第16話 私とは一人の他者である。

 2019年11月16日、沢尻エリカが麻薬取締法違反の疑いで逮捕された。

 個人的にはあまり興味がなくて「ああ、そうなのか……」くらいなものだった。が、

「政府が問題を起こすと芸能人が逮捕される」

 などと陰謀論を唱える輩が現れたことには驚いた。


 真偽はどうであれ、陰謀論というのは人を惹きつけて止まないのだろうか。

 たとえば、世界を裏で動かしているというフリーメイソン。

 昔、テレビで特集されたからか、妙に人気がある。

 古くは小説の『魔の山』でも出てきた。

 飛び降り王子が好きな映画監督ポール・トーマス・アンダーソンの『インヒアレント・ヴァイス』(原作はトマス・ピンチョンの『LAヴァイス』)も陰謀論が作品の根底にある。

 どちらも癖のある作品だが、分かれば面白いのでオススメである。


 統合失調症の患者も「政府に監視されている」「盗聴されている」などと陰謀論を唱え出すという。

 あの病は遺伝的要素が強いと言われている。しかし本で知ったが、どうやら都会に多いそうだ。いわば現代病の側面もあり、単なる病気で片づけられるものではない。


 思うに、人間の根底にはおそらく「不可解な現象を納得したい」という欲望があるのだろう。その役割を果たすのが宗教であり、科学でもあり、はたまた統合失調症でもあるのではないか。


 さて、王子も人事ではなかった。

 飛び降りて救急車に乗せられた時、救命士に「自分でやったのか!?」と問われた。

「はあ? 自分でやった以外にある訳ないだろ。何言ってるんだ、こいつは」

 と、正直、その瞬間は思った。

 が、後々振り返ってみると、あれは「誰か他の人間に突き落とされた」ことを疑っていたのだと気付いた。疑われるということは、突き落とされる人がいるのだ。そう思うとゾッとする。殺人事件が実は自殺として処理されているケースもあるのだろうか……。


 そういえば「10 ブラックボックス」でも王子は製薬会社のED治療薬の調査を疑い、陰謀論めいたことを書いていた。


 入院中。

 五階から飛び降りて生きてるなんてあり得ないから「実は自分は死んでいて、死の世界で生の世界を体験しているのではないか?」などと疑ったりもした。現実と妄想の区別が曖昧になるくらいの出来事だったのだ。


 王子が世界で一番目に好きな映画が『マグノリア』。「まぐ」というハンドルネームはそこから取っている。

 二番目に好きな映画は『バニラ・スカイ』。

 面白いことに、どちらの映画にも飛び降りの場面が出てくるのだ。

 もちろん、両方とも飛び降りる前に鑑賞済みの映画である。

 飛び降りるという決断はその影響を受けたのだろうか?


 子どもはゲームから暴力性などの悪い影響を受けるから規制すべきだという話がある。

 馬鹿げた議論だなと感じていたが、それもそう突飛な発想ではないのかもしれない。

 しかし影響影響と騒いでも、人は絶対に何かしらの影響を受けているものだ。

 自分の決断、は果たしてどこまで自分の決断足り得るのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある滑稽な飛び降り自殺未遂者の追憶 まぐ@飛び降り王子 @magu1006

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る