラマンダー達ははっきりとその位置を把握している。
サラマンダーは何をもとに、村の位置をつきとめたのか。
分かるのは、人には分からない何かをかぎ分けている、ということだ。
……何も分かってないのと同義だな。
匂い、だろうか。
魔物にしか感じ取れない香水を村にぶちまけたとか。
いや、そんな目立つ行為をするだろうか。
しかも、なんの特徴もない村だ。
軍事的拠点だったり、政治的要人がいるわけでもない、そんな村にそんなリスクをかけるか?
「あんた、何アホ面してぼーっとしてんのよ。わざわざここまで連れてきてあげたんだから、少しは考えてよね!」
女王が俺の思考を遮ってそんなことを言ってくる。
「アホ面ちゃうわ! 考えとるわ!」
こいつはつくづく俺のことをバカにしてるな。
生涯のうちでトップ3に入るレベルで真剣に考えているっていうのに、言うに事欠いてアホ面とは。
こいつは俺をけなすために生まれてきたのか。
『とことん情けないわね……。やつらは襲ってこないわよ』
女王から言われたセリフがよぎる。
まあ、これはモンスターにびびって腰抜かした俺を、ネネがかばった時だからな。
言われても致し方ない。
うん?
そういや、なんで埋葬の時にモンスターどもは集まってきたんだ?
甘い物にうじゃうじゃ集まる
……甘い物、か。
モンスターにとっては、それはやっぱり、人なのか?
「はかせー、おなかすいたー」
ネネがお腹を力なくぽんぽん叩きながら、悲しそうな顔でやってきた。
そりゃそんだけ村を駆け巡って、村から歩いてここまでくるんだから、相当にカロリーを消費したに違いない。
かくいう俺もめちゃくちゃ腹が減った。
甘いもの、食べたい。
今の俺はそう、甘い物を求めて彷徨う蟻だ、蟻なんだ……。
ぐうう……。
「じゃあ、さっき倒したモンスターでも焼いて食べましょうか」
さらっと女王がそんなことを言って、小型の牛のようなモンスターの足を握ったかと思うと、地面にたたきつけた。
頭蓋骨が割れて中身が飛び出し、目は飛び出した。
それでもかまわず、何度も何度もたたきつける。
「えぐい……」
思わずそう言葉が漏れた。
返り血、めっちゃ浴びてんぞ。
「そうそう。ちゃんと叩いて血抜きをしないと、えぐみがきついのよね」
「違う。そうじゃない」
ファイヤーでこんがりと焼かれたお肉を差し出される。
「無職だからって、いつも恵んでもらえるとは思わないことね」
いらない一言を添えられた。
一言言い返してやろうとしたが、肉の香ばしい匂いがする。
かじりついた。
「なんだこれ! めっちゃうんま!」
肉がかみ応えがあって、かじると油がじわーっとしみ出てくる。
血と肉が入り交じった香ばしい匂いが、肉を食らっている実感を感じさせる!
ああ、塩こしょうしてえ……。
「なんだか、これだけでも魔力があがった気がするな!」
上機嫌になって、そんなことを口走る。
「食べても魔力はあがらないわよ。倒すときだけ」
そういやそんなことを言ってたな。
そのモンスターの魔力を自分の体内に宿すらしい。
不思議なもんだ。どういう理屈なんだろう。
『……あんた、本当に何も知らないのね。人を襲う生物をモンスターと呼んでいるけど、その中でも魔法を使えるものを魔物と呼んでいるのよ』
女王のセリフがまたよぎる。
人を襲う動物は、前世でもいっぱいいた。クマとか。
この世界では、その中で魔法を使うモノと使わないモノがいる。
使うモノが魔物。
「食べても魔力はあがらない……」
ピンと来た。
はっとなった。
女王の言葉を反すうして、もやもやな雲みたいな集まりが合体して、はっきりと形を表しだした。
あの埋葬の時に集まっていたモンスターは、死体じゃなくて、人の魔力が狙いだった。
「人の魔力が、魔物の“甘いもの”だったんだ!」
人に宿る魔力を
そう思って間違いない。
そうすると、ネネが一人で歩いていたにも関わらず、襲われなかった理由も分かる。
魔力が少ない子どもだったから。
「じゃあ、そのあと襲われた理由はなんだ? そうか、魔法を使ったからか。体内に宿している魔力よりも、放出した魔力のほうが嗅ぎ分けやすいに違いない。オオカミが仲間を呼んだ様子もないのに、群れが俺らを襲った理由もそれか。オオカミが呼んだんじゃない、俺らが呼んだんだ」
「ちょ、いきなり目を見開いて半笑いなったかと思ったら、長文の独り言とか……、頭わいた? 頭だいじょうぶ?」
「女王! エウレカだ! 分かったんだよ! 謎はすべて解けた! 村に戻るぞ!」
村に向かって走る。
歩いてなんかいられない。
足が先行しすぎて、手と足がうまく連動しない。
空気を吸い込み過ぎてむせる。
まだ未消化な肉が胃の中で揺れる。
脇腹に痛みがさす。
何もかも気にならないくらい、脳汁がどばどば出てる。
「いきなり走り出さないでよ! 何が分かったのか教えなさい!」
村の外周につき、足をとめたところで、女王にそううながされる。
「お馬さんごっこー!」
ネネが女王の背中でそう嬌声を上げる。
女王はネネを背負ってきてくれたらしい。
ネネのこと、すっかり忘れてた。
街灯の前に立ち、まじまじと見つめる。
その中には、やはり水晶のような魔道具が置いてあった。
「この街灯を灯してくれ」
「え? まだ日は高いけど?」
「いいから早く
「なによ偉そうに……」
女王がぶつくさ言いながらも、手をかざす。
明かりが灯された。
しかし、何も起こらなかった!
