第 参拾陸 輪【名誉への代償】

 気絶させられた者達の意識が戻ると、試験開始を宣言した場所へと集められていた。


 たったの一時間ながらも、実力は浮き彫りとなっている。


 そのため各々の班員は我先にと桜香達を囲い出した。


 だが、桜香の姿を見るや事情を察したのか皆直ぐに散って行く。


 当の張本人と言えば、木の根元で体育座りのまま顔を埋めていた。


 静かに、静かに、ほんの少しばかりの後悔を添えて。


「あんまりだよ……。ここまで頑張ってきたのに……こんな結末……酷いよおぉ」


「桜香様。あんまり気を落とさないで下さいです。また次がありますから一緒に頑張りましょう?」


って何? 楓美ちゃんのそれはちっとも慰めになってないよ。一つとして同じ事はないのにさ」


 赤子のように泣き喚く訳でもなく只々、静かに皺くちゃな顔で鼻を啜る。


 兄妹の多い楓美でもどうしていいか分からず、頭を撫でるしか励ましの手段が無く困惑していた。


 沈んだ空気感の中で構うこと無く現れたのはあの男。


「おうおうおう、何しょぼくれてんだよ! 俺様が見るにお前は良くやったと思うぜ? 誰だって失敗は付き物だし、よく言うだろ〝猿も木から落ちる〟って。だから、心配すんな」


 意気揚々とやってきたのは、一時的に協力を得た竜胆りんどうだった。


 彼はとても清々しい顔をしており、視線は合わせず空を見て話していたようだ。


「うぅぅ……」


 聞かず、伝わらず、深く項垂うなだれる桜香。


「あなた一体何処の誰です?」


 初対面にも関わらず淡々と冷静に突っ込む楓美。

 桜香と出逢った時とは偉い違いだ。


「り――」


「早口で言わなくても良いじゃないですか。一字一句しか聴き取れないです。用がないならあちらへどうぞ」


 何故か満足気な竜胆に対し、桜香との時間を邪魔された楓美は冷たくあしらう。


 だが、本人には効いていない上に聞いてもいない。


 所謂いわゆる、鋼の心……無傷だ。


「今はそれでもいいが、俺は上しか見てねぇ。お前はどうだ? じゃあなっ!!」


 結局、何を伝えたいのかわからないまま一言だけを残して彼は去っていった。


 影映える夕暮れのような瞳には、高貴な紫色を帯びた髪色にその後ろ姿が良く馴染んだ。


「あの方は一体何だったんでしょう。心配しているのかしていないのか。まるで」 


 そう小さく呟くと少しだけ、ほんの少しだけだが楓美の口元が緩む。


 束の間の休憩を挟みいよいよ結果が告げられる。


 人数確認の為の点呼終了後にて、再び各班ごとに整列させられた。


「良し、お前等揃ったか? 誰一人とて抜けはないな? これより〝鬼ごっこ〟の結果発表を行うぞ!!」


「「「「うおぉぉっ!!」」」」


「おぉー……」


「「「「いえぇぇっい!!」」」」


 反応は上々と超上々、一部の者はだだ下がりの様子。


 見るからに元気の無い猿寺率いる班は、桜香のせいかまるでお通夜のようだった。


 連帯責任が故に、一人でも優秀な者が居れば己の手柄にもなる。


 これから行われる猿火言葉は正に泣きっ面に蜂に過ぎない。


「先ずは猿砂の班だ。芽吹めぶき及び未蕾みらいによって、今季最速の合格となった。対象の者、前へ出て来い!!」


 猿火の呼び掛けに答えて姿を現したのは例の二人組であった。


 まともに見えるのは藁帽子の影から覗く口元のみ。


 独特の匂いを放つ革手袋を着用しており、身なりからも分かる通りの紳士的な風貌。


 背負うは絶大なる才能の証とも言える未蕾刀。


 更に形容すべきはその存在感にある。


 まるで異を掴めほどに深く大きく仄かに底知れぬ。


 さりとて場が違えば周囲の和と一つに溶け込むほど大らかであった。


 隣に立つ頭二つ分小柄な方は茶蜜さみつと言う。


 触れる前の雪のような危うさと儚さを併せ持つ髪色がみなの眼を引く。


 そこから覗かせる表裏と言える真紅の瞳は、どんな困難にも打ち勝つ強さを秘める。


 そんな有望株に周りの視線を一点に集めたのは、茶蜜の背丈に似つかわしくない未蕾刀だった。


「今で〝未蕾みらい〟ってことは将来の〝花輪かりん〟が約束されているようなもんじゃない」


「ねぇ見て隣の子。小さくて凄く可愛い。あんな幼い子でも花の守り人になりたいなんて、私まだ種子だけど

 

