第 参拾伍 輪【輝く未来に花束を添えて】

 浜悠の天真爛漫てんしんらんまんな振る舞いで、帰路から大きく外れた進路を行く2人。


「お姉ちゃん、これってどこ向かってるの?」

「着いてからのお楽しみだよ~。凄く良いところなのは保証してあげる」


 殿しんがりを務め前方の青葉に配慮しつつ、全方位に渡り細心の注意を払う。


 浜悠は青葉と何の変哲も無い会話をしながらも、背中の〝未蕾刀みらいとう〟に意識を向けていた。


〝植魔虫を斬り殺す術や対処の想像〟は、何時でも如何なる場合においてもしている。


 だが、念入りに形成された〝芯〟が、瓦解しないのは――


(ここら一帯の〝植魔虫〟は討伐した……とは言え、青葉を危険な目に遭わすわけにもいかないからね。用心用心)


 自然が織り成す道なき道は、歩みなれた熟練者とて侮れない程の驚異性を持つ。


 基本となる転倒や滑落等……小さな事象を含めれば要因は多数。


 しかし、そんな危険を冒す事を敢えて選んだ浜悠。


 理由として疲労を軽減させ比較的に柔らかな土では、地中からの奇襲に柔軟な対応が出来ない。


 よって、木々の根が張り巡らされた場所や岩場を踏み歩く事で、死角を1ヶ所でも減らした。


 まだ幼い青葉には険しい箇所も多々あり、「何事も経験経験!」と、必ず手助けする浜悠。


 道中、会話を絶やさず〝伝えたい事〟を自然とうながしたりもした。


「どう青葉。たまには、いつもとは違う物が聞こえてこない?」


「そんな余裕ないよ。お姉ちゃん……疲れちゃったよ」


「いいからいいから、息を整えてちょっとでも耳を傾けてごらん」


「分かったよ、もう……」


 嫌々した態度ながらも、ちゃんと言うことは聞く青葉。


 額から流れ出る汗を拭って、その場で立ち止まった。


「ふぅ~……ふぅ~……」


 体を駆け巡る鼓動の音は深呼吸と共にしずまり、何か別の物が入っていく感覚におちいる。


 意識しなければ感じ得ない物は、自身の心を寄せる事によって流れ、そして学んでいく。


「ん!?何だか、体が軽くなった気がする!」


「そうでしょ? 目の前にあっても気が付かないことなんて、この世界に沢山あるんだから、沢山吸収してね」


「うん。こんな所、おいら歩いた事ないから疲れちゃう……けど、わくわくして楽しいね!」


「そう思ってくれたなら嬉しい。あともう少し、もう少し!」


 小休憩を適度に挟みつつ、出発からおよそ2時間が経過した頃。


 太陽は頭上に輝く正午過ぎでも、大木の枝々が重なる事で闇が濃くなっていく。


「今どの辺りなの? さっきから同じ光景にしか見えないよ」


 項垂うなだれながら弱音を吐く青葉の背中を、そっと押しながら言った。


「ここを抜けたら直ぐだよ! さぁさ、顔を上げて上げて!」


 浜悠の一言で鉛の様に重い手で、目の前の木枝を動かす。


 そして――


「もう……うっ、急に眩しくなった!?」


 温かく柔らかな光で反射的にまぶたを閉じる。


「ほら、着いたよ。お姉ちゃんが連れてきたかった場所にね」


 ここまで1度も〝植魔虫〟と対峙せず、無事に到着した2人。


 そこは村から4km程離れた場所に位置する、大岩で形成された見晴台みはらしだい


 目を凝らせば森の〝先〟まで見る事が出来、浜悠の特等席だった。


 圧倒されて硬直する青葉を差し置いて、あわや転落寸前の岩肌に直で座る。


「ここにおいで。大丈夫、怖くないから」


「早く早く」と言わんばかりに、地面を擦りながら呼ぶ。


 青葉は圧倒されながらも、無言で横に座って答えた。


 そんな弟の気持ちを察してか、頭を撫でて寄り添う姉。


 産まれてから知り得なかった景色は、青い瞳一杯に惜しみ無く広がり続ける。


「嘘だろ……こんなにも……〝世界〟って綺麗なんだ」


「そうだよ青葉。見て、あれが〝花の都〟。花の守り人になるためにお姉ちゃんが居た所だよ」


 指差す先には両手を大きく広げても、収まりきらない程の都市が映る。


「すっげ~! おいら達の村とは違って、背の高い建物ばっかで賑やかそうだね!」


 無邪気に喜びを噛み締める青葉に、浜悠は優しく微笑みかける。


「自然はこんなにも雄大で美しいんだよ。今は色々あって小さな〝箱庭〟だけど、お姉ちゃんが必ず外へ出られるようにしてあげるから……」


 浜悠の少しだけ切なさ残る表情は、〝不安〟と〝責任感〟故だったのかも知れない。


 けれども、直ぐ様切り替えて〝希望〟と〝期待〟を交えて言った。


「まっ。その頃までには立派なお兄さんになってるといいね! お姉ちゃんを守れる程の男にさ!」


「えへへへっ。もちろんさ!」


 そう、元気一杯に叫んだ青葉は、歯を見せながら親指を立てた。


(屈託のない……この笑顔が、何よりも力を与えてくれるんだよね)


 弟を見ていた浜悠には、明るい将来を担う存在――まるで太陽よりも輝いて映っていた。


 時を忘れる程に夢中になり、普段出来ない会話も十分に交え、互いに顔を見合わせながら手を取り合う。


「そろそろ、お祖父ちゃんが帰ってくるから、お家に帰ろうか?」

「うん、楽しかったね!」


 〝散歩〟という名義でも、滅多にない貴重な体験は、より一層に姉弟の絆を深めたのでした。 


 それから来た道を何事もなく戻り、祖父の帰宅予定である陽が落ち始めた頃。


 玄関の戸が錆び付いた音を響かせながら、力強く開けられた。


「ただいま戻ったぞ……。おや? 。もう、狩りに出掛けたのか?」


 首を傾げる祖父に対して、疑問を浮かべた表情をしながらも、今さっき横にいた筈の姉を指差す。


「もう、何言ってるのさ!! お姉ちゃんなら、ここに――あれ?……居ない」


 「出迎えは2人でしようね」と、会話していたのにも関わらず、家中どこを探しても浜悠の姿は見当たらなかった。


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