第 拾肆 輪【先を知れば足は遠退くから聞かない方が良い時もある】

 一段、また一段と歩を進める度に楓美は元より、桜香にとっても辛く長い道のりの数々が思い出される。


 そうした出来事を反芻はんすうしながら辿り着いた。


「ここが……」


 途端、揃いも揃って四本の腕を空高く突き立て歓喜する。


「「百日草ひゃくちにそう!!」」


 ただ目と鼻の先に来ただけなのに喜びが爆発した。


 これ迄の疲労も苦労もいつの間にか吹き飛び何処かへ行ってしまう。


 気分は高山を登頂した如き爽快感、誰かに自慢したい達成感。


 しかし、直後に訪れる落胆を添えて……だ。


「「――の入り口ぃ」」


 膝を押さえて互いにため息を吐き、それ以上に深く吸いながら天を仰ぐ。


 再び視線を前方へ向けると、巨大な木門の両脇に屈強な男二人が仁王立ちで待ち構えていた。


 各々、身を守るための装備に加えて、右の者は左腰に反対の者はその逆に刀を差す。


「きっと門番って方達ですね。取り敢えず話しかけてみましょう」


「ほぇ~、怖くて強そうだね。私、何だか急に緊張してきたよ」


 一直線に続く石畳を歩きながら不安気にそう話す。


 門番は三十歩ほど少し離れた位置にいながらも、少女二人へ一瞬足りとも見向きもしない。


「桜香様。そう言うときは手の平に〝雛罌粟ひなげし〟と書くのがお勧めです!」


「ひっ、ひな……ひなげ……。う~ん、さっぱり分からないから大丈夫! それよりも先に進もう!?」


 そろり、そろりと足を浮かせず楓美の背に隠れて近付いていく。


 高身長だけあって頼もしい背中だが震える声で小さく呟いた。


「うちは今更ながら怖くなってきました。というか、桜香様……無く押してませんか!?」


「そんなこと無いよ~? さぁさぁ、一番手は譲ったげるからさ。それ、一、二、三!!」


 力と力の拮抗で楓美の身体の角度は七十度前後に傾く。


 そのまま前へと押し出され、互いに引きつった表情のまま正面に立った。


「凄く長く感じました。見てください、足が震えてます。まるで、生まれたての子羊みたいに」


「やっと、まともに息が吸えた気がする」


 交互に左右へ首を回して凝視するもやはり反応はない。


 緊張からなのか、恥ずかしさなのか、楓美は右の門番に慌てて差し出した。


「あっ、えっ、ん。す、〝推薦状すいせんじょ〟……です」


 続いて桜香は左の方へ向き胸を突っ出し声を張る。


「私はありません! でも、〝國酉〟さんが入って良いって言ってましたので入りたいです!!」


 言葉を詰まらせ小声の楓美、正直に一言多い大声の桜香。


 そこに一切の優劣はなく二人への対応は同一かつ淡々とした物である。


「ふむ。両名、推薦状と並びに言伝ことづてでの確認を完了した。既に中で試験は始まっている。身支度を整え速やかに入れ」


「はい、精進致しますです……あ、あの、ほ、本当に行きますからね?」


「その者、子供ながら威勢は良いだろう。だが、〝國酉様こくゆう〟様からの慈悲を無駄にするなよ?」


「うん、勿論さ」


 気の効いた言葉が思い付かず、出来る限りの渋い顔で返答した。


「「覚悟を決めろ。これより先は今までの常識が覆る世界だ」」


 門番の足踏みする合図に従い、ゆっくりと地響きを鳴らしながら木門が開いた。


「さぁ、行こう!」


「です!」


 誰もが目指すべき場所でありながら、誰もが成れる訳ではない花の守り人への登竜門へと。


 あの頃、無邪気だった少女は母と同じ道を選ぶ道標にした光跡こうせき


 あの日、唯一の家族である祖父の死を受け入れ決意した自心じしん


 あの時、生まれ育った場所を離れ新たな世界へ飛び立った碧空へきくう


 何処か停止した時の中で、全てはここへ辿り着くための糧に過ぎない。


 だからこそ、一つの過程を達成出来たのは今後にとっても大きな意味がある。


 この上無い喜びをこれからも、一期一会の出会いとで噛み締め分かち合うために。


 


