第5話「おう、犯人捜しすんぞ」
この世界か、この村だけの習慣か分からないけれど、大量の遺体の埋葬が魔法によって行われた。
土魔法で穴が掘られ、重力魔法で遺体が整然と並べられる。
戦争とか、こういう大量に人が亡くなった場合、大きな穴が掘られて次々と死体が投げ込まれるのを想像していたので、なんだか安心したような変な気持ちになった。
それと同時に、魔法はこの世界にとって、生活の一部だと実感できて、すごく嬉しい気持ちになった。
魔法は、この世界に生きているんだ。
「多くの人が死んだっていうのに、ずいぶん嬉しそうね」
いつの間にいたのか、無慈悲な氷の女王様が、俺に向かってそう言った。
女王のほうに視線を向けると、その後方のほうにネネが視界に入った。
穴の前で体育座りをして、穴の奥のずっと奥を、じっと見つめている。
心に突き刺さるものを感じた。
たしかに、不謹慎だった。
普通は、この惨状を目の前にしたら、ただただ悼みがあるだけなんだろう。
俺は他の人に比べて薄情なんだろうという認識はある。
「嬉しくなんかない」
説明するのも面倒なので、短くそう答えた。
「そうなの? 自分の仕事が上手くいって喜んでいるんじゃない?」
そう言われて、自分の置かれている立場を思い出した。
俺は疑いをかけられている。
「この惨事を引き起こしたのが、俺だっていうのか?」
「そうね」
「そんなわけないだろ!」
荒げた声に、俺自身が驚いた。
こんなに感情的になったのは初めてかもしれない。
女王も少し目を見開いて、意外そうな顔をしている。
「……城に戻れば真偽がはっきりするんだろ。ここで詮索してどうするんだよ」
先の発言に上書きするように、俺はそう付け加えた。
「それもそうね」
女王は、あっさりと俺の言葉をのんだ。
疑っているにしては、あんまり踏み込んでこないのは、確信がないからか。
「どーしたの?」
ネネがいつの間にこちらに来ていたのか、俺のジャージを引っ張る。
俺がさっき声を荒げたから、心配になってきたんだろうか。
「何でもないよ」
頭をなでる。
ネネは目を細める。
それにしても、何か変だ。
女王が疑っているのって、今回の件なのか?
このサラマンダーとかいうモンスターの襲撃は、自然災害ではないのか?
自然災害でなければ、誰かがこの村にモンスターを襲撃させたことになる。
大量殺人だ。
「召喚魔法とか、モンスターを操るような魔法が存在するのか?」
そうだとしたら、なんて強力な魔法だろう。
人も操れるんだったら、やりたい放題だ。
「しない。生物を移動させたり、ましてや意思を操るような魔法は存在しないわ」
「え? じゃあ移送魔法なんてのもないわけ?」
「そんな便利なものがあったら、あたしが覚えたい」
これだけ魔法があって、移送魔法がないのか。
残念だな……。
「でもね、博士はマホー博士だから、きっとショーカンマホーもイソ―マホーも発明できるんだよ!」
「そうだね。そうだね」
頭をなでる。
ネネは目を細める。
猫みたいだなこいつ。
「じゃあ、なおさらこれが人為的だって思うのはムリがあるんじゃないのか?」
俺が率直に思ったことを口にすると、女王は眉をしかめた。
「あたしだって、そう思いたい。でもね、これだけじゃないの。この一ヶ月に1つ、いえ、多いときに3~4、村が壊滅してるの。今までそんなことはなかった」
多いときには、毎週1つ村が消えてることになるな。
「あれを見て」
女王がそう言って、村の防壁と思われる焼け焦げた柵に視線を向けた。
その視線のほうに向けると、俺を襲ったオオカミに似たモンスターの群れがこちらを見ていた。
「ひっ」
小さい叫び声をあげて、尻餅をついた。
