第 拾陸 輪【適材適所でも常識的な範囲で?】

 普通ならば声色だけでおおよその性別が判断できるもの。


 だが、目の前にいる二頭?は勝手が違う。


 男女の区別はおろか無邪気な子どもとも、落ち着いた大人とも取れる立ち振舞いをする。


 特に楓美の前で立つ者がそうだった。


「いやはや。興奮して申し遅れましたよ。僕は〝赤蓼あかたで〟と言いまして、彼方あちらでお友達を噛んでいるのが〝青藍せいらん〟です! 長年ですね、選別のふるいを担当しております故、これまで沢山の志望者を見てきましたがっ!!」


「えっと……赤いのが青い名前で、青いのが赤い名前で……えっと、えっと……」


 容姿とは正反対の名乗りに困惑して、交互に見回していると途切れ途切れの拍手が聞こえた。


 両手が獅子舞の口から出てるせいか不器用さが否めない。


「うん、うん、うん。問題なく両名とも合格です。まずはおめでとうございます!」


「がふっ、がふがふっ」


「ん"~っ! ん"~っ!」


 頭を噛まれた桜香も釣られて手を叩いているが、未だに状況が判っていない様子。


「いや~、僕の見立てでは特に数値の異常は無いですね~偉い偉い! 特に楓美あなたっ! 


「あの、勉強不足ですみませんです。そのとは一体? それからうちは、お化けになるのですか?」


 その言葉に待ってましたと言わんばかりに猫背を正し胸を張り鼻を鳴らす赤蓼あかたで


「良くぞ聞いてくれましたっ! いや~、眼の付け所が違います! それはですね、花の守り人にとっても重要な〝華技〟の――」


 鼻先まで接近してきたせいで瞬きも忘れる楓美は言葉が喉に詰まる。


 背後に怒りをあらわに毛を逆立たせる、青藍せいらんと眼が合った気がしたからだ。


 耳に届くのは気だるげでため息混じりのか細い声。


「……赤ちゃん……それ以上は喋りすぎ……。また、怒られるよ……あの人……厳しくて……恐いから……嫌い」


 ゆらり、ゆらり、ゆらりと揺れる青藍に見かねた赤蓼が猫なで声で機嫌取りに肩を揉み出した。


「はいはいは~い。分かったよらんちゃん~! 詳細は〝四季の適性検査〟が終わってからだよね!?」


「そう……早く……次……行かせる。そこの子……邪魔……眠たい……疲れた……から………とっととこの場を去れ!!」


 何も見えない筈の暗闇の口から眼光が覗き、

 静寂を打ち消す怒り狂う猛獣の如き威圧を放つ。


 あまりの緩急に驚いた楓美は仰向けで寝る桜香に肩を貸すと、急ぎ足で次の部屋への入り口に立った。


「ひぃっ、あ、あ、ありがとうございました。では……行かせていただきますです~」


 最後までに落ちないながらも、そこは常識人なのか丁寧にお辞儀して場を後にした。


「それではまた会える時を楽しみにしています! 〝桜香〟に〝楓美〟。次代を引き継ぐ四季の申し子達よ!」


 まるで舞い踊るような身のこなしで、赤蓼あかたでが大袈裟に見送った。


 二人が次に進む通路を歩く中で申し訳なさそうに桜香が口を開く。


「ん、私……今回。何もしてないや、ごめんね」


「そんなことはないですよ? うちはちゃんと桜香様の勇姿を見てましたから」


「へへへっ、流石は大親友の楓美ちゃんだね」


 その後、額に顔の三分の一にも及ぶ巨大絆創膏が貼らていたのが原因で、楓美の笑いがしばらく止まらなかったはまた別のお話。



 ☆



 今年度の〝選別のふるい〟が終わり丁寧に掃き掃除をしている最中。


 勿論、格好は派手派手一択の獅子舞。

 座敷箒は口で噛み砕く勢いで咥えていた。


 ふと、機嫌が良い赤蓼あかたでが興味本位に問う。


「そう言えばさ~。人間嫌いのらんちゃんが、あんなに興味津々で他人へ触れるなんて珍しいね! どんな心境の変化なんだい? 是非とも聞かせてほしいね」


「痛い……近過ぎ……気持ち悪い……黙って……直ぐ離れて……ちっ……止めないと嫌いになるよ!!」


 あまりにもしつこく迫りしゃくに触る態度に、不貞腐ふてくされる青藍せいらん


 甲高い舌打ちを鳴らし座敷箒を縦横無尽に振り回す。


 しかし、殺意ある攻撃でさえ軽く避けられ当たりも掠りもしない。


「おっ、心からの言葉や行動は純粋に効くね~。んで、んで。本当はどうなのどうなのさっ!?」


 最低限度の動きで軽くいなしたが、握り固められた拳が下腹部へ直撃する。


「ぐふっ、げほっ、痛ててて」


 嗚咽おえつに続く咳き込みながら懲りもせず再び近付いた。


 手首を優しく掴まれ満更でもない様子なのか、青藍の頬が赤らんでる気がした。


「うん、ごめんね。採血する時……あの子だけ……何だか、……持ってる物にも……違和感が凄くあった」


「流石だねらんちゃん、それは僕も思ったよ。巾着袋に隠してたけど、あれは間違いなく――だね!!」


「馬鹿。赤ちゃん肝心なところ度忘どわすれしてる……それを言うなら――あ、分からないや」


「まぁ~、花の守り人なのに戦地へ行けない僕達が出来ることは一つだけさ」


 勇ましい顔で親指を立てると、示し合わせたようにお互いに被り物を脱ぐ。


 無言のまま赤蓼あかたでだけが両膝を着き眼を閉じた。


「未来に残す偉業を育て実り有る道を歩む者達よ。この先に溢れんばかりの御多幸ごたこうあらんことを。……てな感じで、軽~く祈るだけさ」


「そうね。赤ちゃん、そろそろ祈祷きとうの時間が始まる。遅刻は厳禁なの守らないと」


「は~い!」


 再び獅子舞の被り物を着け、断続的に灯る光と共に二人の姿が消えた。









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