パンプキン・クッキー・モンスター! ②
ビデオ通話で朝まで盛り上がった後も、結局ユズカは登校して来なかった。メッセのやり取りは毎日続いてるけど、内容はアニメやラノベ、ゲームの感想ばかりで、たまに課題のわからないところを聞かれた。
ユズカはまた通話をしたがったけど、俺は「通話は週末だけにしてくれ」と泣きを入れた。頻繁に朝まで通話なんかしていたら、本当に親からスマホ禁止令を出されてしまう。
毎日だって話したいのは山々なんだ、ユズカと話をするのは楽しい。
アイツは頭の中が自由すぎるけど、すごく優しい子だ。自分の意に沿わないことがあっても、決して他人を悪く言ったりはしない。たまに思考が異空間へ飛んで行っても、それを懸命に語るユズカが、次第に可愛く見えてくるから不思議だ。
波長が合うって、きっと、こういうことなんだろうと思う。
しかし楽しい方に流されて、親の信頼を無くしたり、成績を落とすわけにはいかなかった。会長がバカじゃ生徒は誰も付いて来ないからね、とはミブさんの
俺には俺で、守らなきゃいけない立場がある。いつかそれが、ユズカみたいな生徒の為になるって信じてるんだ。
ハロウィンナイト当日は、朝から大騒ぎだった。
何かのコスプレをして入場するとオマケが貰えるとかで、いつもジーンズばかりのヒロが珍しく黒のワンピースを着ていて、卓上サイズのホウキをポシェットに突き刺していた。魔女のコスプレか。俺は俺で「黒っぽい服で来ること」と厳命された挙句、強引に黒猫風の帽子を被せられた。どうも俺は、魔女の使い魔のコスプレということらしい。首輪は断固拒否した。
ふわふわで可愛らしい黒猫帽子を被ったままシャトルバスに乗る、という罰ゲームにも等しい屈辱に耐え、開場一時間前には入場列に並んだものの、既に先頭が見えないほどの列が出来ていた。先頭の人に「始発で来ました」とか言われても驚かない。既に帰りたい、今すぐ帰って寝直したい。
「ヒロ、俺、終わる時間に迎えに来るんじゃダメかな」
「ダメに決まってんでしょ!」
何故かフルパワーで上機嫌のヒロが、俺の尻を思いっきり叩く。わかってる、言ってみただけだ。
「入場したら、みんなアトラクションで遊ぶと思うよ? 全部ハロウィン仕様に変わってるんだってー」
「全部……ジェットコースターのハロウィン仕様って、何だろうな」
「コウモリのステッカーでも貼ってあるんじゃない?」
元の仕様に戻すことを考えたら、だいたいそんなものだろうなと、俺はシーパラを舐めてかかっていた。
入場開始から三十分ほどで入場ゲートを通過して、一直線にステージ広場へ向かうと、広場の開場は十六時です、と係員が叫んでいる。
「ゲート前での入場待機は禁止でーす、整理券をお配りしておりまーす!」
ヤケクソのように叫ぶ係員から渡された整理券は、百四十二番と百四十三番……いいのか悪いのか分からないが、満員で弾かれるよりははるかにマシだろう。
只今の時刻は十一時。この混み合う遊園地で、あと五時間。アトラクションで遊ぶにしたって、そのうち何時間が列に並ぶ時間なんだ。
「ヒロ、俺、一回帰っていいかな……」
「だからー、ダメに決まってんでしょー! どーせだから遊ぼうよ、ねっねっ」
何が何でも帰さない、と言わんばかりのヒロのオーラに、俺は逆らうことが出来なかった。
とりあえず中央広場に出て、夕方までの計画を立てることにする。当然だが、どこもかしこも人だらけだ。空いてるベンチは見当たらなかったので、噴水の縁に並んで腰掛けて、俺の膝の上に園内マップを広げた。
「十二時になったら飲食系は半端なく混むぞ、その前に軽く何か食っとこう」
「うん、そのあとホラーハウス行こうよ。外装も内容も、今日だけハロウィン仕様なんだって。去年も人気の撮影スポットだったらしいよー」
「へー、意外とノリノリで調べてんじゃん」
てっきり宮路シグマだけが目当てだと思ってたけど、一応アトラクションで遊ぶつもりがあったんだな。俺が感心していると、ヒロが時計塔の方を見ながら不思議そうな顔をした。
「ねぇねぇ、あそこにいるの、コガケンのクラスのニシさんじゃない?」
誰のことを言っているのかがわからなくて、ようやく「ユズカのことか」と思い当たった時には、ヒロが唇を尖らせながら「見えなくなっちゃったー」と言った。
