日常の終わりを告げる鐘が鳴るとき


俺は朝飯の用意をある程度済ませ、ターニャを起こしに向かった。テントを開け中に入る。ターニャは入口に背を向けるようにして寝ていた。そんなターニャの肩を揺すった。




「ターニャ起きろ。朝だぞ」




「んっ〜。ニック?おはよー」




あと5分なんてベタな事も言わずにターニャはすんなりと起きた。彼女は寝起きはいい。ただ直接肩を揺すらないと起きてくれないんだけで。それと起きてから実際に起動するのに時間がかかるだけで。




「水組んでくるからちょっと焚き火見てて」




俺がそう言うとターニャは寝ぼけ眼のまま、わかった〜、とだけ言って焚き火の前でウトウトとしだした。まぁ帰ってくる頃には目が覚めてるだろう。


俺が水を汲んで戻って来ると、ターニャはすっかり目を覚ましたようで、パロールに朝ごはんをあげていた。




「戻ったぞー」




「ありがとー!ごめんね。朝ごはんの用意手伝わなくて」




申し訳なさそうな顔でターニャはそう言ってきた。




「俺が勝手にやっただけだから気にすんな。それにパロールの面倒見てくれたろ?それで十分だよ」




俺がこう返すとターニャはホッとした顔を浮かべ




「よかったー。それに私ずっとウトウトしてたから……」




「ターニャの寝起きはいつものことだから」




むしろスッキリ目を覚ました方が驚くだろう。2度寝はあまりすることはないが、目を開けたまま停止していることは今まで多々あったし、女の子としてどうかとは思うが、パロールの面倒を見ている今回はかなり動いている方に入る。


まぁいつものことは置いておいて、朝食を食べる。メニューは昨日の晩飯と一緒だ。2日程度の旅程で態々手の込んだことをする理由はない。朝飯を食べ終えて、荷物を仕舞ったり、火の後始末をしてから街道に戻り俺たちは歩き始めた。




「ここからだと半日くらいだっけ?」




「まぁ滅茶苦茶ゆっくり歩いていっても夕方には着くと思うぞ」




着いた後は1泊してから持ってきた商品を売り捌いて、早く終わればそのまま帰る。手間取って夕方以降になってしまったらもう1泊する、というのが何時もの流れだ。街にいるのが1泊2日になるか、2泊3日になるかは割と5分だか、いつもは3-4人でやる所を今回は2人だ。今日中に売り切れるかも怪しい。いつも通りに馴染みの商人に卸したり、露店を出したりで捌ききれるかどうかは結構微妙なところだ。普段の傾向からどれくらい売れるかペースを考えたり、ターニャとも相談し、少し早めに街に着くようにすることになった。今日から売り始めようって算段だ。




パロールの調子を見ながらペースを上げて進み、俺たちは無事に昼過ぎくらい、いつもより2時間ほど早く街に着いた。




街は魔物対策で周囲を壁で囲っていて、四方に門があり、そこからしか入れないようになっている。門には衛兵が立っており、街に入る際にはここで検査を受けてからじゃないと入ることが出来ない。たまに長蛇の列が出来ている事があるが今回は空いていたのですんなり入ることが出来そうだ。




門のところまで来ると衛兵が何人か立っていた。彼らが検査を行っているみたいだ。




「お前らがどこか来たかと、目的を言え」




俺たちの順番になると衛兵はキツめな口調でそう尋ねた。




「俺たちは隣のコートニー村のニックとターニャだ。農作物と獣の皮の余剰分を売りに来た。馬が引いてる荷車に入ってるのがそうだ」




「わかった。確認するので少し待て」




俺が端的に話すと衛兵の内1人が荷車の方へ行き中を確認する。まぁ武器とか持ち込まれていたら洒落にならないからな。基本的に肉眼で確認するほかないこの世界では、仮に犯罪者とかよからぬ考えの者が街の中に入ってしまったら実際に被害が出るまでは取り押さえるのが難しくなる。だからまぁ検査は厳重なものになることが多い。たまに適当にすます衛兵が居ることもあるんだけど。




「よし。確認できた。入っていいぞ」




検査を終えた衛兵が荷車から帰ってくるとそう告げた。俺たちはお礼を言って門を通って街の中に入った。




「いつ来てもすごい人だわ。それに物がたくさん売ってる。ニックあれは何?」




俺にとっては前世の街の方が遥かに人も多く、街としても洗練されていた面が多いのでそこまでの感想にならないが、俺たちの村とこの街しか知らないターニャではこういう感想を持つのも仕方がない。それに俺たちみたいな感じの流れの露天商何かも多くて、ターニャだけでなく俺にも毎回新しい発見があるのも事実だ。