 次の目標へ瞳を向け揃いも揃って歩み出した。


〝何がなんでも二人同時に試験に合格すること〟を胸に秘めて。


 ☆


 國酉が入り口付近に降り立った直後の会話。


「推薦状持ちの子は言わずもがな、もう一方の小さいのは宜しかったのですか? まるで遠足に出向くような荷物量でしたよ?」


 理解できない男の心配を他所に、曇天の空を瞬時に快晴へ変えてしまうような豪快で清々しい笑いで吹き飛ばした。


「ほっほっほっ、そりゃあんな見た目で〝百日草ここへ〟来る者はいないからの!! ここは、この〝國酉〟の名に免じて大目に見てやってはくれぬか?」


「ですが、規約が……う~ん。分かりました! 國酉様が言うのなら仕方ないですね。


 男は幾多の言葉を呑み込み、奥へ行くように指を差してうながす。


 自身の判断に疑問を抱きながらも肩を叩かれた。


「儂の眼に狂いは無い。あの子等なら必ずやってくれる筈じゃよ。これ迄の誰しもが成し得なかった偉業を――」


 そして、桜香達を通した後で暫しの後悔をすることに。


「くどいようで失礼ですが本当に良かったのですか?」


「何がじゃ。もう、姿形も見えんが儂の決断が間違っていたとでも? 男ならば一度下した決断は死ぬまで貫くのだぞ」


 体格でも腕力でも劣る筈の國酉が、一本線に似た眼を僅かに開け見上げるように男へ凄む。


 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、呼吸音さえ無に帰す沈黙が流れた。


 渇いた唇を舐める動作をしながら、眼を反らすと意見を述べる。


「いえ、そのようには思いませんけども……。自分は少しだけ、ほんの少しだけ不安要素があります」


「して、それは如何いかな事かね?」


 親へ叱られた子どものように姿勢を正すと、身体や視線を前へ向けはっきりと口にした。


「年に一度、三月から五月に掛けて行われる試験。花の守り人を目指す最初の関門とされている〝選別のふるい〟の実施。合格率は八割ほどで、突破した者のみがその後の〝四季の適性検査〟を受ける予定です。此方は例年を参考にして六割ほどです」


「うむ。何も問題は無きに思える。それが、君の不安要素かね?」


 聞き終えても尚、不思議に感じた國酉が全ての可能性を視野に入れた間際。


 男が冷や汗を拭い申し訳なさそうに口を開いた。


「いえ、肝心なのは昨日さくじつの夜にこの辺りで漆黒の蝶が舞っていたとの情報が……」


「ひょっとして。巡回調査から帰還したと言う報告は受けていないぞ?」


「この件の責任者なので勿論でございます。それは、変ですね……他の〝花鳥風月〟のお二方は存じていましたよ?」


「え、儂って除け者? まだ、彼女が乳飲み子の時から知っとるのにか!? 何も悪いことしてないのにか!!」


 頬を伝う悲しみの涙を流しながら驚愕の事実に凹むのも束の間。


 泣きっ面に蜂を表す更なる追い討ちを掛けてきた。


「規則には滅法厳しく周囲からは、幼子の時から人の心が無いのではないか? とまで言われていますからね。推薦状ではない上にあの身なりでは、相当な叱責しっせきをうけるかと」


「お、おう、そうじゃな。この間の出来事といい、今回の事といい、本当にあの子は運が悪いのぉ。依りにも寄って一番癖の強い……」


「國酉様。恐らく、この会話も聞かれているかと思います。これ以上は控えた方が宜しいかと」


「相変わらず女子ども問わず人に厳しい女性だ。残り少ない寿命が縮みよるわ」


 冗談を交えつつ愛鳥である燕の藏芽くらめが旋回する天を仰いだ。


(これから想像を越えた困難に直面するが、踏ん張るのだぞ桜香。最後まで誇りを持って生きた母のようにな)


 意気揚々と歩む桜香達には、國酉こくゆうが頭を抱えることなど露知らずだった。



 



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