「見間違いじゃないのか? お前、ユズカと喋ったりしたことないだろ」
「ニシさんすっごい美人だから、絶対に間違えないよ。一年の時は、学年集会の度に見かけるのを楽しみにしてたんだもん」
美形好きのヒロが、胸を張った。そう言われれば確かに、コイツが美形に対してだけ発揮する執着と記憶力は半端ない。それなりの説得力はあるが、しかし。
「それでも俺、あのユズカがこんなとこ来るとは思えないんだけどなぁ」
「なんか、お兄さんやお姉さんと、お揃いの衣装を着てたみたい」
ユズカには、確か大学生の兄ちゃんがいたはずだ。たまには外に出ろ、なんて言って連れて来られた可能性は十分に考えられる。姉ちゃんがいるって話は聞いた事がないけれど、兄ちゃんの彼女とかなのかもしれない。
「兄ちゃんに連れて来て貰ってるのかな」
俺がそう言うと、ヒロが再び唇を尖らせた。
「確かニシさんって、テスト以外はずっと学校休んでるんだよね。こんなとこで遊んでる場合なのかなぁ」
「元気になるなら、俺はアリだと思うよ」
「えー、それってなんかズルくない? 私だって休みたい時くらいあるよー」
そのヒロの言葉は、ユズカを無視している連中が陰口を叩く時と、全く同じ言葉だった。
ヒロにだけは、ユズカを悪く言われたくなかった。ユズカはそんなんじゃない。学校が面倒だとか、怠けたいとか、そんな理由で休んでるわけじゃない――もしもヒロがA組だったら、ユズカと仲良くしてくれたら、きっとユズカは学校に来ると思うんだ。俺は男だから、どうしたってクラスの女子の輪にユズカを入れてやれない。今ここにヒロがいてくれたらって、何度思ったかわからないのに。
「軽々しく、他人をジャッジするなよ……事情も知らずに非難するのは、無責任だ!」
「……はぁい、わかりました会長様ぁ」
つい口調がキツくなった俺に、ヒロはふて腐れながら返事をした。
ぎこちなくなった空気を変えたくて、ヒロを連れてオープンカフェに行き、本日限定のパンプキンラテを二人分頼んだ。俺のオゴリだと言うと、ヒロはしょんぼりしたままカップを受け取った。
テーブル席は満席だったけど、隅の方に空いてるベンチを確保して、並んで座る。周囲はみんなお祭り騒ぎなのに、俺たちだけがお通夜モードだ。ラテを一口飲んだヒロが、俯いたままで「ごめんね」と呟いた。
「コガケンは、学校中のみんなを気にかけてるのに、それを無視するようなこと言った……ごめんね、コガケン」
視線を合わせないまま、ヒロが頭を下げてきた。かなり落ち込んでいる。俺がヒロに説教だなんて珍事件だし、相当ショックだったんだろうな。
「わかってくれたんだったら、それでいいから、もう気にするなよ」
「でも……」
「申し訳ないと思うんだったら、俺を手伝ってくれよ。ヒロもさ、ユズカと友達になってやってくれない?」
口篭るヒロに、俺はずっと抱えてきた願いを口にした。同じクラスじゃなくたって、友達が一人増えるだけでも、ユズカの世界は変わるかもしれないんだ。
「今度、紹介するからさ。三人でネトゲでもやろうぜ」
ヒロは視線を俺へと向けてから、わかった、と深く頷いた。
オープンカフェで軽食を追加して昼飯を済ませ、俺たちはホラーハウスに足を向けた。普段は純和風のお化け屋敷が、完全にハロウィン仕様になっている。壁に描かれた夜の洋館、その前に並べられたモンスターの人形、あちこちに飾られたコウモリやジャックランタン。周囲はすっかり撮影スポットと化していて、本格的なコスプレをしている人たちも多い。その賑わいも相まって、すげえ、と思わず声に出した。
「あーっ、もんどるのコスプレだー! かっこいー!」
「もんどる……乙女ゲーだっけ?」
「そそ、もんすたー☆あいどるっていうやつ~」
自分の好きなゲームのコスプレをしている集団を見つけたヒロは、嬉しそうにピョコピョコ飛び跳ねた。機嫌が直って良かったと思うと同時に、ユズカはどんな衣装を着てたんだろうな、なんて考える。
シーパラに来てるんだったら、会いたい。
ビデオ通話で顔は見たけど、実際には半年くらい会ってない。ネット越しじゃなくて、本物に会いたい。会って話がしたいんだ。
何か変だな、俺。どうしてこんなに、ユズカのことばかり考えてるんだろう?
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