第14話

「……ぼく、別に吐いたりしません」

「いや、だから」

「あなたに触れられても、気持ち悪くはなかった。…よくわからないけど、恥ずかしくて、暑くて、体の奥がジンジンして、それで…」


それで、のその先はもう言葉にならなかった。

だって、優しくて強い、薬草の香りがする人に、僕は飲み込まれてしまったから。







「ん…」


ふわふわのベッドの上、柔らかな毛布に包まれて、瞼がゆるりと上がっていく。

なんだか怠くて、動きたくない。ココは、何処だっけ。


「あぁ、そうだ。ぼく」


ぼく、サクヤさんと。だから、ココはサクヤさんの部屋だ。

木の匂いと、薬草の香り。部屋の壁に使われた木材が、剥き出しで、でも、艶々してて、優しい場所だな…と思う。天井には細い木の枝が渡してあって、そこから紐でくくった薬草や何かの干物が吊っていて、不思議な感じ。広さは僕が借りている部屋の二倍くらいで、入り口から右側は仕事用なのか、作り付けの扉つきの棚があって、横には広い机、椅子が並んでいた。そして左側には、僕が横たわっているベッドや低い位置に渡された棒に下がる衣服、壁沿いに並べられた靴。几帳面、なのかな。


「……」


ふと、部屋中を行ったり来たりしていた視線を下げる。そこには、こんもり小山が出来ていた。

サクヤさん、まだ起きないのかな。どんな顔で、眠ってるんだろう。

ぺらり。毛布をめくり顔を覗く。のぞいて、見つめて、ポロリ、とこぼれたのは…







「―――すき」







父さんが病気になってからは、僕がどうしたいとか、何が欲しいとか、そんなことは関係なくただ、恐怖に追われて怯えてた。家をなくしたら?食べるものが買えなくなったら?父さんが…死んでしまったら。毎日毎日、ソレばかりが頭のなかをぐるぐるぐるぐるまわっていた。ソレをどうにかするために、どうにかしたくて、身体さえ売り払ったのに。今はもう、なにもない。住む家を奪われる恐怖も、食べるものが買えなくなる恐怖も、父を亡くす恐怖さえも。ただ、暖かくて、安心できるサクヤさんのそばに、このままずっと、この人のそばにいたいだけ。


ただ、ただ、それだけが、今のこの時、僕が願う唯一のほんとのきもち。


「あ、」


そう言えば、もう日があんなに高いところへ昇ってしまってる。……お店、大丈夫かな?


「さくや、さん……」

「ん…」


気持ち良さそうな寝顔に目をつむって、僕はサクヤさんの体を揺すった。


「サクヤさん?起きないと、お店が…」

「ふぁ、あーねむ……ん?ふぃーる、フィーリア?」


寝ぼけているのか、あくびを噛み殺しながら僕を呼ぶ顔が子供みたいで、ずっと年上で男性体らしい顔つきをしているはずなのに、なんだか可愛く見えてくるから不思議。


「はい。おはよーございます」

「ん、はよ。……で?どーしたヨ」

「あの、お店が…」

「あー、今日は臨時休業だ。昨日立て看板ひっくり返しといたからよォ」


コキコキ首を鳴らし、ウ~ンと唸りながら伸びをして、カバリッと起き上がるとサクヤさんは言った。


「さーて、今日は医者の爺さんとこ顔出してちっとばかし協力をお願いしねぇとなんねーからな」


するする。伸びをして上がった腕がシーツへ下りて、その上を緩やかに滑り移動している。どうやら、目的地は僕の腰らしい。


「…じいさん、ですか?」


腕の先、手のひらの行方を横目で見ながら耳ではサクヤさんの話もちゃんと聞いている。で、この悪戯な手は一体どういうつもりですか?


「まぁな。お前は両性体で腹に子供がいんだからよぉ、俺としては求婚の返事をもらったらまず、真っ先に連れて行くのが医者だろぉが」


真面目な顔をしてそ知らぬ風に僕の腰を撫で続けるサクヤさんの大きな手を、どうしたものかと居心地悪く座りなおす。


「……さ、くやさん?ちょ」

「ま、知り合いだからその辺の融通はきくハズだ。任せとけ」


任せとけって、そんなことを言う前にこの逃げても逃げても追いかけてくる手を止めてくださいー!

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月は穢れたか フィールフィーリアと朔夜の御話 空飛ぶ鯨 @momiji12

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