第6話「推理なう」

 とはいえ、探索するには辺りは暗くなってしまった。

 夜は更けた。


 兵の簡易宿舎に泊めてもらえた。

 簡易宿舎といっても、土魔法で雪かまくらのようなドーム型のものを造り、水魔法をかけて、火魔法で乾燥させるというものだ。

 耐久性の問題なのか、大の大人が3人も入れば窮屈になってしまいそうな大きさで、遠目から見れば盛り土された墓のようにすら見える。

 そんな簡易宿舎が、廃墟になった村に乱立している姿は、あまり気味の良い物ではないな。

 その一つに、俺とネネがあてがわれた。


「わー! かわいいおうち!」

 この殺風景な盛り土みたいなものを、どう見たらかわいいのだろう。

 ネネはぴょんぴょん跳ねながら、宿舎の中へダイブした。

 中には布が敷かれているのみ。


 気温的にこごえることはないだろうけど、体中が痛くなりそうだな。

 ネネはそんなほぼ土の上を、手足を伸ばしたままごろごろと何往復かしたあと、ぴたっと止まり、寝息を立て始めた。

 寝付き良すぎだろ。

 まあ、今日はあんなこともあったし、疲れたんだろな。


 空いているスペースに横になる。

 ネネの寝息がぷくくくという音を立てている。

 熟睡だなおい。

 俺もすぐに寝付けそうなくらい体は疲れているのに、意識だけはハイになっていて目が冴えている。

 俺もいろんなことがあった。


 ネネに会った。

 魔法を初めて使った。

 オオカミに襲われて死にかけた。

 ものすごい威力の魔法を見た。

 疑われて縛られた。

 ネネのご両親が亡くなった。

 

 きつかったし、悲しかったけど、俺人生史上、最高に幸せな一日だった。

 ネネには申し訳ないけど。

 魔法を使えたことは、俺の命よりも価値があることだったんだ。


 さて、寝るか。

 今日は魔法無双する夢を見たいな……。


………

……


 オオカミに襲われ食べられる夢を見た。

「おい!これはなろう系小説なんだろ! 初期ステータス弱すぎだろ!」

 俺は謎な断末魔をあげながら目が覚めた。

 寝ぼけているのか、ネネがガジガジと俺の腕をかじっていた。

 オオカミの正体はこいつだったか。


 外に出ると、埋葬作業は始まっていて、無慈悲な氷の女王が指揮をとっていた。

 隊長と呼ばれてたし、やっぱり偉いんだな。

 昨日の埋葬作業は、土を掘り、遺体を並べる作業だった。

 今日はそこに土をかぶせる作業だ。


「ネネちゃん」

 右手と右足に包帯が巻かれた若い女性が、ネネに声をかけた。

「お姉さん」

 ネネがそう答える。

 昨日言っていた、この村の生存者か。


「ネネちゃんのパパとママが土に還るからね。最後にお祈りしにいこう」

「うん」

 ネネはそう言って、その人のシャツをつかんで、自分の体を寄せた。

 この人の前では心を開いているんだな。

 ちょっと寂しい気もする。


「………」

 ネネは立ち止まって、後ろを振り返ってこちらを見た。

 行かないの? という気持ちと、それを俺に聞いていいのか分からない気持ちが伝わってきた。

 いや、俺も分からん。

 よそもんの俺が、どこまで踏み込んでいいのやら。

 

