第13話
大陸全土を巻き込んでの大戦。
バフォメットが撒いたその火種は、徐々に広がりつつあった。
塔の中は不明とされていたバベルだったが、悪魔が存在する事が判明したため、今まで帰ってくる者が居なかったのは悪魔に殺されていたから、と結論づけられた。
それにより、対悪魔用兵器の準備が進められ、光華聖教会において、四分の一近くの聖騎士達の標準装備となった。
対悪魔用兵器とは、魔族に対してのみ毒を与える魔法を付与させた武器のことだ。
斬られればもとより、触れるだけであったとしても効果はある。
効果は二つ。
まず即効性の毒によって動きが鈍らせる。
能力差を縮めることで、一般兵であっても悪魔に対し勝機を見出すことが可能となる。
そして遅延性の筋肉毒。
こちらは遅延性だが筋肉を壊死させることが可能だ。
生き残れなかったとしても、相手を道連れに出来る。
役に立たなくなった一般兵を神風特攻のように使うことが目的だ。
ただ弱点は、対悪魔用兵器は剣であったり、弓であったり形は様々だが、防御面の強化はないことが挙げられるだろう。
引く事を許さず、前進あるのみという意思の表れとも言える。
今回、動員する聖騎士の数はおよそ八千万人。
内訳は転生聖騎士百、一般兵六千万、オーク一千五百万、鳥獣兵五百万となっている。
聖騎士総勢の四分の一、二千万人分の装備を短期間て用意出来たのは、光華聖教会の影響力の大きさゆえだ。
関係各所に斡旋し、優先的に対悪魔用兵器を回すよう指示し、さらに食料の備蓄も進めていた。
この甲斐あって、光華聖教会は他の国よりいち早くバベル攻略の準備が整ったのだ。
魔将グレシルからの報告として、バフォメットがルシファーに淡々と伝えていた。
「は?八千万!?頭おかしくね??何その数、国家総動員法でも使ってんの?」
「国家総動員法なるものは存じ上げませんが、聖騎士の総数から言えば妥当かと。」
「え、そうなの……?」
(八千万人って第二次世界大戦の時の両陣営の動員総数並だろ……?)
光華聖教会の想定を遥かに上回る軍事力に、ルシファーは目が回りそうになる。
だが、同時に疑問も生まれる。
「つか、そんな人数バベルに入りきらなくね?」
そう、バベルと言えどただの建造物だ。
その中に八千万など収容出来るわけがない。
「えぇ、確かに一度には入れないでしょう。彼らも勿論分かっていると思います。ですので、複数回に分けて長期間攻め続ける予定のようです。」
「複数回って一体何十回攻めるつもりよ……」
作戦の立案主は相当頭がおかしいな、と思わずにはいられない。
それだけの数に与える食料をどうやって確保したのか。
まさか、餓死させる前に攻略できるとは思っていまい。
「攻めてくるのは聖教会だけ?」
「いえ、南方のアシャニア共和国が二万、北方の独立国家ネイカカが五万が他の勢力として攻めてきます。」
「一気に減りすぎだろ。聖教会に人取られすぎてんな……」
七万という数は決して少なくはないが、八千万に比べると無いに等しく感じてしまう。
「こちらの作戦はどのように致しましょう?」
「あーそうだな……」
バフォメットは大陸全土を巻き込んでの争いを、バベルの者たちの戦闘欲求が爆発するであろう時期に行いたかった。
そうでなければ、再び自分たち同士で争いを始めてしまう可能性があったからだ。
人間の生き死になどどうでも良かった。
一時的な憂さ晴らしをするために役に立ってくれればそれでよい。
その程度の考えだった。
だからこそ、仲間が死ぬのは本末転倒なのだ。
ともすれば、通常であれば、籠城し戦う数を絞るのが得策だろう。
敵に転生者がいるなら、あまり複数体を同時に相手にはしたくない。
この間のベリアルのように相性が最悪の相手を引けば、魔将たちがやられていく事は明白だからだ。
少しずつを相手にしていき、確実に仕留める。
バフォメットとしては、それが一番確実だろうと思っていた。
だが、ルシファーは違った。
それは、ヒロインを求め続ける彼にしか考えつかないであろう策だった。
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「や、やめてくださぃぃぃ……」
「黙れ豚が!!」
パシンと鞭で叩く音が部屋中に響く。
何も着ずに全身のあちこちが腫れ上がった姿からは、元々好青年だったとは想像がつかない。
栄養状態もギリギリ生きることのできる最悪の状態で、手足で腫れがない部分は痩せ細っている。
「ひぃぃぃっっ!!」
初めのうちは誰もが抵抗しようとする。
叩かれまいと、鞭を振るう腕を掴みにかかるのだ。
しかし、ただの人間如きが変態(サディスト)ウリエルに抵抗などできるはずがない。
抵抗したいと考えた途端に、ウリエルに心を読まれ、避けられてしまう。
能力名『智天使(ケルビム)』。
目にした者の考えや記憶を全て看破し、更に自身の思考速度と身体能力を一時的に数万倍に引き上げる、という能力だ。
『智天使』の前ではただの人間は何もなす術がない。
全て彼女の思いのままに事は運ぶしかなく、別の未来など全て消え去る。
そして、何度も何度も叩くうちに徐々に痛みは快楽へと変わる。
脳が勝手にそうしているだけなのだが、ウリエルからすればその変化を見るのが何よりも愉快だった。
驚き、恐怖、快楽、と感情は移り行き、最後には生きる屍のように何も考えることのない廃人となる。
この流れを幾度となく見たが、彼女は未だに飽きない。
(あぁぁ、良い!もっと抵抗するのじゃ!)
