第 参拾肆 輪【同じ方向に】


 楓美の奮闘によりやや試験官陣営が劣勢となっている中。


 時は少しだけ遡り桜香が選択した猿寺班では――


 視覚に頼らずとも身のこなしは非常に軽く、時折見せる茶目っ気な行動は正に猿の如し。


 無尽蔵にも思える体力や勢力に、一人また一人と次々に脱落していく。


(うーん流石に現役だけあって経験差がある。こっちが速く走るに連れて猿寺さんもそれに合わせてくるし。けど、不思議と)  


 一向に縮まらない距離はそのまま実力差に変換される。


 お互いに付かず離れずのまま時間や体力が消費されていく。


 そんな中で大きく動きを見せたのは意外にも猿寺の方。


 追尾する桜香を気にもせず背中を向けて止まったのだ。


「うわっと〜っ!」


 急にどう反応していいか分からず、自らの身の丈以上の高さを飛び越えてしまう。


「ひゅ〜。大口叩いてたからあまり期待はしてなかったけど、位が〝種子〟の割にはいい動きするじゃない」


 その姿を見るや高らかと口笛を鳴らしながら関心する猿寺。


 当の本人は枝に掛かる足の甲を軸に逆さまの状態から、体を振り子のように動かして対面に立つ。


 そして、風呂敷から手製のお饅頭を放り投げ一噛りついでに公表した。


「へへんっそれは当たり前ですよ。ここに来る前に、靜恵さん手作りの朝ごはんをお腹一杯食べましたから!!」


(しずゑ?  確か先代の準最高位〝鏡花水月きょうかすいげつ〟にその名が記されていたような。おっと今はそれどころじゃなかったね)


 心乱す動揺は一瞬の波紋であり、荒波立ちぬまま即座に我へと還る。


 友達感覚で名を口ずさむ桜香は気付いていない様子だった。


 他愛もない会話の中にも、互いの出方を伺いながら硬直気味の両者。


 進まぬ状況を見かねたのか同じ木を挟んだ場所から声がした。


「んで、どうするよ。派手髪のちんちくりんさんよ。残すところ俺等しかいない現状で上手くやれんのか?」


「え〜っと、そうだね。作戦はあるよ。。え、と言うかいきなり誰なのっ!?」


 慌ててずり落ちそうになりながらも、体を前向きに覗き見ると同い年ほどの少年が一人。


 何食わぬ顔のまま親指を口に咥え頭をむしっている。


「ちっ、今更かよ。もう、四十五分は一緒に居るってのに全く気が付かなかったのか?」


「全っ然っ。走ってる時は楽しくて楽しくてそれどころじゃなかったからさ!」


「思い返せば確かに視野が狭すぎるくらいずっと前しか見てなかったな」


「あれれれっ、相手にされたのがそんなに嫌だったの? 終わった後にでも話くらい聞いてあげるよ!」


「はっ、言うじゃないか。偉大な人間ほど最初は凡人にも劣ると言われるが俺は違うね。今が人生の最高到達点! そしてそして何れ誰もが羨む花の守り人になり、現在も空席の〝四季折々〟春の男となる者の名をその耳で聞けっ――」


 幼き頃夢見た憧れは少年をこの場所へ連れて行き最高の場を与えた。


 班長でもある猿寺の手前、他者への印象は最初がもっとも肝心。


 注目の的もとい世界の中心は自分自身だと、全身全霊を持って念を込める。


(さぁ、響け、轟け、驚け、刮目しろっ! 未来永劫すべての民の心に刻まれるであろう俺様の名を!!)


 鼻から大きく息を吸い仁王立ちで堂々と名乗ろうとした矢先。


 割り込む咀嚼音と鼻先を通り過ぎる香りが空気を乱し場を変えた。


「ん〜ほっぺた落ちちゃうほど美味〜。人の手でしか作れない温かみに感謝感激しちゃうよ。本当は出来立てが良かったけど自然の中で食べるご飯は何割も増して最高だっ!」


 桜香は何度も食した饅頭を饒舌に大絶賛する。


 薄皮にも関わらず弾力のある外側を割れば、芳醇な香りに包まれた漆黒の宝石が顔を出す。


 丁寧に捏ねられた中にも、やや形の残る小豆がひょっこりと顔を覗かせ頬を緩ませる。

 

 たった一粒でさえ無駄のない一体感は熟考せし匠の芸術と呼べる。


 幸せのお裾分けと言わんばかりに桜香は見る者さえも魅力した。


「見れば分かるが言わせてくれ。おま……それ……なっ何をしてるんだ!?」


「あっ、ごめんごめん。走ったからお腹すいたよね 一緒に食べる? 取り敢えず半分個だけど、疲れたときこそ糖分摂って元気にならなくっちゃ!」


「お、おう。ありがと……う」


(こいつ、自分が置かれた状況が分かってないのか? しかも、身の丈の倍以上はある風呂敷包みを背負いながらで、何故そんなに元気なんだ? それにしてもこの饅頭旨いな)


 少しばかり躊躇はするも腹が減っては何とやら、片や座り片や立ちながら二人仲良く食べ始めた。 


 ある意味誰もなし得なかった事、その珍妙な光景が暫し続く。


 桜香が口元の餡を拭い去ると同時に、待っていた猿寺が声を掛けた。


「では、残り時間も少ないしさっさと続きを始めるけど二人の準備はもう良いかい。まさか……まだとは言わせないよ?」


「「勿論!!」」


 腹の底から声を張り上げる若人二人の気合いは充分だった。



 




 

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