「何にも起こる気配がないんだけど、これっていつまで待てばいいの?」
女王が冷たい眼差しで俺を見てくる。
「あるぅえー?」
俺の推理は完璧なはずだ!
これは敵国の罠だ! たぶん!
「あれだけ分かっただのなんだのと全力疾走して偉そうに私に指図したあげく、見当違いだったわけね……。恥ずかしいやつね、つくづくあんたって人は」
「ぐぬぬ」
こんなことしている間にまた日が沈もうとしている。
「はかせー。次はきっとうまくいくよ。泣かないで-」
「泣いてなんかないやい!」
ネネによしよしされながら、体育座りして夕日を見てる。
べ、べつに落ち込んでなんかないんだからね!
「なんで一番悲しいはずのネネちゃんに、慰められてるのよ……」
心底あきれたような声で女王が言った。
女王の顔に夕日がさして、鼻立ちが整っているから、日が当たったオレンジ色の右半分と影になった黒の左半分が映えた。
女王は続けた。
「もう捜索は終了ね。残念だけど。埋葬作業も終わってこの土地にとどまる理由もなくなったし、他に任務は山積みだからね。今日はもう帰還できないけど、明日の朝には発つわ」
そう女王が言ったら、ネネが立ち上がった。
「やだ! ネネはここで博士と一緒に残る!」
強い口調だった。
思わぬ反論に、女王もひるんだように見えた。
「ネネちゃん。もうずいぶん探したでしょ。それに、ここはもう廃村になるの。二人じゃ、きっと生きていけないよ」
「やだの! 犯人を見つけるまで、ここに残る!」
「わがまま言わないの!」
ネネはわんわん泣き出した。
女王は、しまった、という顔をした。
きっと、自分の子どもとか他人の子どもとか関係なく、厳しくしつけるタイプなんだろうな。
でもきっと、怒られたことは、ただのきっかけに過ぎない。
ネネはずっと泣きたかったんだ。
悲しさと寂しさと意味分からなさと、そんな感情の行き先をどうしていいのか分からずに。
こんな子どもでも、憎む相手は必要なんだな。
いや、子どもだからか。
なんとかしてあげたかったけど、俺じゃ力不足みたいだよ。
辺りがゆっくりと暗くなっていく。
街灯、一つだけついているのが見える。
あれ、点けっぱなしだったな。
昼間点けたから、全然目立たなくて忘れてた。
これから、見張りの人用に明かりをつけるんだから、ちょうど良かったか。
あ、消えた。
灯っていた光が消えて、思ったよりも夜は近づいていたことに気づく。
街灯が夜に溶け込んで見えにくい。
故障かな。
いや、やっぱりあれ、魔力で光を出しているんだよな。
魔力がなくなったら消えるよな。
この世界にも永久機関なんてないだろうし。
ん、待てよ。
「あれってさ、どうやって充電するんだ?」
「充デン? ああ、消えたのね。壊れたのかしら」
「違うよ!」
ネネが俺と女王の会話に入る。
「まりょくがね、からっぽになったらね、いれるんだよ!」
なにを? ああ、魔力か。
魔力?
「女王! あれにちょっと魔力を補給してみれくれ!」
「だから女王じゃないって……、なんなのよ。人を召し使いのように偉そうに使って」
そうぶつくさ言いながら、街灯に近づく。
その後に続く。
ネネも俺の様子に何かを感じたらしく、黙って隣を歩く。
「ここに魔力を込めればいいのかしら?」
そう言って手をかざす。
すると、紫色に輝く粒子が辺りにきらめいた。
それは漆黒の中に浮かぶアンドロメダ星雲のような、神秘的で、すべてを覆い尽くすような包括的で、言葉に表せない美しさだった。
「オオーン!」
モンスターの遠吠えが聞こえる。
遠目で見て分かるほど、モンスター達が浮き足立っている。
目をぎらつかせ、こちらを虎視眈々と狙っていた魔物たちとは思えないほど、理性を失っているように見える。
「この街灯だ。犯人は」
「は? 言ったはずよね。この街灯は原因じゃなかったって。森で点灯してもモンスターは反応しなかった」
「いや、そうじゃない。お前も感じただろ。お前が魔道具に手をかざしたときの立ち上る宇宙の神秘を」
「立ち上る宇宙のエネルギー? 何かのポエム?」
「つまり、魔力の補給の時に魔道具と反応して多大なエネルギーを発生する。それをかぎつけてモンスターが寄ってきたんだよ」
「まさか、だって、生産国であるプキトル国だって使ってるのよ」
「その国で魔力を補給しているところを見たことがあるのか?」
「………」
女王は街灯を引っこ抜くと、つないであった馬を一匹たぐりよせて跨がり、近くの森に入っていった。
しばらくすると、あの紫色のエネルギーが木々の間から立ち上っているのが見えた。
しばらくして、木々が揺れた。
かと思うと、きらきら光るガラスの破片のようなものが、木々に向かって空から降り注いだ。
アイススピアだ。
おそらく魔物が、街灯をもつ女王を襲い、返り討ちに遭った。
女王は馬を走らせ戻ってきた。
自分で走ったわけでもないのに、女王の息はあがっていた。
「あのプキ野郎ども……!」
女王の目はつりあがっている。
街灯を握る手が震えている。
「あの友好国気取りの偽善者集団め……! 我が国民を殺した罪をつぐなわせてやる……!」
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