第 拾伍 輪【魚を食べる時は頭からガブッと】
花の都を拠点とした植魔虫を狩る組織〝百日草〟とは――
隊員数はおよそ三百六十五名余りの人員で構成され、中では大まかに以下の四階級に分けられている。
並びに〝種子刀〟、〝芽吹刀〟、〝未蕾刀〟と名称に付随。
全てにおいて唯一無二の個性が宿り、これまでの例外無く所持者にしか抜刀が許されない特異な性質を持つ。
故に所持者亡き時には、〝芽吹〟以上の刀は自然の摂理に従い地へと還るとされていた。
自身の著しい成長や精神力に加えて潜在的な想いに呼応し、段階が上がる毎に刀身や鞘の色が個体別に変化する。
その中でも最上位の業物とされる花輪刀だけが特別な呼称を名乗れる。
例として花の守り人の最高位〝亡き四季折々〟の一角、現在は桜香が背に持つ春の一振り。
〝
年に一度、定められた月日の間にしか行われない厳格な試験を突破後。
晴れて花の守り人を名乗れる種子が千人ならば、芽吹はその中から三百人ほど。
更にそこから未蕾になるのは二十九人にも満たない。
将来性の有った者も含め、種子~最終的な花輪になるのは同年代に一人でも居れば奇跡とも言われていた。
更に極めて一握りの限られた者でしか就けない特別な二階級が存在。
任命の条件は就任時の年齢が二十四歳以下で花輪刀を所持、かつ単独討伐規定数値を越える者。
前任からの推薦や〝準最高位〟以上の指名、或いは死亡により欠けた場合。
実戦経験の豊富さに加えて、強力無比の〝華技〟を扱えること等が挙げられる。
準最高位、
最高位、
この二階級に
現在、花の都を主に守護しているのは、
最高位である四季折々の消息は、詳細な情報共に不明とされている。
☆
桜香と楓美は無事に木門を潜り抜け、試験を受けるためにとある一室の前へと足を運ぶ。
花の都の中心部に位置する百日草は、一日で周りきれないほど広大な敷地を所有。
専用の地図がないと目的地に辿り着くのは困難を極める。
〝迷子製造の地〟との呼び声が高く、初見では翌日の筋肉痛は避けられないだろう。
そこで、必要不可欠なのが〝
百日草は勿論のこと花の都全域において、お勧めの飲食店や細かな裏通りを知り尽くす。
豊富な知識と柔らかな物腰を兼ね揃えたとても凄い人が数名ほど常駐している。
「お疲れ様でした。私はここまでになります。今後の幸運を祈ります。では、二百八十四歩と九十七秒で帰らなければ行けないので失礼します」
そう言って、桜香達の前から颯爽と去っていった。
常に新しい発見がないか手記を入念に書き、笑顔を絶やさないがその分予約も取れない。
しかし、些細な気遣いが出来たり正確に迅速な対応を行うので、数ヶ月待ちも辞さないの隠れ愛好者も多い。
「わざわざ、ありがとうございました! って……もう見えなくなっちゃった」
「結構、歩きましたね。汗がこんなに出てますです。暑い~」
上下左右を見回しても殺風景な白塗りの木目調の壁や、敷かれた畳床だけが視界に入る。
ぼんやりとした
誰の気配も感じず、かと言って何も無い広々とした部屋。
「あれ? もう、終わったのかな? 誰もいないや」
「変ですね。もしかして、出遅れてしまったかもしれませ――」
足を踏み入れた途端に
瞬間、示し合わせたように暗闇が迫って来たが、幸いにも全て消えることなく右手の一つだけ残った。
闇招く静寂へ高鳴る鼓動。
呼吸の度に訪れる孤独。
楓美は直ぐ様、震える手で行灯を手にした。
「お、桜香様~何処にいらっしゃいますか? ごめんなさい、手を……お願いできますか?」
不安で押し潰された悲痛な声は、反響せずに不気味な空気に呑み込まれる。
嗚咽のせいか心臓が口から出る感覚に悩まされながら、一歩、また一歩と周囲を照らしながら進む。
暫くして足元で悶え苦しむ声が聞こえた。
釣られて声のする方へと光を向けると衝撃的な光景に思わず絶句した。
「きゃっ……」
唯一の灯火を投げ捨て未だに信じられない様子。
灯りが生き物の如く揺れ動き、足元には桜香の頭部を噛む奇妙な生物が瞳に映る。
驚きのあまり一瞬しか姿を捉えられなかったが、楓美の脳裏に強烈に焼き付く見覚えのある特徴。
真っ赤な頭部に墨で描かれたような眼や鼻。
稲穂の如き流れ髪と流麗な雲を摘まむ髭。
「(あれって、
現実か夢幻か腰が抜けながらもお尻で必死に這いながら逃げた。
そして気が付く。
背後に硬いなにかが当たったからだ。
冷や汗がとまらず途方もない違和感で身の毛がよだつ。
(凄く嫌な予感がしますです。だって明かりで見えた時は、壁がこんなに近くなかったですから!!)
恐くても振り向いてしまうのが人としての
母を見つけた赤子のように急いで灯りへと這い寄り手にした。
足元からゆっくりと見上げる形で徐々に全貌が明かされる。
そこに立っていたのは、どこまでも漆黒に染まる大口を開けた獅子舞。
桜香のとは別の青々とした子供ほどの個体だった。
今の楓美の心境はこの一言に尽きる――〝うちは美味しくないですよ?〟。
「うっぷ……気持ち悪ぃ……」
緊張と恐怖で嘔吐する寸前に、救いの光が辺りを日常的な空間へと引き戻した。
暗闇に慣れていた眼は一本線に似て極細となる。
(あれ……良くみたら足がありますね。被り物の中に人?)
理解出来ずに固まる楓美の前で獅子舞の中身はもがき暴れている。
生来、陽の光を知らない雪色をした細身の腕が、辛うじて出ると力強く親指を立てこう言った。
「は~い、動かないでね~。少しだけ痛いかも知れないけど怖がらなくて良いからね~!!」
それは、優しい言葉を適度に織り交ぜ楓美の手首辺りを巧みに噛んだ。
特に痛みはなく反対に妙なくすぐったさが全身の力を抜く。
数秒の静寂後、優しく離されると二の腕に花柄の可愛らしい絆創膏が貼られていた。
「な、何なんですか? これ……」
血液を採取した容器を上下へ振りながら、感慨深そうな声が獅子舞の口から漏れる。
「ふむふむふむ、色味や匂いを含め健康的で問題ない素晴らしいの一言だ。いや、一級品だね。これは、今後の期待値も高いね。君、良い〝花の守り人〟になれるよ。あちらの子は分からないけどさ!!」
「あっ……あのぉ……いきなり、何をして……血も採られて……」
「ごめん、ごめん! つい、興奮しちゃったよ。待っててね!!」
うっかりしていた獅子舞は、口から容器を仕舞うと今度は両腕が飛び出す。
「
蛸の如くうねる力強い手は、怯える楓美の肩を掴み猛烈な勢いで声を掛ける。
その姿は正しく珍妙な化け物だ。
「採血は終わりましたので結果が出るまで少しだけお話しましょう! 大丈夫です恐くありませんよ~ちょっと訳有ってこんな格好ですが、立派な試験の一貫ですのでご安心を!!」
「は、はひぃ……」
耳に届くのは目が回るような早口言葉。
腰が抜けて情けない声を挙げる楓美
獅子舞の明るい声色をしている後ろで、尚も頭部を噛まれる桜香は床で
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