 羨む言葉、妬む言葉、両極端な意見が闊歩する。


 高身長ながら丁寧に腰を曲げると、楽観主義者達と視線を合わせる。


 貼り付けた笑顔と絹のように柔らかな口調で囁いた。


「この世界で遅咲き呑気は差に値する。もしも貴女方が寄生されれば真っ先に素っ首叩き落としますからね?」


「「「っ!?」」」


 それは到底、誰かに向けていい物ではない。

 まるで恐れ慄く存在を前にした時に起こる戦慄。


 物騒な物言いを察知した猿寺が間に入る。


「は〜い、は〜い。お喋りはこれ位にしとこうな。これから衣食住を共に過ごす仲間に嫌われるちまうぜ?」


「不要な馴れ合いは互いに死期を早めるので結構」


「僕も右に同じく」


 やれやれと呆れ顔の猿寺に振られ猿火が仕切り直す。


「威勢、虚勢、大歓迎だ!! では最後の班を発表する。運も実力の内、諦めぬ心が掴んだ結果と言えるだろう!」


 誰も彼も表情から見て結果は分かっていた……真実を歪め自身で完結された物とは知らずに。


「――


「「「!!?」」」


 猿火から発せられた驚きの一言。


 周囲は荒波のようにうねりを上げ、桜香が歩む道を自然に開けた。


「うぅ、ぃ嫌だ〜!」


 鼻水を垂らし、喉を絞り、人目をはばからず涙声で速攻拒否した。


「よし、無理とは言わんから結構!! 先の二名の班員には褒美を与えんとな!!」


 そう言って猿火が切り替え両手を広げる。

 合図を与えられ上空から藏芽くらめによる物資が落とされた。


 猿寺、猿火の元には鬼ごっこを合格した褒美の昼食。

 加えて、一際大きな包みを猿砂が何やら担いでいる……。


「しかし、おかしいなぁ。こちらに何故か……があるんだが、誰のだろうな?」


 わざとらしく額に手を当て笑う猿火。

 瞬間、烈火の如く眼を血走らせた桜香が他の者を薙ぎ倒しながら猛進した。


「ぐうぅぅっ私のおやつうぅぅぅあぁぁぁっ!! 離してよ楓美ちゃんあそこには私の大事な物が! 御団子が!? 御饅頭が!? 御煎餅に大福に口休めのお茶までもがあぁぁっ!!」


 食の恨みは凄まじく猿寺に襲い掛かるが、紙一重で交わされ地に顔を埋める。


 その後、気絶した桜香は楓美と竜胆に両脇を抱えられ無事に配られた。


 ひとときの賑やかさを手に入れ、食の時間が訪れる。


 天気は晴々、空気は澄み、さながら試験を忘れた遠足気分。


 見守る三猿は引率の保護者といったところだ。


「無粋だと思いますが、ねぇ猿火さん。彼女……まだ泣いてませんか? 周りの子達も目を合わせないように距離を置いてますよ」


「はて、猿寺よ。お前もまだまだ人を測る力が甘いな。あれは間違いなく嬉し泣きだ!!」


「はぁ……。俺にはそうは感じられませんがね。何方かというと、私利私欲だらけと言いますか。涎出てますし」


「そうとも。都合の良いところを切り取ることでしか見れない景色もある。自身の選択を後悔か糧に変えるかは、今後の覚悟が決めることだ」


「ははっ、違いないですね。この場にいる時点でそれがなきゃ、


 失って辛酸を舐める者。

 一段登って更に高みを望む者。

 輪を持って打ち解け合う者。


 この場にいる理由は其々でも今は一つの目標を目指す仲間達。


 ほんのり甘い香りに心を許し、思わず舌鼓を打つ一同だった。


「嫌だ嫌だっ、離すんだ楓美ちゃん!! ああぁぁっ全部全部。私の物だぁ〜!!!」


 楓美の胸元で泣き喚く桜香。


 彼女の悲痛な叫びが皮肉にも環境音と溶けつつ午後の部へと進む。

 

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