第 漆 輪【上がって下がる気持ち】
現在は世界を暖かくしてくれた太陽が眠りに就く時間帯。
代わりに柔らかな光を
日中とは別の意味で違い、賑やかさを増した通りを眺める四つの瞳。
親子、恋人、友達、或いはそれ以外。
左右で行き交う人波は各々の時を満喫している。
えくぼを作るほど上機嫌な桜香は、両足を揺すりながら考える。
(もうそろそろ、泊まる場所を探さないとな~。今日は着物も新調出来たし、楓美ちゃんにも会えたし、満足満足だ! 明日は國酉さんが言ってた〝
そんな桜香に対し無言の楓美が眼を細め、ある一点だけを凝視していた。
「そう言えば、一つだけ気になったことが……」
と、思い浮かぶ
「えっ? そんなに見つめないでよ。恥ずかしいなぁ……何て……あはははっ」
乾いた笑い。
握られた巾着袋。
徐々に迫る鼻先。
不規則に揺れ動く鼓動。
頬や髪を撫でる吐息。
「ふぅ。では……」
呼吸を整えてようやく決心がついたのか、重い口を開いて質問を投げ掛ける。
「大変恐縮ですが桜香様。背中の〝棒状の荷物〟は何ですの? 歩く際も重心が後ろになっているので実は気にはなっていました。宜しければ持ちましょうか?」
(あっ、
心の内で静かに胸を撫で下ろすと、楓美へ見せ付けるように言った。
「うぅん。全然大丈夫だよ。ありがとうね! これはねぇ、お母さんの形見の――」
「えっ、それは母君様の形見ですの!?」
まだ話半ばで、この世の物とは思えない表情で叫ぶ。
そんな楓美を他所に〝刀〟と危うく口にする寸前で止めふと考える桜香。
母の刀に触れた
(ん~、花の守り人の〝刀〟って言ったらややこしくなっちゃうよね。どうしよう、何て説明しようかな~)
〝花の都へ〟向かう際、準備をしていた早朝の記憶。
それは、風呂敷を使い入念に巻いていた時のこと。
『この世に同じ物が一つとしてない〝花輪刀〟――。ともなると、たとえ、心を許した親や友でさえ触れさせるのは本当に危険じゃ。刀身が拝めなくとも稀少すぎるが故に価値が途方もなく高いからのぉ。しばらくはこうして隠してなさい』
(って、怖い顔で言われたしなぁ。そんなに凄い物なら、小さい頃に振り回して遊ばなかったのに……)
しょうもない後悔をする桜香の心情は露知らず。
〝やっちゃった〟と冷や汗の滝を流す楓美。
申し訳なさそうな表情を向け固唾を飲んで返答を待っていた。
(桜香様。とてつもなく思い詰めた顔をしてらっしゃいますね。またうちは、罪なき人を悲しませてしまいました。そんな自分が嫌いになってしまうです)
聞きたい気持ちと余計なことを言ってしまった気持ちとがせめぎ合う。
そう思えば思うほどに、脳内で不思議と声が聞こえる。
『おい、楓美~聞いちゃえよ~〝友達同士〟に隠し事は無しだろ?』
『駄目よ楓美ちゃん。貴女はそんな子じゃないわ、目を覚まして!』
良い子と悪い子――正に天使と悪魔が戦っていた。
散々悩んだ末に出した答えを口に出す。
「あ、う……も、もし宜しかったら中身を
一大決心したそんな折に、帰りの時間が無慈悲に訪れた。
「お客様、御待たせ致しました。また、いらしてくださいね」
「いえいえ、こちらこそ素敵な着物をどうもありがとうございました!」
直ぐ様反応して立ち上がってお辞儀をした。
心から満面の笑みを向ける桜香。
同じく笑顔で答えた店主が大きな手提げを差し出す。
「宜しかったらこれをお持ち帰りくださいませ」
「ありがとうございます! 重い、中身は何だろうな?」
開けて見ると〝大福〟〝団子〟〝桜餅〟等々の和菓子類。
