パンプキン・クッキー・モンスター! ④
ユズカの話が途切れたところで、ヒロが「いいじゃない」と言った。
「お兄さん、彼女さんよりもニシさんの方が大事なんだよ。あんなに必死で追いかけてたんだもん、きっとそうだと私は思うけどなぁ」
ヒロの言葉に、ユズカが目を丸くした。何を言っているのか理解できない、とでも言いたげだった。
「……それは、ユズカを怒る為じゃないの?」
「彼女さんを放り出して、ニシさんを追いかけたんでしょ? 下手したら彼女さんにフラれちゃうよ、それ」
そう言われてみれば、確かにそんな気がする。俺が兄ちゃんの立場なら、まずは彼女を優先してしまいそうだし……彼女さんの気持ちは、俺にはちょっとわからないけど。
ユズカは一気に青ざめて、パニックを起こしたように落ち着かなくなり、どうしようどうしよう、と何度も繰り返しながら俺のシャツを掴んで揺さぶった。
「どうしよおお、ケイちゃんがフラれちゃったらユズカのせいだあぁ」
「ケイちゃんがフラれちゃったら、それはケイちゃんのせいだろ」
兄ちゃんはケイちゃんか、とツッコミ入れたい気持ちを抑えて、俺はユズカの手を握った。落ち着かせるつもりだったのに、逆にユズカはひゃうぅ、と奇声をあげた。
「で、でも、ユズカのせいで……!」
「もしそうだとしても、ごめんなさいって言えばいいよ。何が悪いかわからなければ、周りに相談すればいいんだって……たとえば、俺とかさ」
それは、ずっと前からユズカに伝えたい言葉だった。どうか、結果に怯えて逃げ出したりはしないで欲しい。もっと俺を頼って欲しい――そう思っている自分に気付く。
だけど今の俺は、ユズカとほぼ初対面のヒロにすら負けてる始末だ。自分を情けなく思う俺に向かって、ユズカはえへへ、と笑った。
「ありがと、コガケン! じゃあ、またこうやってお話聞いてくれる?」
「おう、任せとけ。いつでもメッセ送ってこいよ」
「うん!」
言うだけ言ってスッキリしたのか、そろそろ戻らないと、とユズカが立ち上がった。
「あ、待って、ニシさん。これあげる」
ヒロがポシェットから何かを取り出して、ユズカに渡した。手のひらの上に乗せられたのは、入場の時に貰った黒猫のマスコットだった。
「私よりも、ニシさんの方が似合うと思うから」
「いいの?」
「うん、お近付きのしるし。私とも仲良くしてね」
「いいの……?」
嬉しそうに黒猫を握り締めたユズカは、自分の衣装に付いていた、フェルト製のブローチを外した。
コスプレしているラノベに出てくる、喋るフクロウを模したブローチ。知恵と幸福を授けると言われている鳥で、ユズカのお気に入りのキャラクターだ。
「私もっ、これあげる!」
「ありがとう! ねぇ、ユズカって呼んでもいい?」
「もちろんだよぉ、ヒロちゃーん!」
ユズカとヒロは、スマホを取り出して連絡先の交換を始めた。完全に自分たちだけで盛り上がり、きゃあきゃあと騒ぐ女子二人に挟まれた俺は、ただ笑うしかなかった。
だけど、何だか嬉しかった。俺の頼みを聞いてくれたヒロと、ヒロの言葉を受け入れてくれたユズカ。そこに俺がいなくたって、ユズカが笑ってくれりゃそれでいいやって、ガラにもなくそんなことを思った。
緊張した面持ちで広場へ戻るユズカを見送ったあと、何となくステージどころじゃない気分になってしまったヒロと俺は、早々にシーパラを後にした。
あまりに早すぎてガラガラに空いているバスの中、ユズカのフクロウを眺めていたヒロが、不思議だね、と呟いた。
「今日が無かったら、私の中でユズカはずっと、不登校のニシさんのままだった」
「……そうだな」
「どんな子なのかも知らないまま、学校をサボってるズルい子って……ずっと、ただそれだけのイメージ」
「まぁ……そう、だよな」
相槌を打ちながら、今日が無かったら、という言葉の意味を考えた。
ユズカにとっての今日は、意味のある一日だっただろうか。俺たちと出くわして、今までなら絶対にしなかったような話をして、ヒロと名前で呼び合う仲になって……きっと、ヒロとの出会いには意味があった。それは間違いないと思う。
俺が不満に思ってるのは、そこに俺は必要だっただろうか、ということ。俺がいなけりゃヒロとも話なんかしてないけど、不満なのは、そういうことではなくて……俺自身は、ユズカの役には立てないんだろうか。
ユズカに「俺を」頼って欲しい。
俺はどうして、こんなことを思うんだろう。
アイツが笑えるようになるのなら、手段なんか何だっていいはずなのに。
「コガケンはさ……ユズカのこと、好きなの?」
不意にヒロから投げつけられたセリフは、俺の胸の奥にストンと落ちて、心の一番やわらかな部分に深く食い込んでいった。そうか、俺は、ユズカのことを――。
「好き……みたいだ」
そっか、とヒロが笑った。その笑顔はすごく穏やかで、ヒロらしくないと思ったけれど、悪い気分にはならなかった。
「やっと、コガケンも春だね」
「それは両想いの時に言うセリフ、気が早すぎだって」
「まあまあ、コガケンの好きな人なんてさ、今まで一度も聞いたことなかったじゃん?」
「まぁ、俺は全校生徒が恋人だからな」
「あはは、ミブ先輩がよく言うよね、それ。でもコガケンがそれ言ったら、悲鳴あげる女子がいっぱいいるよ?」
ミブさんの口癖を真似た俺に、ヒロは淡々とツッコミを入れた。妙におとなしくて調子が狂う。ここがバスの中じゃなかったら、いつもみたいに大声でゲラゲラ笑ってたんだろうか。
ヒロは普段と違う表情のまま、俺の脇腹を肘でつついた。
「会長さーん、アナタけっこー女子に人気あるんですよー? 自覚ありますー?」
「別に男としての人気とかないって、生徒会の仕事してるから目立つだけだよ」
「そういうことじゃないんだけどなー。ま、ユズカへのアピールポイントとしては弱いよね? あの子そういうの、全然興味なさそうだし?」
俺の痛いところを的確に突いたヒロが、こちらを見ながらずっとニヤニヤ笑っている。これから俺の恋心をネタにいじり倒してやろう、くらいには思っていそうな感じがする。
「ま、ユズカにとってのコガケンって、学校内で唯一の友達だったわけでしょ? 全く望みナシってわけじゃないんじゃないの?」
「それはどうだろうな……多分、俺は男と思われてない」
おそらく、誰が聞いても否定しないであろう予測。自分で言ってて悲しくなった。
実際のところ、ユズカは俺をどう思ってるんだろう。朝まで喋り倒すくらいには、好意を持ってくれてるんだよな。嫌われてはいないだろうけど……あの態度を考えると、頭の中は兄ちゃんでいっぱいなんじゃないか。学校での状況だってかなりギリギリだし、恋なんかしてる場合じゃないだろうな、という気もする。
俺が好かれてるかどうかよりも、何よりも大事なことは、ユズカが幸せかどうかだ。
アイツが笑ってくれないと、俺の春なんて、永遠に来ない。
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