かまれた腕の部分が焼けたように熱くなり、鼓動が早まるのを感じた。
もうケガは治っているはずなのに。
「博士はわたしがまもる!」
ネネが、尻餅ついた俺の前に立ち、手を広げて俺を守ろうとしてくれてる。
「とことん情けないわね……。やつらは襲ってこないわよ」
情けなくて結構だが、そう言われると腹立つな。
「なんで襲ってこないって分かるんだよ?」
「モンスターは基本的に負ける戦いはしない。群れの存続が第一条件だから」
「自分の隊と比べて、あのオオカミたちは雑魚だって言いたいのかよ。大した自信だな。結構な数だぞ?」
「あんたが弱すぎるのよ。あれくらいなら、あたし一人でもどうにでもなる」
冷酷無慈悲なアイススピアが頭によぎった。
たしかにそうだ。
「博士なら一人じゃなくて半分でもどうにでもなるもん!」
ほほをふくらませて抗議してくれる。
半分て何。
女王は続ける。
「人の集団に突っ込むようなマネはしない。防御が手薄な行商を狙うのよ。それが村を壊滅するような、年に一回あるかどうか分からないようなことが立て続けに起こってる。不自然よ」
「たまたまそういう異常気象な年なんじゃないか?」
人食いイナゴの大発生、みたいな。
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。ただ、このまま手をこまねいて、罪のない人の命が奪われていくことに我慢できないの」
だからって、俺を疑うこともないだろうに。
………。
まあ、よく考えたら、俺はめっちゃ怪しいわ。
「そもそもなんで人を狙うんだ? 動物とか魚を食べればいいんじゃないか?」
「理由なんて、あたしが聞きたいくらいよ。あんただって、肉を食べるでしょ。理由なんてあるの? 生きるためでしょ」
そうなのか。
モンスターは人が主食なのか。
ますます偶発的な事件に思えるが……。
「うん、お肉大好き!」
ネネは謎の主張をしているし。
「それにしては、確信をもって事件だって言い切ってるな」
「正直、あんたに対してカマをかけたのもある。あんたの反応的に、シロっぽいけどね……。でもね、あたしは確信があるの。これは、絶対に人為的なもの」
「なぜ、そう思う?」
「勘」
「勘かよ!」
勘で確信できるとは、やっぱり女ってどこの世界でも怖いわ。
とはいえ、これが人為的でないと結論づける確証もない。
これが神のお怒りだとかいう結論をつけて、原因を何も追究しないよりも好感を持てる。
ネネの両親を奪ったやつがいるとしたら、許せない。
「隊長」
女王に兵が駆け寄る。
「生存者が一人目を覚ましました。その少女の名前を知っているようなので連れて行きたいのですが」
ネネは連れて行かれた。
兵士と手をつないで歩く姿に、どこか遠くに行ってしまうような、何か寂しいものを感じた。
「ついて行かなくていいの?」
「俺がいたら、無理に明るく振る舞おうとするだろ?」
「あんたに人の心があるなんて……」
なんなのこいつ。
こいつに、ネネの素直さが一欠片でもあればいいのに。
ん、ネネ?
「そういえば、なんでネネは襲われなかったんだ? あんな見晴らしのいい道で、子どもが一人で歩いているなんて、料理がテーブルに置いてあるようなもんじゃないか」
「さあ、たまたまじゃない? 現に、あんたたち襲われたじゃない」
たしかに。
でも、なんだかひっかかる。
この村まで、それなりに馬で走らせた。
ネネの身長だったら、走っていたとはいえ、それなりに時間がかかったはずだ。
そんな一人の時間があって、まったく襲われなかった。
まあでも、たまたまだって言えばそう思える。
うーん。
集中できん。
オオカミたちの視線が気にかかる。
べ、べつにビビってるわけじゃないんだからね!