丁度昼を過ぎ、1番街に活気が溢れている時間だ。道行く人の表情も明るくてこの街の安全さと豊かさを表しているようだ。




「後で見に行こう。まずは宿の確保からだ。いつも使ってる所に行こう」




俺がそう促すと、ターニャはそうね、まずはそうしましょうか、と賛成してくれた。俺はパロールの手網を引きながら来ると毎回使う宿に向かった。




宿は街のメインストリートからは少し外れて入り組んだ裏路地にある。迷いやすい場所にある分値段は相場より安い。それに裏路地とはいっても治安は悪くなく、厄介事に巻き込まれる事もあまりないという立地だ。




無事に迷わず着いた俺たちは、パロールを宿の敷地の馬小屋に繋ぎ中に入る。




「やぁ久しぶりだねぇ。リックにターニャ」




そう言って出迎えてくれたのはこの宿の女将さんのカーラさんだ。毎回使っているので俺たちの名前も覚えてくれているらしい。こういうのって地味に嬉しい。




「久しぶりです!カーラさん」




ターニャは笑顔でそう返すとそのまま今回は2人しかいなけど、部屋を借りたいと話を始めた。




「そうねぇ。ごめんなさい。今は空き部屋は2人用の部屋1つしかないわ。2人とも一緒の部屋でいい?」




うーん。それは……ターニャももう16だ。一緒に野宿をしたりはしたが宿で同じ部屋はまた少し違うだろう。そう思ってターニャの方に目をやるが。




「大丈夫だよ!ね!ニック」




と何故か大丈夫な様子。まぁターニャが良いならいいんだが。俺も妹としか見てないし何か起きたりはしないだろう。




「ま。ターニャが良いならいいんじゃないか」




俺達が2人とも了承したのを見ると、カーラさんは部屋の鍵を俺たちに渡した。




「宿のルールは今まで通りよ。夜と朝のご飯は用意するわ。ちなみに今日は外に出るの?」




カーラさんがそう言うが宿のルールは何処でも大差はない。宿を全員出る時は鍵を受け付けに預ける。料金は後払いでも先払いでもいいが踏み倒さない。こんくらいだ。




「出ます。今日から商品売りに行こうと思っているので」




俺がそう言うと、




「分かったわ。頑張ってね。それから夕食は日が沈んでから2回目の鐘が鳴るの頃に用意できると思うわ。それまでには帰ってきてちょうだい」




「分かった!でも多分日が沈んだら帰ってくると思うわ!」




カーラさんが夕食の時間を教えてくれると、ターニャはそう返事をした。まぁ日が沈んでからも売り続けることは多分ないだろうしそれでいいかな。




俺たちは商品以外の荷物を部屋にいれてから街に出た。




「いつものヘンスさんの所へ卸に行くのは明日でいいと思うから、露店を出そうか」




俺がそう提案するとターニャは賛成と露店をするための場所を確保しに行った。昼を過ぎて夕方に差し掛かったこの時間ではあまりいい場所は空いてないだろうがそれは仕方がない。そう思いながらターニャの後を追いかけていると




「ここにしましょう!1番大きな道からは外れてるけどそれは仕方ないわ」




ターニャがそう言って止まったのはこの街だと3番目位に栄えてる道だ。この街は基本的にどこで露店を開いても大丈夫なのだが、ターニャが指した場所は他のメインストリートとは少し距離があってその分だけ人気が無く空いていたと思われる場所だ。とはいえ俺たちはかなり遅くから売り始めようとしている。そんな良い場所が空いているはずもなく、この場所は今空いている中ではかなり上等な部類に入るだろう。




「良い場所じゃないか?明日はもうちょいメインストリートに行けるといいけど。今日はここで頑張ろうか」




俺がそういった後2人で露天の用意をする。ゴザを広げてその上に商品を並べる。農作物はターニャで皮とかは俺がざっくり担当する。夕飯の買い物に駆け込みで来る人が今日のメインターゲットになるだろう。








俺たちは日が沈むまでの4時間ほど露店で商品を売った。農作物は結構売ることが出来た。そのせいでターニャが大きい顔をしているがまぁそんなのは可愛いものだ。店じまいをしながら俺はそんなことを考えていた。




「今日は結構良い感じに売れたな」




「そうね!これなら明日は少し楽ができるかも!」




そういうターニャはやっぱりホクホク顔だ。まぁ持ってきた農作物の4割ほど売れたしな。明日ヘンスさんの所に卸に行くことも考えれば明日は楽できるだろう。そんな話をしながら店じまいを終えて、俺達は宿に戻ることにした。もう日も沈んでいるし他の露店ももうやっていなかったからだ。




宿に向かって帰る途中、こっちの方が近道だからと、路地を進んでいると




「そこの少年」




路地の影に立っていた老婆に声をかけられた。いや老婆だと思ったが、老爺のような声にも感じたし、フードを深く被っているせいかもしかしたらもっと若いかも。とにかくそういうよく分からない不思議な人間に声をかけられた。


