バカのみつけかた

Rain坊

バカのみつけかた

「バカ発見器の開発に成功した」

 とある男が言った。それは最初、親しき友人との飲みの席でのことだった。酔った勢いでぽろりともらした言葉であった。しかし、その友人は酔っぱらいの戯言だと一笑せず、むしろそれはすごいじゃないかと褒め称えた。そこから噂が広がって世間に知れ渡ることとなり、話題となった。語られる日がないほど連日連夜ニュースで取り上げられ、今日に至ってはこの話題の男、記者会見をすることになった。記者会見の内容はこうだ。

「まず初めに私はバカを見つける方法を発見しました。これは少しコツを必要としますが、そこさえ押さえておけば誰にでもできる簡単なものです。多少の時間をかけることにもなりますが、しかし実験の結果としてはほぼ百パーセントに近い数字を叩き出している」

 そこで周りの記者たちが感嘆の声を揃ってあげた。ざわめきが会場を満たす。男は続けた。

「その方法を元に、より確実性と信頼性を上げるための装置がこちらです」

 男がポケットから取り出したのは掌に乗るぐらいの小さな黒い箱だった。

「これが私の開発したバカ発見器になります」

 またしても会場がざわめきに埋め尽くされる。一人の記者が言った。

「その装置がもたらす効果はなんですか?」

「バカが分かります。つまりそれは世の中の役に立ちます。身を持って知るという言葉があると思いますが、昨今バカがもたらす愚行を考えれば一々それらを経験しているとマイナスにしかならないのです。しかしこのバカ発見器を使えば一目瞭然で見分けることができる。それはつまり、バカからもたらせる悪影響を断つことができることほかならないのです」

 男が勢いよくそう言い切ると、会場は拍手に包まれた。そう。今の世の中バカに苦しめられぬ人はいないのだ。それを避けることができるのであれば重畳である。男は拍手に応え、一旦落ち着かせると話を続けた。

「もう既に政府からこのバカ発見器の要請が出されました。いずれバカ取締り法なるものが出される日が来ることでしょう。その前にある機関によってこの装置の実用性や正確性を試されることになりますので実際にその効果を皆さんの目で確かめてもらうことができないのが残念ですが、私は自信を持って大丈夫だと答えることができます。バカ発見器は本当にあります! ああ、私の仕事は終わりました。これで我々はバカから解放される。これはバカ以外のバカ以外によるバカ以外の世の幕開けである!」

 男の言葉を皮切りに会場は唸りをあげる。放送を聞いた人たちが大挙してきたのだ。記者たちも己の仕事を忘れて騒ぎ出す。訳が分からないほどの騒ぎようで、新たな時代の産声だったのかもしれない。


 数日後、男が言った通り政府はバカ取締り法なるものを定めた。この法の中身はいたってシンプルで、『バカは罪である。ゆえにバカと判断されしもの、これをもって処罰する』というものだった。しかし、シンプルであるがゆえに様々な意見が飛び交うこととなった。

「すばらしい法律だ。政府は珍しくいいことをしてくれるではないか」

「バカがいなくなることはいいことだ」

「しかし些か性急するのではないか?」

「いや、そんなことはない。ことバカに関して我々は苦渋を味あわせられた。しかし逆にバカがバカなことをしても重く受け取られることはなかった。これは差別に等しい行為だ。それゆえにバカをのさばらせることとなったのだ。しかもバカに何を言っても意味がない、なにせバカなのだから」

「そもそも何を持ってバカだとするのだ? この法律だとそのへんが曖昧すぎるぞ」

「バカだなぁ。それこそバカ発見器がバカだと判断したやつに決まっているじゃないか」

「けれどこの場合、何をもってバカをバカだと判断するのだろうか」

「ん? どういうことだ?」

「だからバカの定義とは何ぞやということだろ」

「やっぱり学力じゃないか?」

「学力が高いやつだってバカなやつはバカだろ。バカと学力は別」

「ああそうか。なら要領の悪さとか?」

「だったら子供は全員バカってこと?」

「いや、それは違うだろ。単に経験がないってことだろ」

「悪ふざけが過ぎるやつはどうだ。あいつらは基本的にバカが多いと思うのだが」

「それは確かに一理あるが、一概にイコールバカと呼ぶには決定的ではないな」

「いっそのこと迷惑なやろうがバカでいいんじゃね?」

「キタコレ! それでいいじゃん」

「迷惑なんて人それぞれで違うじゃん」

「はあ? じゃあお前は何がバカだと思うんだよ」

「君らはバカ確定だよね」

「一緒にしてほしくないね」

「ふざけるなよ!」

「ここで揉めてるのがバカでーす」

「と、言っているやつもバカ」

「じゃあここは今バカしかいないな。全員懲罰房行き、ワロタ」

「というかそもそも本当にバカ発見器なんてあんのか」

「いや、そこは大前提でしょ。何言ってんの今更」

「おバカちゃん一名様ごあんなーい」

「いやいや。バカというほうがバカなんだよ」

「あっはっは。バカというほうがバカというほうがバカなんだよ」

「なんだかバカらしくなってきた」

「政府がわざわざ法律まで作ったんだからそこは真実でしょ」

「うわ、バカ。政府が真実を語ったことなんて数えるほどじゃん」

「あいつらこそバカの集まりだよな」

「じゃあ嘘ってことかもしれない?」

「本当に信じてるやついた。バッカだな」

「そもそもバカっているのかな」

「はいはい、バカがまた何か言い出したよ。解散、解散」

「っていうか今更だけどバカには人権ってないのな。笑えてきた」

「そりゃそうだろ。社会のゴミだもの」

「ゴミに役立つゴミもあるだろ、肥料とか――と真面目に返す」

「揚げ足とんじゃねーよ。バカなのかお前」

「お前こそバカだろ」

「あなたこそバカでしょ」

「あいつはバカだろ」

「こいつもバカ」

「だれもかれもバカ」

 バカ発見器がもたらした騒ぎは収まる気配を一向に見せない。むしろますます拡大していっている。諸外国でも日夜あーだこーだと議論されている。今や世界でバカを語らない日はない。バカ信奉者と反バカ体制との小競り合いまで起きる始末。とある場所では戦争が起きるまでに発展した。当のバカ発見器を開発した男はウイスキーを片手にこれらのニュースを見てにやりと笑う。そして言った。

「バカ、見―つけた」

 世界はバカに満ち満ちている。

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