合わせて飲むための〝茶葉〟が仲良く二つずつ入っていた。
「あの、こんなに良いんですか?」
「良いの良いの。貴女達が食べている姿があまりにも幸せそうで、ついついおまけしちゃったの。これで天国の主人も喜ぶと思いますから」
それを聞いた桜香は、全身を使って喜びを表現した。
両手を胸の前で組み合わせながら飛び跳ねる。
「うわ~い!! 楓美ちゃん、見てみて~色々な種類があるよ! これなら、お団子一つでご飯三杯は余裕だね!」
「桜香様。流石に言い過ぎですよ。後、それでは主食同士の殴り合いです……」
「平気平気。さっ、夜更け前に宿屋でも探そう!」
軽やかな足取りで
「ふふん、ふふん~♪」
(桜香様は直ぐに態度に出ますね。でもそこが、最高に子供っぽいと言いますか、可愛らしいと言いますか……まぁ、付いていきますけども)
鼻歌交じりで上機嫌な桜香を見て、何だか手間の掛かる姉弟達を思い出す楓美。
しかし、〝呉服屋しずゑ〟の出入口付近にて事件が起こる。
前を向いてないばかりに猪突猛進で向かい来る男と正面衝突してしまったのだ。
「ほわっ!
「大丈夫ですか!? 桜香様!」
尻餅を付いた桜香の元へ直ぐ様に駆け寄る楓美。
一目で全身を確認し大したことがないことに安堵する。
「ごめんなさい。
必死に平謝りをしながら相手の方を見上げる。
屈強そうな
加えて桜香が見上げる楓美よりも、更に頭一つ分も背が高い。
互いに無事であれば謝罪で済む話。
しかし、それだけではどうしようもないのが現実問題。
男は桜香の方など見向きもせず店主へと歩み寄る。
鍛え抜かれた脈打つ腕を組み、
「おい奥さん、こんな時間に悪いな。約束の期限はとうに過ぎてるぞ! この土地の権利を早く渡してもらおうか?」
「その話なら後でもよろしいでしょうか? 今はまだ、お客様の目の前です。申し訳ありませんがこの場ではお静かに願います」
あくまでも無関係な桜香や楓美を守ろうとする姿勢を見せる店主。
しかし、その優しさは男の
あろうことか、商品の
「あぁん!? 誰に口聞いてるか分かってんのか、そんなの俺には関係ねぇんだよ!? 痛い目に合いたくないなら早く渡するんだな」
男の威圧的な怒鳴り声は、店内では収まりきらなかった。
軽々と外へ漏れ出すが誰も立ち止まるどころか目を合わせない。
「さっきから酷いことばかりして……もう、許さないんだから!!」
怒りを露に前へ出た桜香を守ろうと、両手を大きく広げ制止する楓美。
勇気を出して自らよりも何回りも大きな男へと立ち塞がる。
「ちょっと、貴方いきなり何するんです!? 一言も謝りもせず怒鳴り散らして信じられません。それに女性相手にみっともないです!」
いくら力強い眼差しを持っていても、恐怖で足の震えは抑えることが出来ない様子。
それに気付いたのか顔を接近させ、まるで付け入るように
「おぉん、何だ。〝俺様の店〟に蟻が二匹もいるじゃねぇか? 小さ過ぎて見えなかったなぁ。それによぉ、この辺り
(ごめんね楓美ちゃん……やっぱりこれ以上は我慢できないよ!)
そして、堂々と仁王立ちからの力強い
「お団子が美味しくて優しい店主さんが居るお店のことも、ちょっと臆病だけど思い遣りがあって一番大切な友達のことも、悪く言うことは私が絶対に許さない!」
桜色に輝く瞳は一切臆することなく、真っ直ぐに自身より強き者を捉えた。
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