厄介事か?只の物乞いならまだマシだけど……俺がそう思って観察するように黙っていると




「お主は魔法を使ったことはあるかの?」




そう言ってきた。これはいよいよヤバいか?ただの詐欺くらいなら乗せられなければいいだけなんだけど。




「ないね。あるわけが無い」




「そんなことはないぞ。横の少女は分からぬがお主は魔法を扱うことが出来る」




俺がバッサリと返事をしたにも関わらず、ソイツは俺に話を続けた。




「この原典が君を選んでおる。原典魔法は選ばれた者しか扱えぬ」




「原典魔法?なんだそれは?聞いたことも無い」




いよいよ詐欺のそれだ。原典魔法なんてものは聞いたことがなかった。




「魔法を覚えるには魔法書が必要じゃ。これは時代によっては石版だったり、宝玉だったりしたが、人の手によって作られたものじゃない。いつの間にかこの世にあるのが原典じゃ。原典は選ばれた者が手にすると散りとなり消える。そしてその者の体に証を刻む」




ソイツはそこまで言うと1度話を区切り1つ深呼吸をした。




「それら原典に選ばれた証を持つ者が最初の魔法使いじゃ。彼らは自らが会得した魔法を各々の理由で後世に残す。弟子のため、大切な者のため、はたまた自分の偉業を後の世に伝えるため、理由は何でも良い。そのために彼らが自身の魔力を用いて作ったのが複写魔法書じゃ。今の世に出回っている多くの魔法書がこれじゃ。これは知識と魔力さえあれば誰にでも扱える」




ソイツはそこまで言うと俺たちの反応を伺うように此方をみた。




「それでニックはその原典っていうのに選ばれたの?」




「そういうことじゃ」




ターニャは俺が考えている間に、ソイツに質問してしまった。こうなるともう向こうのペースだ。俺はターニャが非日常に憧れを抱いていて、この話がターニャの冒険心に刺さっていることに気づいてしまった。




「それがこれじゃ」




ソイツがそう言って懐から取り出したのは真っ黒な本だった。




「どんな魔法が書かれているかは分からぬ。私は選ばれておらぬからな。ただ少年に渡せと何かが訴えているのじゃ。これが選ばれるということなのじゃろう」




俺は未だにこの話がホントか嘘か分からないでいた。仮に嘘でもこの魔法書を持っただけでどうにかなる話でもないはずだ。呪いとかそっち系をわざわざ俺にかける必要もないだろうし。




「俺は何も支払える対価なんてないぞ。これが本物の魔法書なら尚更だ。」




俺がそう言って断ろうとするとソイツは笑い声を微かにあげて




「別に対価なぞ要らぬよ。選ばれた者の所に行くのは運命じゃ。自分は偶然それに関わったに過ぎぬ」




ソイツはそう言って俺に押し付けるように魔法書を渡した。俺はさっきまでの警戒心を忘れ、熱に浮かされたように魔法書を手に取った。




その瞬間、俺は魔法書を持った手から、広がるように生じる熱を感じた。手、腕、肩、そこから全身へ、焼けた鉄板に触ったような熱が、熱がる間もなく全身を一瞬で駆け抜けていった。


そして魔法書はソイツが言った通り塵となり消え、しかし俺は体に染み付いたようにその魔法の使い方を会得していた。




「無事に済んだようじゃの」




そう言ってソイツが指したのは俺の右腕だった。




「あー!さっきまでなかったのに!」




ターニャがそう言ったように俺の腕にはタトゥーのように黒で描かれた印が刻まれていた。




「それが証じゃ。人によっては精霊の契約ともいう。原典を精霊に見立ててな」




「なるほどな。確かに俺は魔法を覚えた。不思議と頭の中に魔法の使い方が入っている」




自分の体を勝手に改造されたような薄気味悪さもあるが、俺は魔法を覚えたという事実への喜びの方が強かった。




「証を持つもの同士は惹かれ合う。味方か敵かは知らぬがな」




精々気をつけるといい。ソイツはそう言ったあと指を鳴らすと炎に包まれ、その炎が消えた時




「居なくなっちゃった。あの人本物の魔法使いだったんだ!」




ターニャは顔を赤らめてそう言った。そこには俺に対する羨望もあるような気がする。




「とにかく1回宿に帰ろう。カーラさんを待たせることになる」




この魔法についてはちゃんと考えるべきだろう。魔法の内容が内容だ。幅広く応用が効きそうではあるが、自らを滅ぼすことも簡単に出来そうなそんな危なっかしい面も強い魔法だ。




俺はそう言ってターニャを急かした後、小さな声で呟いた。




「『ステータス』」




名前 ニック・フーパー




レベル 2




筋力 3


耐久 2


敏捷 3


知能 11


器用 8


魔力 6


幸運 5




スキル 【弓術 Lv.3】 【代償魔法】




状態 良好








俺が16年間見てきた自身のステータス画面には確かに魔法が加わっていた。やはり名前はかなり物騒な事になってはいたが。


俺の第2の人生はここから大きく変わり始める。


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転生してもゴミ特典しかなかった件 マクバ @mittyo

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