いつもの旅路

ターニャから話を聞かされて3日経った。その間にはいつも通り狩りに行ったり、夜に荷造りを済ませたりといった日々を過ごしていた。荷造りと言っても単に服をまとめたり〜とかのような日本にいた頃の用意だけではない。街に売りに行く獣の皮なんかもまとめなきゃいけないし、その時に改めて傷んでいないかみなきゃいけない。それに村の共有の馬(老馬と言ってもいい歳だがそれしかいない)のチェックや荷馬車の点検も俺が行う。ターニャも出来なくはないが、こういうのは自分で確認したい性分なのだ。何かあった時に誰かのせいにしたくもないし、自分の身の危険に繋がることは極力他人に委ねたくない。




まぁそんなこんなでやることは多く、3日間はあっという間に過ぎていった。つまり今日は出発当日の朝だ。




「おはよう。ターニャ。寝坊しなくてよかったよ」




「おはよう。ニック。そうね!私もちゃんと起きれてよかったわ。こんな日に寝坊するなんて最悪だもの」




まるでデートの始まりのような挨拶だが、文面ほど甘い雰囲気はない。なんというかターニャは同い年ではあるが、俺が転生しているのもあってか、今まで一緒に成長はしてきたがどうしても妹に近いような感覚が抜けない。日本にいた時の年齢も足すと妹というより娘だが、俺に子供は出来たことがないのでわからない。とにかく1番近く感じるのが妹であってどちらにしろ恋愛対象にならないのだ。幼馴染みでなければまた違ったのだろうが、20世帯ほどしかいない村だ。そんなことはありえない。




「それじゃ行こうか。片道2日の道程だしあんまりゆっくりしてられないからさ」




「うん!一緒にいくのはパロールね!よろしく!」




パロールっていうのは今回一緒に行く馬だ。村に何頭かいる共有の馬の一頭で、調子が良さそうだったので連れていくことにしたのだ。




「2人とも気をつけて行ってこいよ」




「ターニャ!ニックに迷惑をかけないようにね」




「ニック!なんかあったらちゃんとターニャを守ってやれよ!」




とまぁ居合わせた村の人、主に俺とターニャの両親らの言葉を受けながら俺たちは出発した。




「今回はどれくらい儲かるかなぁ!ニックはどう思う?そういえば鍛冶屋のおじさんが鉄が欲しいって言ってたし買って帰れるかなぁ」




街に向かい始めてから少し経った頃ターニャがそう聞いてきた。




「今はまだ暖かいけど畑の収穫の時期も遠いから、作物は売れると思うけど毛皮はどうだろうな?もしかしたら売れないかもしれん。鍛冶屋のエリックさんがかぁ……確かにそろそろ農具を買い換えたしところもあるだろうしなぁ。買って帰ろう」




俺がそう答えると彼女は




「ふーん。なら私の売り物の方が売れるって訳ね!なら私が鍛冶屋のおじさんの分も稼ぐわ!」




と得意気な顔で言った。俺はその顔を見て




「生意気なことを言うのはこの口かぁ!」




そう言いながらターニャの頬を引っ張っる。彼女は




「いひゃい!」




そう言いいながら仕返しと言わんばかりに俺の頬をつねりに来た。が身長差が大体20cmくらいあるので残念ながらその手は俺の頬には届かない。




「ひゃがんで!」




そう言いながら彼女は俺の足をガシガシと蹴ってくる。あまり痛くはない。




「悪かったって」




そう言いながら俺が手を離すと、彼女はぷいっと顔を背け、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの態度をしている。仕方ない、




「わかった。昼飯は俺が作ろう」




俺がそう言うと待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、なら許してあげるわ、と彼女は言った。まぁ作ると言ってもこの辺はなんもないから道端なわけで、当然火を使うなら火を起こさなきゃ行けない。水がどこにあるかはよく使う道なので、知ってはいるがここら辺ならどこも少し歩くから面倒くさい。が持ってきた水は大事に使いたい。と色々込み込みで昼飯は俺が作ると言ったんだが彼女的にはそれを待っていたらしい。