殺されかけた相手だからな。
どうしても恐怖を感じてしまうのよ。
「こいつらは死体を狙ってるのか?」
「死体を食べたりしない」
「なんでだ? こんなできたてホヤホヤのこんがり死体なんて、調理された料理がテーブルに並べられているようなもんじゃないか」
「……あんた、いい加減その不謹慎な言い方を慎まないと、調理して並べるわよ?」
「自分も言ってるじゃないか」
女王は深く深くため息をついた。
「あんたが本当にどこから来たか知らないけど、道徳がないにもほどがあるわね。きっとあんたがいる国って、人の情もない、人の関係が希薄で自分のことしか考えない人ばっかりの国なのね」
「おいおいおい。それは言い過ぎだろうよ」
俺が日本国民の皆様に泥塗ってるみたいで申し訳なくなるじゃないか。
「で、そんなことを知ってどうするのよ」
「道徳も人の情もない俺だって、今回の件については感じることがあるんだよ。それが人の手によって行われている疑惑があるんだったら、それを解明して解決したいって思うのは普通だろ?」
「こいつが普通のこと言ってる……」
「なんで普通のこと言って驚かれなきゃいけないんだよ」
とことん失礼なやつだ。
お前にも道徳はあるのかと。
「オオカミが死体を食べない理由なんて、考えたこともないわ。好みなんじゃない?」
生きた肉のほうがうまい、という考えも確かにありだ。
でもそうすると、新しく疑問が出てくる。
「ここにいるオオカミは、なんでこの村を囲っているんだ? 死体も食べないし、自分より格上の相手は襲わないんだろ?」
「隊が分かれて少数になったときでも狙うんじゃないの?」
うむ。
それにしては、あからさまなんだよな。
あんなに姿が見えていたら、こちらも警戒するだろうに。
「いつもこんなふうにモンスターに囲まれていたら、村人も気が気じゃないだろうな」
「埋葬のときだけよ」
埋葬のときだけ?
ますます不自然だな。
これでなんで原因を突き止めようと思う者がいないのが不思議だ。
確信した。
モンスターにも習性がある。
このサラマンダーの襲撃が人為的なものであるなら、サラマンダーを誰かがけしかけたということになる。
モンスターを操ったり移動させるような魔法がないのなら、モンスターの習性を利用した可能性は高い。
「そういや、サラマンダーってすごい火の魔法を使えるのな。この世界の生物って、みんな魔法を使えるのか?」
「……あんた、本当に何も知らないのね。人を襲う生物をモンスターと呼んでいるけど、その中でも魔法を使えるものを魔物と呼んでいるのよ」
魔法を使わない生物も存在するのか。
この世界で魔法を使えるのは、人と魔物ということか。
「魔物が魔法使えるのは、なぜなんだ?」
「知らないわよ。魔力をあげる方法については良く聞かれるけど、あんたみたいなこと聞くやつは初めてよ」
「魔力をあげる方法も聞きたいぞ!」
「言ったでしょ。イメージすることよ」
これは回復魔法のときに聞いたな。
特に目新しさは感じない。
「他には?」
「モンスターを倒せばいいのよ」
RPGみたいだな。
「要は経験を積めってことか?」
「それもあるけどね。モンスターを倒すと、魔力が倒した者に宿るのよ」
「ふーん???」
それは比喩的なものなのか、本当に物理的な意味で魔力を吸収できるのか。
「じゃあ、人が人を食べればパワーアップするのか?」
「そんな気持ち悪いことを良くさらっと言えるわね……。モンスターを倒せば魔力はあがる。人を倒しても魔力はあがらない」
「なんで?」
「知らない」
「良く知らないことを知らないままにしておけるなあ」
「知ってどうするの? 事実だけ知ってれば十分でしょ?」
女王、そろそろ受け答えにストレスを感じ始めてるな。
また生理的にうんぬんみたいな、精神的にえぐってくるワードが炸裂する前に、質問をやめておこう。
疑問点を整理してみよう。
ネネが一人でもモンスターに襲われなかった理由は?
逆に、俺らが襲われた原因は?
埋葬のときにモンスターが寄ってくる理由は?
モンスターが人を食べる理由は?
人の死体を食べない理由は?