「あんたさ、あの子を慰めるために引き取るようなこと言ってたけど、本気じゃないんでしょ? 中途半端に関わるのはあの子がかわいそうよ」

 ネネがしょっちゅう後ろ振り返るから、女王が釘を刺してくる。

 そりゃそうだな。

 中途半端は良くない。


「行ってくるわ」

「ちょ、ちょっと!」

「中途半端に関わるつもりはないから、御安心を」

 女王にそう言いながら、ネネに駆け寄る。

 行って何かできるわけでもない。

 でも、ネネが必要と思ってくれる間は、ずっと側にいるって決めたんだよね。


「博士!」

 ネネは俺が近づいてくるのをいち早く察知し、俺に手をふった。

 お姉さんは、こちらを向き怪訝そうな顔をした。

 いろいろ説明が必要だろうか。

 でもそういうの面倒なので、黙ってネネの隣を歩くことにした。

 ネネは俺のジャージをつかんだ。

 ネネがにっこりと笑う顔を見てると、他のことはどうでもよく思えてくる。

 お姉さんもそういう気持ちになったのか、頬を緩ませ、前を向いた。


 土が盛られたところが無数にある。

 そこで、花が添えられているところで立ち止まった。

「パパとママはここで眠ってるよ」

 お姉さんがしゃがんで、ネネにそう言った。

「起きるの?」

 ネネがそう聞いた。

 眠ってるって言われたら、そりゃ起きるのかもって思うよな。


「ううん。パパとママはね、土に還るの。そうして、この星の一部になって、木を生やして、動物たちの食事になって、その動物たちが人とモンスターの食事になって、また土に還って、そうして命は巡っていくの。魂は不滅なの。パパとママはネネちゃんのそばにいる」

 こういう宗教的な考え方って、どこの世界でも芽生えるもんなんだな。


「お祈りしましょう。パパとママに、ありがとうとさようならしよう」

 お姉さんは手を広げ、地面を触った。

 ネネと俺もそれにならった。

 これがこの村のお祈り方法らしい。

 土下座みたいだな。

 焼けて乾いた土の感触がする。

 地面に触ったのなんて、だいぶ久しぶりだ。


 お姉さんと別れて、女王の下に戻った。

「あたしは反対だからね」

 ネネは、そう言う女王の顔と、俺の顔を、何回も見比べた。

 こういう首が動く人形を見た気がする。


「けんかしてるの?」

「違うよ。愛を確かめ合っているんだよ」

「違う!」

 女王は、俺とネネの会話にすかさずツッコミをいれる。


「ネネちゃん。分からないかもしれないけど、この無職童貞についていっても、生活は成り立たないの。孤児院っていう、ネネちゃんと同じ境遇の子達が生活する施設があるから、そこに行きましょう」

「dddd童貞ちゃうわ!」

 童貞だけど! 無職だけど!


「行かない! ネネは博士といるの!」

「うむ。それでこそ助手だ」

 女王はうさんくさそうな目つきで俺を見た後、

「同年代の女性には見向きもされないので、そのはけ口を女児に求めるタイプっと」

「違うぞ!」




「まずは村の中を探索しましょう。被害の大きかったところから回るわよ」

 女王がそう言って、ようやく探索が始まった。

「持ち場を離れて大丈夫なのか? 捜査は他の人に任せてもいいんじゃないか?」

「大丈夫よ。むしろ捜査のほうがあたし的には重要だから」

 部下に任務じゃないことをやらせるの、気が引けるしね、と女王は付け加えた。

 任務じゃないことをすることには、気は引けないのか。


 改めて見ても、凄惨せいさんな焼け跡だ。

 そんなところ、ネネに歩かせて良いのかと思い、ネネのほうを見ると、当の本人はちょこまかと、がれきをの下をのぞきこんだり、廃屋の中に入り込んだり、ダンゴムシとたわむれたりしていた。


「廃屋が崩れて下敷きになるかもしれないから、危ないぞ」

「はーい」

 そう返事をするが、いっこうにやめる気配はない。

 もはや遊び心に火がついちゃってるな。


 焼け跡には特に何もなかった。

 なんだかなんだ、探索が始まってから長いこと経っている。

 でも全然成果らしいものはない。

 生存者に聞いてみても、ただ襲ってきたことだけ覚えていて、他に有用な手がかりはみつからなかった。


 俺に見つけられないだけで、見落としているだけなのか。

 ていうか、本当に人為的なものなんだろうか。

 そもそも人為的だろうと自然災害だろうと、俺ごときが判断できるのか?

