第 参拾伍 輪 【命あるのは生かされている証拠】

 後ろ向きながらも正確に木々を飛ぶ先頭の猿寺。


 次点に地を走る桜香と少年が横並びで続く。


「くそっ追いつけやしねぇ。何だよあれ、まるで全部お見通しって動きだぞ。花の守り人ってのは後頭部に目でもあんのか!?」


「ん〜それも充分にあり得るかもしれないけど。もっとこう感覚的な物だよ。あっ、分かったかもっ!!」


 桜香は起死回生の案を閃いたのか、両手を斜めに勢い良く挙げ急停止した。


 直後に響く鈍い音は休んでいた小鳥達が飛び立つほど。


「痛い五月蝿い耳元で叫ぶんじゃねぇ、何だよもうっ。お陰で見失っちまったじゃんか!!」


 ほんのり苺色に染まる鼻を押さえ、睨みつけるように少年は激昂した。


 しかし、心配する様子もなく眼を輝かせながら興奮気味に説明する桜香。


「そう、鍵は耳なの!! あのね、人って失った物を補うために他の器官が発達するって言うじゃん。猿寺さんはまさにそれ! 聴覚が人より何倍も良いから視覚に頼らなくても平気なの」


ぅ、確かに所々思い当たる節はある。だが、それがどうかしたかよ。種が分かった所で近付く事さえままならないのに」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、桜香は絵にも描けぬ珍妙な顔付きをする。


「へへん、そこは私にお任せあれだね」


「ちょっと薄気味悪いなお前」


 しゃがみ込み流麗な手付きで地面に何やら書き始める。


 一見ふざけているようだが、頭の中では既に自分なりの答えを導き出していた。


「猿寺さんは恐らくだけど……性格的にこうだから……これをこうしてここで――」


 結果として時間を消費してでも、二人は一縷いちるの望みに全てを賭すことに。


「以上で説明は終わりだよ。どうかな?」


「後は天に任せて運頼み、伸るか反るかの大一番だ。文字通り澄まし顔した班長の、鼻っ柱をし折ってやろうぜ!」


「大丈夫だよ全て上手く行く。そう信じることが勝利への近道だからさ。 あっそうだ、景気付けに〝えいえいお〜〟ってやる?」


「やらねぇよ。早く準備すんぞ!!」


「え〜やろうよやろうよ〜、乗り悪いなもう〜」


 団結の意味を込めて一人で小さく拳を突き上げるのだった。


 桜香達から少し離れた樹上に立つ猿寺は、枝の根本に腰を掛け退屈そうに欠伸あくびを繰り返す。


「は〜あ、残すところあと二分ってとこか。結局、僕と猿火さんの勝ちか……ん?」


 何かに気が付いたのか耳を澄まして周囲の状況を伺う。


 最低限抑えてはいるが土を踏む音が段々と近づいて来てるのが分かる。


(この足音の感じ、あの子は確か竜胆りんどう君だね。頭上辺りにほんのり甘い香りがするなぁ。足音は一人分、これはまさか……!? )


 姿を現したのは著しく機動性を欠いている、肩車姿勢の竜胆だった。


「猿寺班長。大人しく待っていてくれる何て随分余裕じゃん。 教え子に花でも持たせたい性格ですか?」


「はははははっ、一匹狼だと思ってたけど面白いね君。一日之長いちじつのちょうたるもの付かず離れず、教え子に背中を見せ続けるのも立派な責務なんだよ。ところで聞くけど、それで本当に勝つつもりかい?」


「あぁ、これが俺達が編み出した勝利の陣形、意味は……今に分かる。うおぉぉりゃっ!!」


 大きく息を吸い助走をつけた竜胆。


 地上から七人分は有るであろうえんびへ、渾身の力を込めた投擲とうてきを放つ。


 疲労で地に伏した竜胆が勝利を願い叫ぶ。


「行けっ桜香! 正々堂々の体当たり勝負だっ!」


(途中まで、本当に途中までの動きは申し分無かった。でも、最後の作戦これは五流以下。はい避けて御仕舞。せめて二人いるなら相手の虚を突く陽動とかしないと)


 一瞬だけ気を抜いた猿寺。

 その感情のほころびへと着弾寸前、竜胆は不敵な笑みを浮かべた。


「いい加減もう気が付いたんじゃねぇか? この辺りは風が強く吹いている……つまりは鼻先に迫るまで分からねぇ!!」 


 ようやく違和感に気が付いた頃には遅く、糖の塊弾をまともに直撃してしまう。


 自身の跳躍も加わり森を抜け宙へと無防備に投げ出された。


(しまった、これは着物に包まれた大量の甘味。つまり本物は……!?)


 嗅覚が優れているが故に、より色濃い香りのする方へ視線を向けた。


 その先に待っていたのは――


「猿寺さん、まんまと〝お饅頭誘導大作戦〟に掛かりましたね?」


 大空に浮かぶ雲を思わせる純白の肌着をなびかせ、あられもない姿の桜香がいた。


 不利な状況の猿寺とは違い万全の態勢で迫る。


 しかし、小手先のところで触れられずくうを掴む。


「危ない危ない、いや〜惜しかったね!」


 冷や汗を拭うのも束の間。

 猿寺の予想に反して桜香は更に一歩だけ跳躍した。


 その表情はまるで太陽のように温かい。


はばかりながら申し上げます!! 自然はいつだって。諦めなければ道無き道を歩むことだって可能なんです!」


 不規則な自然の息吹をも味方につけ宙を舞い、鬼ごっこの鬼門である身体に触れる。


 最後の条件は単純に笛を鳴らすこと。


(しかし、驚いた。位で言うと上の芽吹である彼が種子の子に付き従うなんてね。本当に……良い連携だ)


 桜香と楓美が寸分の違いもなく笛へと手を伸ばす。


 同じ志を持つ友との想いは繋がる空の下で共鳴する。


「「うちなら出来る!!」」


 終了を告げる藏芽くらめの鳴き声が響く。


 同時に力強い笛の音が高らかと森へ、あるいは数年振りの風物詩として花の都へと届いた。


 結果としてという大快挙を果たす。


 それぞれの実力や成長すべき未来の矛先がほんのりと顔を覗かせる。


 こうして野外実地訓練の一次試験である〝鬼ごっこ〟は、有終の美を持って幕を閉じた。


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