何か共通項がありそうなんだけどな……。
日が沈み出し、山が夕焼け色に染まりだした。
街灯がないせいか、よりくっきりと暗さとオレンジを感じる。
間もなく日が沈むんだなと感じさせる。
前の世界では、そんなに夕焼けを意識したこともなかった。
それにしても、この作業、日が暮れる前に終わるのか?
まだまだ遺体は残っているし、土をかぶせてないから、今あるところまででやめるにしても時間がかかりそうだ。
夜になったらオオカミたち襲ってこないか?
夜は狩りの時間だろ。
と思っていたら、ぽつりぽつりと
「松明があるんだなあ」
昔の戦国時代みたいだ。
でも、松明にしては炎の揺らぎが少なく、光が白い。
はて、油で燃やしている割りに炎の温度が高そうに見えるが……。
近寄ってみる。
石が燃えていた。
「!? 石が燃えてる?」
燃える石代表の石炭や硫黄でもなければ、実は石はオブジェで灯油が燃えているというわけでもない。
金属でできた
しかも、いっこうに石が減る気配はない。
「珍しいわよね。魔力をこめるだけで、魔力がなくなるまで炎を出し続ける魔道具よ」
「魔道具! そんなものが!」
なんだこれは……。
めっちゃ美しいじゃないか!
白い炎が、揺るぎなく放出されている。
どういう原理で炎が出てるか突き止めたい!
「……あんた、口元吹きなさいよ」
やべ、思いが
「こんなものを作れるんだな……」
俺もぜひ作ってみたい。
「失礼ね……って言いたいところだけど、残念ながら隣国からの輸入品よ」
俺のセリフが、女王の国の悪口のように受け止められたらしい。
というか、貿易してたのか。
「ということは、これ、めちゃくちゃ怪しくね? この松明にモンスターを呼び寄せる仕組みがあるんじゃないか?」
「そうね。だから調べた。でも特に怪しいところは見当たらなかった」
「気づけないだけで、細工されてるかもしれないだろ?」
「それも考えた。でもね、この松明は、隣国でも普通に使われていて、流通しているものなの。生産工程も見させてもらったけど、怪しいものはないし、隣国で使われている製品とまったく同じ工程をふんでいたわ」
「うん、そうか。この松明を外で使ってみたりはしたのか? これを使ったらモンスターが寄ってきたらクロだぞ」
「試したに決まってるでしょ。なんにもなかったわよ」
そりゃ、そうか。
そんなあからさまな手を使って、バレたら戦争だもんな。
「まあ、他に手がかりがないか、明日にでもこの村を回ってみるか。情報は足で稼ぐって言うしな。俺を城に連れていくにしても、しばらくここに待機することになりそうだし」
「犯人捜しはあたしらの仕事よ。手がかりを隠されでもしたら事だし、じっとしてなさい」
「まだ疑ってるのかよ……」
「疑いが晴れる要素、あった?」
「ぐぬぬ」
「犯人捜し?」
いきなりネネがにゅっと現れて、会話に割って入ってきた。
「パパとママを殺した人を見つけるの?」
松明がネネの顔を照らす。
小さい子がこんな目をするのかと思ったくらい、深く深く闇を映しているように見えた。
目の下には、涙のあとがくっきりと残っている。
「そうよ。一緒に捜す?」
俺が言葉を発せられないでいると、女王がそう答えた。
「いいのか?」
女王にそう小声で尋ねると、
「生きるには目的が必要なの」
と小声で返ってきた。
もう一度、ネネのほうを見た。
おそらく、ネネは自分でも分かってないくらい虚勢を張っている。
親の死の悲しみとずっと向き合っていかなくてはいけない。
こんなんで、もつはずがない。
「一緒に捜すー!」
ネネは両手をあげて、ぴょんぴょんと跳ねた。
このシーンだけ見ればかわいらしいが、自分の両親の仇を捜すという穏やかではない内容だ。
そしておそらく、ネネの心境も。
俺はこの先、この子を守っていけるのだろうか。
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