「女はみんな女優って感じのことを誰かが言ってたなぁ」




俺は妹分の演技も見抜けない自分を誤魔化すようにそう呟いた。それを聞いたか聞かずか彼女は




「なーに?」




と言ってきたが俺は、なんでもないよ、と歩きながらではあるが頭を撫でて誤魔化すことにした。彼女は少し恥ずかしそうにしたが、周りに誰もいないこともあってか、撫でられるがままにしていた。




そんな俺たちをパロールは荷物を引きながら呆れたような目で見ていたような気がする。いやもしかしたら保護者のような目だったかもしれない。






そんなやり取りの後も俺たちは他愛もない話やら、周囲の景色の話やらをしながら街道を進んでいった。そして日がある程度まで高く昇った辺りでお昼にしようということになり街道の横に陣取り飯の用意を始めた。無論、さっき約束してしまったので俺一人でだ。




「ターニャ。昼飯は軽く干し肉を戻したのと、パンでいいか?」




「うん!まだ村を出たばかりだもの!食べすぎて何かあった時に足りなくなったら困るわ」




彼女はこういう時の聞き分けがいい。空気が読めるとも言うべきか、ワガママを言うことはほとんどない。




「よし。なら水を汲んでくるから待っててくれ」




俺がそう言うとターニャは、分かったー、と笑顔で返事をした。さてここから1番近い水場は、泉か。歩いて5分くらいかなと、村で見て覚えた地図と今までこの街道を通ってきた経験から推測して向かい、水を汲んで帰ってくる。


帰ってくるとターニャはパロールの面倒を見てくれていたようだ。




「ニック!おかえりー!パロールのご飯ってこれでいいのよね?」




そう言ってターニャが見せてきたのはニンジンだった。もちろん問題ない。




「あぁ。それで大丈夫だ。あんまりあげすぎるなよ?他は……大丈夫そうだな」




俺がいない間にトラブルはなかった様子。まぁ殆ど起きることは無い。それこそパロールが逃げ出すとかだが、こいつは歳だし、元々かなり大人しい部類に入るからな。




「んじゃ火を起こすからちょっと待ってて。水だけはひっくり返すなよ?」




俺が冗談でそう言いいながら水の入ったバケツを指さすと




「もーっ!そんなことしないってば!」




と返してきた。といってもターニャも怒ってるわけじゃなく笑顔で言っていたけど。




そんなやり取りをしながら薪を集め。それを組む。干し肉を戻すための水を1度煮沸させたいからだ。多分大丈夫だとは思うけど念の為。といってもライターなんて便利アイテムがある訳でもないので、火打石で火を起こす。


ファンタジーの世界に来たらしいが相変わらずそれを実感する機会は未だにない。俺はあの商人にからかわれていたのだろうか……


無事に火種を作って、火を大きくしている間そんなことをずっと考えていた。なんというかイメージしていたファンタジーの世界ならこういう時に全部魔法で済むはずだったんだけどなぁ……あぁ無情。




そんなどうにもならない事を考えると、水を沸かすのに十分な焚き火になった。バケツは木製じゃなく鉄製なのでそのまま使えるため、バケツごと火にかける。ある程度鉄は使える世界でよかったよ……ホントに。


沸騰したのを確認してから干し肉を水につけて戻す。その後戻した干し肉を焼いて、パンを荷物から取ってきたらたら完成だ。パンといっても前世の白いパンじゃなく、固くて食べづらい黒いパンだが。


煮沸した水はそのまま飲水に使う。多分問題ないはず。ちなみに塩コショウはない。素材の味をそのまま楽しむ、と言えば響きがいいが塩コショウは量の割に高いのだ。どうにもうちの村のある地方じゃあまり取れないらしく高くなるらしい。だから必然的に焼いた肉への味付けはなくなるのだ。。




「ターニャ出来たぞ」




「待ってましたー!」




俺がそう言うとターニャはパロールを撫でていた手を止めて駆け寄ってきた。




「ってもいつも通りのやつだけどな」




「それは言わないお約束ってやつでしょ〜」




そこからは特に何事もなく食事を終わらせ、火の始末をしてからまた街道を進む。街まではホントに街道がひたすら伸びているだけなので特に話すこともない。そのまま日が沈み、夜になったら、街道から少し外れた所でテントを貼る。ここら辺じゃ夜中に急いで街道を駆けるやつなんて居ないだろうが念の為だ。