 あったとしても、証拠的なものは燃やされてしまったのかもしれないし。


 ネネを見る。

 危ないって言っているのに、相変わらず、焼け跡の中に潜り込んでいる。

 さっきから良く体力がもつな。

 若いっていいもんだ。


「ネックレス見つけた!」

 ネネが溶けたネックレスを持ってきた。

「そうだな、すごいな?」

 銀製だろうか。

 どろどろに溶けたらしく、ネックレスの形状を保てず塊になっている。


「骨みつけた!」

「お皿みつけた!」

「虫みつけた!」

 

 おいおい宝探しゲームか?

 まあ、ネネの気が紛れるなら、それでもいいか。


 そう思っていた。

 ネネの表情から、笑みが消えていた。

 俺がそう思っていただけで、本当は最初から笑っていなかったのかもしれない。

 体中、擦り傷だらけだ。

 ふらふらじゃないか。

 

 そうだ。

 ネネはネネなりに、必死なんだ。

 どんな些細ささいなものでも、自分の仇につながるものを探し出そうとしている。

 ネネがここまで頑張っているのに、俺が頑張らなくてどうする。

 俺にしか気づけないこともあるはずだ。


 ネネから受け取ったネックレスが鈍い光を放っている。

 銀は比較的融点が低いが、それでも簡単に溶けるようなもんじゃない。


 エネルギーは無尽蔵じゃない。

 これだけの火力を維持していくのは、どれだけ魔力を要するのだろう。

 そもそも魔力の出所はどこなんだろう。


「女王よ、サラマンダーの死体はもう処分したのか?」

「ないわよ。死んだ瞬間に自分の体を焼き尽くすの。骨以外はすべて消し炭になるのよ」

 そうなのか。

 セルフで火葬できて、なかなかに便利な機能だな。

 死体から、何か分かるかと思ったんだが。

 サラマンダーを操るような機械が脳内に埋め込まれているとか。


「というより、何よ……。わたしは女王じゃないわよ。あんまり畏れ多いこと言わないで」

 俺の中ではすっかり女王で定着していたんだがな。

「シェリーヌよ」

 そう女王がぽつりと言った。

「へ? 何が?」

「話の流れ的にあたしの名前でしょうが! わざわざ名乗ってあげたっていうのに、失礼ね!」

「ちょw シェリーヌってwww そんなおしとやかな柄じゃないだろwww」

「ぶっ殺す!」

「おま! アイススピアやめて! 死ぬ!」 

 こいつはサラマンダーを超えた災害だわ。SS級だわ。こいつが群れで襲ったら地球も絶滅するわ。


 そういやサラマンダーの“群れ”って言っていたな。

 やつらはどうして群れで移動しているんだろう。

 それが生きるのに都合が良いからそうしているんだろうけど、どういうふうに都合がいいのだろう。

 単純に、他のモンスターに力負けしないように?

 熱が逃げにくいように?


 今回の事件は動物が引き起こした災害だ。

 サラマンダーの習性を利用した可能性がある。


「サラマンダーの痕跡をたどるぞ」

「痕跡?」

「サラマンダーがどう動いたか、そこにヒントがある気がする」

「気がする、のね。まあ、行ってみましょう」

 すんなりOKがもらえた。

 シェリーヌ女王もこれといった決め手があって動いているわけではないのだろう。


 さっそく痕跡をたどっていった。

 サラマンダー通ったと思われる跡は分かりやすい。

 通ったところをすべて焼き尽くしているから。

 ということは、モンスターのかっこうの餌食である。

 でも大丈夫!

 無慈悲な氷のシェリーヌ女王がいてくれるからー!


「どこまで行く気? さすがにもう疲れたわよ」

 シェリーヌがうんざり気味で声をかける。

 気がつけば、村ははるか遠い。

 その道すがら、たくさんのモンスターが倒れ込んでいる。


「すごいな」

 思わず声がもれた。

「まあね」

 お前じゃないが。


「途中に森、丘、崖があったが、最短距離であの村に向かっている」

「ああ。まあ、たしかにそうね」

 それが何か?って顔でシェリーヌはそう答える。

「その間に、他の集落を2つほど通り過ぎた。そこの村に被害はなかった。近くの村を襲撃せずに、ネネの村だけ襲っている」


 これは、本当に作為的なものかもしれない。

「こんな広い土地の中で、サラマンダーはどうやって村を見つけたんだろうな?」

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