鞭を振るう手は止めない。
ウリエルは恍惚として見入っており、周囲への注意力が無くなっていた。
だからこそ、突然視界に入ってきた者がいた時心臓が止まる思いをしたのだ。
「な、何者じゃ!!貴様どこから入ってきた?!」
「うわぁぁ、昼間から何してんの!!」
部屋の中に転移してきたのはルシファーだった。
彼はウリエルたちを見るや否やたじろぎ、軽蔑の視線を向ける。
彼の後ろには魔法で作られた転移門があり、そこから出てきたのだとウリエルは即座に分かった。
バンッ、と鞭で打っていた男を部屋の端に向かって足で蹴り飛ばし、ルシファーに近づく。
「ほぅ、これはこれは敵の親玉が出てきたのか。わざわざ出向く必要がなくなったわい。」
『智天使』でルシファーの記憶を読み取り、その正体を一瞬で暴く。
「記憶が読み取れるってことは、あんたがウリエルか?
なんつーか……すげぇ変態女だな……」
「妾を変態呼ばわりするとはいい度胸よのぅ。」
そう言ってウリエルは一瞬でルシファーとの距離を詰める。
『智天使』の身体能力向上の前には、ルシファーとの間合いなど関係なかった。
そのまま足をかけて、床に一気に押し倒し、唇を奪おうとする。
「おいっ、ちょっ、離れろドS野郎!」
ルシファーは唇が触れる直前で体をひねり、手で押し返す。
すると、やれやれと言いながらウリエルは立ち上がった。
「妾に這い寄られて落ちぬとは驚いたぞ。」
「俺も、女に寄られて自分が拒絶するとは思わなかったわ。」
ルシファーも首を回しながら立ち上がる。
「なんじゃ?タイプではないのか?悲しいのぅ。」
「悪かったな。俺はМじゃねぇし、タイプはデレデレ系だ……ってそんな話をしに来たんじゃなかったわ。」
「分かっておる分かっておる。お主の考えなど既にお見通しじゃ。」
ウリエルは手で落ち着けとジェスチャーする。
「そうか、なら返事を聞かせてくれるか?」
「『バベルでは狭すぎる。よって戦う場所を指定させてほしい』だと?ふざけるな。悪魔の要求になど応じるつもりはないわ。」
当たり前の反応だった。
相手にとって有利になるからこそ、そのような条件を提示してくるのだ。
それに乗っかるなど愚かとしか言いようが無かろう。
「そう?なら別にいいや……」
そう言い残してルシファーは自分が来た転移門に向かって歩き始める。
数歩歩いたとき、ウリエルが突然叫んだ。
「おい、お主!そんな……やめろ!!!」
『智天使』によってルシファーの考えを読み取ったからだろう。
今まで余裕そうな表情をしていたウリエルに、恐怖の感情が宿る。
すぐさまルシファーに向け全力で殴り掛かりに行く。
だが、既に時は遅かった。
ルシファーは転移門の中にすっと入り、姿を消し、転移門も同時に消える。
それと同タイミングで窓の外から爆音が響き、窓ガラスが吹き飛ぶ。
飛び散ったガラスの破片など気にせずに窓に駆け寄ると、宮殿の外に広がる町中に火の粉が上がっており、黒い影が複数見えた。
その暗い影がすべて上位の悪魔であることを、ルシファーの記憶の中から理解する。
通常なら、『智天使』で記憶を読み取った時点で相手の策はすべて見切れる。
だから目の前に殺意を持つ人間が現れた瞬間に、先に殺しに行くことが出来る。
しかし、ルシファーが目の前に現れた時、彼の記憶には悪魔が現れるなどというものは存在しなかった。
ルシファーの記憶が転移門に入る瞬間に変わったのだ。
「チッ、奴め、記憶をいじったな……」
記憶をいじられれば、『智天使』に真意を見抜くことは出来ない。
唯一の弱点を突かれ、ウリエルは苦虫をかむ思いをする。
(ここに来る前、いや争いが起こるずっと以前から仕組んでおいたのか!あの、悪魔め!!)
ルシファーがやって来た理由がようやく分かった。
要求を呑めばそれでよし、そうでなければ即時開戦し出鼻を挫く。
そのどちらでも良かったのだ。
「ウリエル様!町に悪魔の大軍が突如現れました!すぐにご準備を!!」
ガブリエルが部屋に飛び込んでくる。
すでに彼は聖剣を携えていた。
うむ、と言いウリエルも部屋においてある双剣を手に取る。
(んじゃ、楽しんでくれよ?)
そう聞こえるはずのない憎らしい声が消えた転移門の中から聞こえた気がした。
チート級転生者ばかりでウザいです。そんなことより、早くヒロインに会わせて下さい。 @yamasy
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