晩飯は昼飯と同じメニューだ。水を汲みに行くときに何かあった時に獲物を狩れたら別だが、そんな街道から外れたらところまで行く訳でもないし、残念ながら成果は水だけだ。


そして寝る時間になったがテントは1つしかない。必然的に俺とターニャが一緒に寝る……なんてことは無く2人で交代で外の焚き火の所で寝ずの番をしなきゃいけないので、甘酸っぱい展開はなかった。というか明日も1日中歩くしお互いきちんと寝れる時に寝たいのだ。




寝ずの番をするのは街道の方に動物や魔物、魔物はほぼ来ることはない、が来た時にすぐに気づくためだ。とはいえ大概は火を焚いておけば寄ってくることもなく大丈夫なため、その火が消えないようにするのが寝ずの番って訳だ。薪の量で夜を大体半分に分けて交代で見る。先に寝る方が辛いので俺が先に寝る。なぜ辛いかと言うと1度寝て起きたらもうそこから3-4時間夜通し起きたあとにそのまま出発するからだ。2人しかないなし細かく起こし合うとお互い寝不足になるし、予定通りならどんなに遅くなっても明日の夕方には街に着く。まぁ1日なら問題ないだろうって判断だ。




「じゃあ俺が先に寝るから、何かあったらすぐに起こしてくれ」




「わかったー!大丈夫だとは思うわ。おやすみニック」




ターニャとそんな会話をして俺はテントに入った。そしてそのまま寝る。こんな暮らしをしていたら自然と寝付きは良くなった気がする。そんなことを考えていたらそのまま意識が落ち、俺は眠りについた。




「ニック起きて。交代の時間よ」




ターニャのその声で俺は目覚めた。辺りは静寂に包まれており、特に何かあった訳ではなく本当に時間が来たようだった。




「わかった。じゃあ交代で。朝になったら起こす。おやすみターニャ」




「えぇ。おやすみニック」




ターニャはそう言った後、さっきも言ったわ、と言ってクスクス笑いながらテントに入っていった。




俺は焚き火の前で座りながら辺りをみていた。といっても暗くてほとんど見えない。月明かりと焚き火の明かりだけが周囲を照らしている。パロールもちゃんと寝ているみたいだ。


前世の頃ならこの旅も大冒険の1つになっていただろう。だが今となっては生きるために必要なことの1つであり、至って普通の日常にすぎない。




今のところの俺はファンタジーな世界に転生したがただの村人として生きているに過ぎない。RPGならここは○○村だ。とか言うポジションだろうか。


すぐ横に置いてある弓を手に取る。こんな暗い中じゃまったく意味をなさないが、持っていると少し落ち着く気がした。




夜の帳の中世界に自分1人しか存在していないのではと錯覚する。テントを除けばターニャが寝ているしそんなことはないのは分かっているが、自分にある前世の記憶と今世の現状との齟齬が俺のそんな錯覚を増長させていた。


たまにこのような精神病患者のようなメンタルになるのも俺の日常であった。


多分こんな内心を村の人に吐露してしまえばたちまち村八分になるな。両親もターニャも流石に庇ってはくれないだろう。


俺は転生してから、前世の知識を活かしたことは殆どない。人前なら尚更だ。それは今言ったことを危惧しているからであり、自分の知識が正しい自信もないからである。それになんだかんだ今の現状に大した不満はない。特に飢饉に怯えることもなく過ごせたし、よくある農業チートのようなことをして現状を悪化させてしまっては堪らない。何より俺は農家じゃなくて猟師だし。




そうやって自分が何もしない理由を頭に浮かべていたら朝日が昇り始めていた。結局俺はこのまま何も変えずに生きていくのだろう。あと数年したら結婚もするだろう。村の中か近隣の村の人とになるかは分からないが……




まぁいい。先の事を考えても仕方が無い。もう少ししたらターニャを起こそう。その前に軽く朝飯の用意をしておくかな。水汲みだけはターニャが起きてからする事になるが。 そんなことを考えながら立ち上がり、思い切り体を伸ばす。パキパキと関節の鳴る音がした。その音と痛みで目を覚まし俺は朝飯の用意を始めたのであった。




これが俺、ニック・フーパーの日常であり、平和の時だった。


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